今回の選挙では与党が分裂する事態となっていて、プラユット首相は新党に参加して続投を目指しています。
これに対して、クーデターで政権を追われたタクシン元首相派の最大野党「タイ貢献党」は、タクシン氏の次女、ペートンタン氏を首相候補に立て最低賃金の引き上げなどを訴えて支持を集めています。
今月3日に発表された最新の世論調査では、4割近くが「タイ貢献党」に、次いで34%が若者層から支持を集める野党「前進党」に投票すると答えているのに対して、プラユット首相率いる「タイ団結国家建設党」は12.1%となっています。
選挙戦は野党が優勢のまま終盤に入っていて、軍の影響力が強い政権が続いてきたタイで政権交代につながるかが注目されています。
今回の選挙では国の安定を図ってきたとして実績を強調していて、高齢者層をはじめ、大企業の関係者や経営者といった「特権階級」とされる層からの支持があるとされています。 バンコクにある代々引き継がれた1万平方メートルを超える土地でカフェとレストランを経営するポーンティップさんもその1人で、今回の選挙でプラユット首相の「タイ団結国家建設党」を支援しています。 ポーンティップさんは「私は国が安定し、この状態が続いていくことを求めています」と話していました。
政権側が地盤としてきたタイ南部。 ここでゴム農園を経営するサムルアムさんは、今回初めてタイ貢献党に投票しようと考えています。 理由は農園の経営悪化です。 政権側は前回の選挙で1キロ当たり60バーツ前後、日本円で240円前後の天然ゴム価格を実現するとしていましたが、この4年は40バーツ前後に低迷。 さらに、新型コロナウイルスの感染拡大で、ゴム手袋の需要が高まり、世界的な天然ゴム価格は上がったにもかかわらず、価格は上乗せされなかったといいます。 物価の高騰で生活も苦しくなり、従業員を全員解雇せざるをえませんでした。 サムルアムさんは「この選挙は最後の希望です。政権交代しなければ、私たちは苦しみ続けることになるでしょう」と話していました。
2006年の軍事クーデターで失脚したあと、国外に逃れたまま現在もタイで根強い人気のあるタクシン元首相。 政権奪還を目指す「タイ貢献党」は、今回、タクシン元首相の次女で、妊娠中のペートンタン氏を党の首相候補に据えて選挙戦を戦ってきました。 選挙運動をしながら、今月1日に第2子を出産。 その2日後にお披露目した長男のニックネームは、タクシン元首相にちなんで「ターシン」と名付けられました。 タクシン氏の地元、北部チェンマイで行われた集会では、タクシン元首相時代からの支持者で熱気に包まれていました。 タクシン氏の似顔絵が描かれたシャツを着た支持者は「タクシン氏の時代が恋しい。ペートンタン氏が首相になるならうれしく、誇りに思う」と話していました。
掲げているのは既存の政治からの脱却で、支持者の1人、大学生のチャニンさん(22)は軍が影響力を持つ今の政治を変えてほしいと考えています。 タイでは前回選挙後の2020年以降、軍の影響力排除などを求めて若者を中心に反政府デモが拡大。 当局は取締まりを強め、逮捕者が相次ぐ事態になりました。 かつて、デモに参加したチャニンさんもデモを扇動した罪や、王室への中傷を禁じる不敬罪でも起訴されました。 何度も警察や裁判所に出頭させられたことから、大学の授業に思うように出席できず、就職活動では多くの企業から採用を断られたといいます。 チャニンさんは「表現の自由があり、刑務所を恐れずに話せる社会にしたい。望んでいるのは真の民主主義です」と話していました。 前進党の人気をさらに勢いづかせているのが、党のシンボルとなっている、タナトーン氏の存在です。 前回の総選挙で軍政からの脱却などを掲げ、新党ながら第3党に躍進した「新未来党」の党首でしたが、プラユット政権下で解体され、若者を中心とした大規模なデモのきっかけになりました。 タナトーン氏自身も10年間、選挙に立候補することを禁じられるなど、政界から事実上追放されていますが、可能な範囲で前進党の支援活動を行っています。 タナトーン氏は「この国を民主的な道に戻すことを強く決意しています。この選挙は国を変える真の機会なのです」と話していました。
選挙後に行われる首相の指名は、今回改選される下院議員の500人に加え、軍政下で任命された上院議員250人の投票で決まり、上院議員たちは、軍側に有利な投票をするとみられています。 このため、政党が単独で政権を担うのは難しいのが現状で、専門家は「選挙後は各党の議席数に応じて激しい連立協議が行われる見込みだ。最大野党のタイ貢献党が政権をとるために、軍に近い政党と組んで首相指名に必要な過半数を確保しようとする可能性もある」と指摘しています。 各政党は、選挙後の連立協議のさまざまなシナリオも見据えながら、残り1週間の選挙戦を戦うことになります。
政権与党 「特権階級」とされる層などからの支持
最大野党「タイ貢献党」 低所得層などから支持集める
野党「前進党」 若者を中心に急速に支持拡大
政権交代につながるか 不透明な情勢