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Diccionario

Detalles de la Palabra

紀州

[きしゅう]
紀伊国の別名。

Palabras Relacionadas

紀州弁

紀州弁(きしゅうべん)は、旧紀伊国(紀州)、すなわち和歌山県と三重県南部で話される日本語の方言である。和歌山県内では和歌山弁(わかやまべん)とも呼ばれる。近畿方言の一つ。 楳垣実の分類によると、紀州弁は近畿方言のなかでも、奈良県南部、三重県志摩とともに南近畿方言に属し、近畿中央部よりも古い言語状態

紀州 (フェリー)

- 日向航路に就航した。 1982年1月、広島航路の廃止により引退した。 その後、海外売船され、韓国の韓一高速フェリーでHANIL CAR FERRYとして就航した。 1999年、フィリピンのトランスアジア・シッピングライン(英語版)に売却され、ASIA SOUTH

紀州藩

田母沢御用邸(栃木県日光市)は、紀州藩江戸上屋敷の一部を移築し、それを核に明治、大正時代に建て増した建物である。 和歌山城二の丸御殿は残された表向の白書院・黒書院・遠侍が明治18年(1885年)7月大阪城本丸に移築され、陸軍第4師団司令部となり紀州御殿と称された。昭和6年(1931年)以降は大阪市の迎賓館となったが

紀州犬

紀州犬(きしゅうけん、きしゅういぬ)は、三重県から和歌山県原産の日本犬の一種。日本犬としては中型である。1934年(昭和9年)、天然記念物に指定された。 紀伊国(現在の和歌山県~三重県の熊野地方)の山岳部、すなわち紀伊山地周辺のイノシシ狩猟や、それに伴う諸作業に使われていた土着犬を品種固定した犬

紀州箪笥

を分けている。仕上げを砥の粉で行うことが特徴である。 箪笥の種類。 前桐箪笥 - 前面のみ桐を使用している。 三方桐箪笥 - 前面、両横に桐を使用している。 四方桐箪笥 - 上面、下面以外桐を使用している。 総桐箪笥 - 全てに桐を使用している。紀州箪笥はこれに分類される。 [脚注の使い方] ^

紀州征伐

紀州征伐(きしゅうせいばつ)または紀州攻めとは、戦国時代(安土桃山時代)における織田信長と羽柴秀吉による紀伊への侵攻のことである。一般的には天正5年(1577年)の信長による雑賀攻め、同13年(1585年)の秀吉による紀伊攻略を指すが、ここでは天正9年(1581年)から同10年(1582年)にわたる信長の高野攻めも取り上げる。

紀州漆器

府より蒔絵師を招いて、蒔絵の改良を図った。黒江漆器学校も設立され、漆器膳、椀、重箱を国内向けに 盆を国外向けに製作した。 その後、天道塗、錦光塗、シルク塗などの変り塗が考案された紀州漆器は特長を一段と発揮させ、昭和53年(1978年)には通商産業省より伝統的工芸品に指定された。

紀州飛脚

『紀州飛脚』(きしゅうびきゃく)は上方落語の演目の一つ。艶笑噺の代表的な演目である。 喜六は男性自身が並外れて大きい。知り合いの甚兵衛から「紀州へ手紙を運んでくれへんか」と頼まれ、尻からげするはいいが、巨大な一物は褌からはみ出している。そんなこともお構いなしにひたすら「ヤ。ドッコイサノサ」と掛け声も勇ましく、自慢の快足で紀州街道をひた走りに走るのであった。

紀州鉄道

紀州鉄道株式会社(きしゅうてつどう、英: Kishu Railway)は、日本の不動産開発業者であり鉄道事業者である。鶴屋産業の子会社で、東京都中央区に本社を置く。鉄道路線として和歌山県御坊市で紀州鉄道線を運営している。 1928年に御坊臨港鉄道として、国鉄紀勢西線から離れた御坊市街地との連絡を目

紀州 (落語)

「しかしながら…かほどまでに乞われて固持するのは、御三家の身として責任上心苦しい。しからば天下万人のため…」 自分が言うつもりだった台詞をそっくりそのまま使われ、あえなくその場で次期将軍は紀州侯に決まってしまった。 意気消沈の尾州侯。帰りに同じ所を通りかかると、また鍛冶屋が槌を打つ音が聞こえてきた。 【テンカトル、テンカトル…】

紀州街道

中覚右衛門の屋敷が今も残り、田中本陣と呼ばれている。 大坂では堺へ出ることから堺筋、堺では紀州街道が他の南北方向の道路より道幅が広い幹線道路であることから大道筋、紀伊国では大坂へ出ることから大坂街道とも呼ばれる。街道筋が海に近く海上交通と競合しやすい環境にあったので、経済活動が活発化した近世以降も

井土紀州

瀬々敬久との出会いにより、1994年からピンク映画を出発点にしてシナリオを書き始める。犯罪と性をモチーフにした骨太な作風で知られ、瀬々敬久の初期の代表作『黒い下着の女 雷魚』(97)や、千原浩史・小島聖主演の『HYSTERIC』(00)、お笑いタレントの木村祐一が監督を務めた『ニセ札』(09)などでも実際の事件や犯罪に取材した作品を書いている。

紀州一揆

大野治長は扇動工作に伴い、北村善大夫、大野弥五右衛門らをその工作担当者として紀州へ送り込んでいる。また、各地の動向として日高郡では湊惣左衛門という男が「大坂方に味方すれば所領は望み次第与える」旨の事が記された朱印状を携え、同志を募っていた。名草郡では山口喜内の一族、薗部兵衛、和佐半左衛門、土橋兵治らを首謀者としている。

紀州製紙

紀州製紙株式会社(きしゅうせいし、英: Kishu Paper Co., Ltd.)は、かつて存在した印刷用紙(色上質紙など)や包装用紙(純白ロール紙など)、情報用紙を中心に製造する日本の製紙会社である。北越製紙(現・北越コーポレーション)に完全子会社化されたのち、2011年に吸収合併された。 本社

浮州重紀

浮州 重紀(うきす しげき、1933年10月20日 - )は、愛知県出身の元プロ野球選手(投手)。 愛知県立挙母高等学校から1952年名古屋ドラゴンズに入団。10月5日の対松竹ロビンス戦(中日球場)で初登板完封勝利を挙げるが、これが唯一の勝利となった。1955年限りで引退。シュートが武器だった。 36

紀州大水害

たと考えられる。後の聞き取り調査によると有田川源流域の花園村付近では17日の24 - 24時から18日の3 - 4時頃に最も強く降った。奈良県猿谷の自記雨量計で18日2時ころに時間雨量69.9mmとあるが、戸外のバケツが1時間でいっぱいになったとか、山の木の葉が雨に打たれて落ちたなどの目撃などから、

紀州東照宮

和歌山県立博物館寄託。 馬具 4脊3双 - 和歌山県立博物館寄託。 弓箭具 1手9張2具(228本) - 和歌山県立博物館寄託。 徳川家康所用装束類 1頭1握2筋2双3領6枚 - 和歌山県立博物館寄託。 徳川頼宣所用装束類 2領23枚5本 - 和歌山県立博物館寄託。 唐物茶壺 銘華山・楊柳・小面・佐藤 4口

紀州徳川家

紀州徳川家(きしゅうとくがわけ)もしくは紀伊徳川家(きいとくがわけ)、徳川将軍家の分家である御三家の一つ。江戸時代に和歌山藩主を世襲し、紀伊国・伊勢国を治めた。紀伊中納言家ともいい、単に紀伊家、紀州家ともいう。また、初代頼宣が常陸国に封じられて常陸介に叙任された故事にちなみ、紀伊国へ移封された後も

紀州備長炭

紀州備長炭(きしゅうびんちょうたん)は、備長炭(白炭)の一種である。 ウバメガシや樫が原料として、広く使われる。 江戸時代の元禄年間に、紀伊国田辺(現・和歌山県田辺市)の備中屋長左衛門が作り始めたのが由来となっている。 材料に樫を使い、高温で蒸し焼きにし、窯の外で素灰と呼ばれる灰を掛けて消火するため、きめが細かい良質な炭となる。