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和紙

[わし]
日本古来の製法による紙。 コウゾ・ミツマタ・ガンピなどの靭皮繊維を原料として, 手漉(ス)きによって作られる。 鳥の子・奉書紙・檀紙など。 強く, 吸湿性に富み, 工芸用にも使用される。 わがみ。
⇔ 洋紙

Palabras Relacionadas

石州和紙

石州和紙(せきしゅうわし)は、島根県の西部、石見地方で製造される和紙である。重要無形文化財、伝統的工芸品、ユネスコ無形文化遺産(石州半紙)の指定を受けている。 紙質は強靱でありながら肌触りは柔らかく、その紙質から障子紙として多く用いられていた。しかし近年は家屋建築の構造の変化により障子紙が用いられる

二俣和紙

- 724年)に僧の泰澄が医王山に寺坊を建立し、この時代に紙漉きが始められたのが起源といわれ1300年の歴史を持つ。文禄年間(1592年 - 1596年)金沢二俣が献上紙漉き場として、加賀藩の庇護を受けることになり発展した。主に美術工芸紙・箔打紙・加賀奉書として使用される。 加賀二俣和紙

白石和紙

紙子(紙衣)、紙布にも用いられる。 原料は楮(こうぞ)だが、伝統的に日本で楮といわれた木にはコウゾとカジノキの2種があり、白石和紙の場合虎斑という品種名で呼ばれるカジノキの雌株が原料である。その長く柔らかい繊維が紙に強度と耐久性をもたらし、紙子や紙

美濃和紙

の類、美濃を最上とす」と評され和紙の代名詞となった。 寺尾(現在の岐阜県関市寺尾)で生産される和紙は特に有名で、『和漢三才図会』では障子用の書院紙、包み紙、灯籠用として使用していたと記し、『新撰紙鑑』では徳川幕府御用の製紙職人として、市右衛門、五右衛門、平八、重兵衛の名を挙げている。

柳生和紙

明治から大正前半が最盛期で、柳生全戸約90戸が和紙づくり行っていた。当時は近くの若者たちは『柳生に行くと太白(白砂糖)を食わせられる』と言って、争って手伝いに来たという。また、そのころの和紙の生産額は、中田全村の米の生産額を超えていた。柳生和紙の中でも全国的に

黒谷和紙

たオイドコと称する竹籠のなかで行い、作業する女性たちは各々特製の箱に防寒用の座布団などを敷いて、そのなかに座って働くのが黒谷スタイルだった。 10.打解(カゴウチ) 繊維をたたいてほぐす工程で、手作業の場合は分厚い板に白皮をのせ、樫製の打ち棒でひたすら叩いた。きわめて重労働のため、明治期以降は比較的

越前和紙

越前奉書と越前鳥の子紙が国の重要無形文化財に指定。 麻紙(雲肌麻紙)、局紙(画用紙、版画用紙、賞状用紙、証券、紙幣等)、奉書紙、鳥の子紙、襖紙、小間紙、檀紙、画仙紙など豊富な紙種を製造する大規模な和紙産地である。特に画用紙として雲肌麻紙や白麻紙、MO水彩画用紙、神郷紙、版画用紙に越前奉書、MO版画用紙は国内外で高い評価を得ている。

小川和紙

り、紙すきを体験することができる。2014年には細川紙がユネスコの無形文化遺産に登録された。 細川紙は、紀州高野山の細川村(現在の和歌山県高野町)で漉かれていた細川奉書の技術が、江戸時代中期頃に江戸に近い小川周辺に入ってきたものといわれている。 太平洋戦争時にアメリカ合衆国本土を攻撃すべく開発され

西嶋和紙

西嶋和紙の源流は伊豆国(現在の静岡県)の修善寺紙であり、戦国時代に西嶋に居住していた望月清兵衛が田方郡立野村(現在の伊豆市)を訪れ、三椏を原料とした三椏紙の製法を学び、持ち帰ったとされている伝承がある。この伝承に拠れば清兵衛は持ち帰った三椏紙をもとに元亀2年(1571年)より西嶋地区で製造を行ない、完成したものを武田信玄に献上したとこ

伊勢和紙

もこうした伝統を重んじた清浄な和紙は、伊勢神宮をはじめとした各神社の御用紙等に用いられている。また、全国の神社で頒布されている神宮大麻は、すべてこの伊勢和紙を用いたものである。 今日では、神宮御用紙の製造は言うまでもなく、写真用印画紙の新しい表現としてインクジェットプリンターに対応した和紙を開発・

土佐和紙

土佐薄様雁皮紙(とさうすようがんぴし)は、県無形文化財指定の5種のうち唯一、コウゾではなくガンピを原料としている点が特徴である。漉き簀は竹簀ではなく、紗織りのものが使われた。生産地はいの町加田地区などで、謄写版の需要が旺盛だった時期には盛んに手漉き生産された。

小津和紙

(当時の江戸の大伝馬町)が2013年現在の本社所在地である。 1698年 - 大伝馬町に木綿店を創業。 1755年 - 紀州藩松坂御為替御用に加わる。江戸表において御為替御用を命ぜられる。 1784年 - 7代清左衛門長保が向店「大橋屋」を開業し、茶、下り鰹節も取り扱う。 1880年 -

深野和紙

深野和紙(ふかのわし)は、三重県松阪市飯南地区で生産される和紙。深野紙(ふかのがみ)とも呼ばれる。三重県指定伝統工芸品。 深野和紙は、江戸時代には江戸や京・大坂にまで流通し、元禄年間には紀州藩により藩の幣料紙(銀札用紙)として採用された。1820年代から1830年代にかけては、深野

阿波和紙

画像提供依頼:和紙の画像提供をお願いします。(2019年5月) 阿波和紙(あわわし)は、徳島県吉野川市で製造されている和紙である。経済産業大臣指定伝統的工芸品。吉野川市の「手漉き和紙」としてとくしま88景に選定されている。 阿波和紙の起源は、阿波忌部氏によって始められたとされ、江戸時代には、幕府が各藩に産業を盛んにするよう

因州和紙

漉きの技術を活用し、宇宙探査車両のタイヤを因州和紙で製造する技術が研究されている。 因州和紙の紙漉きは、1996年(平成8年)に環境庁(現在は環境省)による日本の音風景100選に選ばれた。「因州和紙の紙すき」は、佐治村や青谷町の民家で行われている紙漉きの工程(流し漉き

榛原 (和紙舗)

社を置く和紙舗(わがみほ)。正式商号は株式会社榛原。 文化3年(1806年)の創業以来、200年以上続く老舗である。和紙(白和紙、友禅、千代紙)、和小物、便箋、金封、のし袋などの商品を取り扱っている。 初代須原屋佐助が江戸日本橋に小間紙屋を開業したのが始まりと言われている。また、「雁皮」を原料とす

竹紙 (紙)

の一種として現代に至るまで作られている。薄く破れやすいが墨引が良く、虫に対して丈夫なために書画に用いる紙として文人たちに愛された。 中国において、古くは東晋で竹の産地として知られていた会稽郡の竹紙が著名であった。脆弱性と耐久性の

紙

(1)植物の繊維を水中で密にからみ合わせ, 薄く平面状にのばして乾燥したもの。 中国, 後漢の蔡倫(サイリン)がその製法を発明したといわれる。 絵や文字を書いたり, 物を包んだり, 障子や襖(フスマ)に貼ったりするのに用いる。 和紙はミツマタ・コウゾ・ガンピなどの靭皮(ジンピ)繊維を原料とし, 手すきで作る。 洋紙は木材パルプなどを原料とし, これをくだいて溶かし, サイズ剤・填料(テンリヨウ)・色素などを加え, 抄紙機で機械的に仕上げる。 最近は合成繊維からも作られるようになった。 → パルプ (2)じゃんけんの手の一。 開いたてのひらで示す。 ぱあ。

大豐和紙工業

(はがき・びんせん・封筒 等) 手漉きによるものと、機械抄紙によるものがある。 機械抄き和紙 懸垂短網ヤンキー抄紙機 1基 手漉き和紙 3槽 統括 原料叩解部 短網抄紙部 手漉部 加工部 検査仕上部 伊勢まちかど博物館 伊勢和紙ショップ 手すき和紙体験工房 当社の社地は御師龍大夫邸宅跡であり、山田(外宮