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カエサル

[カエサル]
〖Gaius Julius Caesar〗
(前100-前44) 古代ローマの将軍・政治家。 紀元前60年第一回三頭政治を開始。 ガリア征服後ポンペイウスを倒し, 紀元前44年終身独裁官となる。 救貧事業や太陽暦採用などを行うが, ブルートゥスらに暗殺された。 英語名シーザー。 著「ガリア戦記」「内乱記」など。
<i>~の物はカエサルに</i>
〔新約聖書マタイ福音書二二章などにある言葉〕
神に対する務めと世俗の支配者に対する務めとを共に行うべきであると教えたイエスの言葉。 転じて, 物事は本来あるべきところに戻すべきである, の意で用いられる。

Palabras Relacionadas

カエサル (称号)

カエサル家の養子となっておりガイウス・ユリウス・カエサルに後継者として選ばれた後は「カエサル」の名はオクタウィアヌスの名でもあった。 帝政を確立したアウグストゥスは自分の後継者も養子としてカエサルの名を継がせており、ユリウス=クラウディウス朝の皇帝たちは皆、カエサル

ドルスス・カエサル

ったドルススに接近した。ドルススは兄への嫉妬と自らの野心からこれに応え、その一派に加わった。その後、29年に兄ネロはティベリウスの弾劾の後に元老院で公敵を宣言され、ポンティア島へと流された。同時に母大アグリッピナもパンダテリア島へ流刑とされた。 同じ年にドルススはアエミリア・レピダと結婚した。アエミ

ネロ・カエサル

ポンティア島(現在のポンツァ島)へ流されたネロは31年に殺害または自死の強要によってこの世を去る。その遺骨はばら撒かれ集めるのも困難だったという。同じ年のうちにネロを死に追いやったセイヤヌスもティベリウスによって粛清された。 ティベリウス没後、皇帝となった弟カリグラ

ガイウス・カエサル

にメディア出身のアリオバルザネスを就けることがガイウスに与えられた任務であった。ガイウスはこの任務を果たすが、アルメニアではパルティアの介入で叛乱が再発した。紀元3年にアルメニアのパルティア包囲戦において負傷、ローマに帰還する途中、現在のトルコ南部のリミラで没した。この時まだ24歳だった。

ルキウス・アエリウス・カエサル

子の病弱ぶりに不満をもっていたハドリアヌスは新年の行事を妨げられないように、喪を発するのを止めさせ、後にはアエリウスが存命中から彼に代わる養子を探していたと公言した程であった。とは言え、ハドリアヌスはアエリウスの忘れ形見であるルキウス・ウェルスを庇護して、新しく養子に迎えたアントニヌス・ピウスの養子に迎えさせている。

ガイウス・ユリウス・カエサル

この時期、カエサルはローマ転覆の陰謀への関与が取り沙汰された。上級按察官(アエディリス・クルリス)に就任する直前に、その年収賄の罪で予定執政官の地位を剥奪されていたプブリウス・コルネリウス・スッラ(紀元前68年のプラエトル)とプブリウス・アウトロニウス・パエトゥス(紀元前68年のプラエトル)、クラッススと謀

ガイウス・ユリウス・カエサル (プロコンスル)

紀元前85年のある朝、ローマで靴を履いている最中に急死した。「他のカエサル(おそらく父)」もピサで同じような死を迎えているという。息子のガイウスには当代最高のガリア系弁舌家マルクス・アントニウス・グニポをつけていた。息子に莫大な資産を遺そうとしたが、紀元前80年代の内乱中にマリウス派を駆逐したルキウス・コルネリウス・スッラによって没収された。

ディウウス・カエサル神殿

紀元前29年8月29日に、アクティウムの海戦に勝利したオクタウィアヌス(後の初代皇帝アウグストゥス)が神君カエサルを記念して建てたプロスタイル式(前柱廊下式)の神殿。日本語で神君カエサル神殿と表記されることもある。 フォルム(中央の広場)の東に面しており、レギア、カストルとポルックス神殿、バシリカ