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阿禮神社

(ほむたわけのすめらみこと:第15代応神天皇) 塩尻市塩尻町に前宮、同市柿沢の明神平に奥社がある。前宮の本殿は三間社流造り、銅板葺きで、一間社流造りの社殿が二つ並ぶ間に、明神平の奥社を遥拝するための扉口を設けた独特の造りが見られる。三社は大宮八幡宮、阿禮大明神、塩尻大明神となっており、江戸時代中期の彫刻が多く施されて

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阿蘇神社

(2023年12月7日). 2023年12月7日閲覧。 ^ "阿蘇神社の火振り神事". 阿蘇阿蘇!ドットコム. 2008年1月10日. 2008年1月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年8月13日閲覧。 ^ “炎で祝う神の婚礼 〜阿蘇神社火振り神事〜”. 日本の祭り. ダイドードリンコ (2006年4月2日)

阿賀神社

創建し、ほぼ同時期に箕作山の一峯である赤神山に正哉吾勝勝速日天忍穂耳命を祀る社を建立、赤神山の名前から阿賀神社と称した。また、当地の地名は小脇というが、それは天照大御神がいつも小脇に抱えて「此の脇の子」といってかわいがっていた孫の正哉吾勝勝速日天忍穂耳命が降り立ったところであるからだという。

阿紀神社

うだはさま)にある神社。式内社。旧社格は県社。通称は神戸明神。 主殿 天照皇大神 秋田比売神 邇邇杵命 八意思兼神 相殿 天水分神 菅原道真 金山彦神 金山姫神 神代に神楽岡に創建され、崇神天皇の勅によって神戸大神宮の号を賜わる。安土桃山時代(天正年間)に本郷川西岸の現在地に遷座されたときに、現在の

阿波神社

阿波神社(あわじんじゃ)は、徳島県鳴門市大麻町池谷に位置する神社。旧社格は県社 (官幣大社列格が内定していた)。境内には宮内庁管轄の土御門天皇火葬塚がある。 土御門天皇は承久の乱後、(1221年承久3年)に土佐国へ遷幸、1223年(貞応2年)にはさらに阿波国に移り、約9年後の1231年(寛喜3年)に

多久比禮志神社

、白髪の老人が現われ、向こうの川辺の松の木の際の泉が塩水であることを伝えると、姿が見えなくなった。一行がその言葉に従って船を進めると、森に囲まれた泉があった。その水を煮つめると塩が得られた。白髪の老人は国魂神で、これはこの地を開拓せよという神託であろうと、社殿を建てて祀ったのが当社の始まりである。鎮

阿智神社 (阿智村)

天八意思兼命が天降り、信乃阿智祝部の祖となるとあり、由緒ある古社である。 主祭神 天八意思兼命 天表春命 相殿 誉田別命 建御名方命 大山咋命 ※ 前宮と奥宮があり、奥宮には磐座がある。 社伝によれば孝元天皇5年春正月、天八意思兼命がその御児神を従えて信濃国に天

阿射加神社

本殿は正面3間側面2間の神明造松皮葺。 大日孁神社(大日孁尊)、宇加日子神社(吉志比女命・吉彦命)、速玉男神社(事解男命)、天忍日神社(天忍日命)、建皆古神社(建砦古命)、大国主神社(大国主命)、奥津比古神社(奥津比古命・奥津比売命)、大若子神社(大若子命・素盞嗚尊・誉田別尊・伊弉冉尊・天児屋根

阿伎留神社

江戸時代には神主は触頭(ふれがしら)をつとめ、触下(ふれした)は秋川流域から小河内にいたり28人。6月、9月の末日を年中二度の大祭と称し、これらの神主が二班に分かれ、阿伎留社頭で武運長久、天下泰平の祈祷が行われた。 明治に入り、明治6年(1873年)12月には近代社格制度において郷社に

阿部野神社

北畠顕家を祀る祠が建てられる。 1878年(明治11年) 2月27日 - 東城兎幾雄ら有志が顕家を祭る神社の創建を願い出る。 3月18日 - 大阪府が詳しい計画の提出を求める。 6月21日 - 有志が詳しい計画と資金の手当てを提出する。 8月2日 - 大阪府が内務省に請願を紹介し、聞き届けるよう伺を立てる。

阿沼美神社

阿沼美神社(あぬみじんじゃ)は、愛媛県松山市平田町にある神社。旧社格は郷社。 社伝によれば、当地は景行天皇の皇子で伊予御村別氏の祖である武国凝別命、日本武尊の子で伊予別君の祖である十城別王が居住した場所で、歴代の伊予別君が阿沼美神を祀っていたとされる。 その後、河野氏が大山祇神を合祀して「阿沼美三島大明神」と改め、のち

阿波命神社

阿波命神社(あわのみことじんじゃ)は、東京都神津島村長浜にある神社。式内社(名神大社)で、旧社格は府社。 神津島北部、長浜から入った谷部に鎮座する。 祭神は次の1柱。 阿波咩命 (あわのめのみこと、阿波命/阿波比咩命) 神津島の開拓神であると伝えられる。『続日本後紀』によると、三嶋神

阿久刀神社

俗に「住吉さん」と呼ばれるため、『特選神名牒』において祭神は住吉神とされている。しかし『摂陽群談』では諏訪神とするほか、阿久斗比売(安寧天皇皇后)とする説、久度神とする説などもある。 創建は明らかではなく、諸説が論じられている。 『神名帳考証』では、『新撰姓氏録』にある「調連(つきのむ

阿須賀神社

阿須賀神社(あすかじんじゃ)は和歌山県新宮市にある神社。熊野曼荼羅三十三ヶ所霊場の第23番。 阿須賀神社は、熊野川河口近くにある蓬莱山と呼ばれる小丘陵の南麓に鎮座する。古くは飛鳥社とも称された。蓬莱山は南北100メートル、東西50メートル、標高48メートルの椀を伏せたような山容で、神奈備の典型とも言うべき姿をして

阿遅速雄神社

阿遅速雄社社号標石 本殿前にある、花崗岩製の標石。高さ96cm、一辺24cm四方の角柱に「阿遅速雄社」と彫られている。畿内にある式内社の顕彰を企図した並河誠所の指示により、弟子の久保重宜が元文元年(1736年)から2年(1737年)にかけて建てたものである。標

阿倍王子神社

祭神:宇迦之御魂大神。本殿右側に鎮座。「泰名」とは伝説上の晴明の父親の名であるが祭神ではない。 安倍晴明像 - 晴明の等身大の銅像。 葛之葉霊狐の飛来像 - 狐姿の葛之葉の銅像。 鎮石(孕み石) 安倍晴明生誕伝承地の碑 - 文政年間(1818年 - 1830年)に堺商人・神南辺道心の手によって建立。

阿多由太神社

木造随身(一対) - 平安時代の作とされる木造の神像。 阿多由太神社稲荷社殿 - 嘉永年代の作とされる。 主神 大歳御祖神 大物主神 配祀 家津御子神 早玉之男神 熊野久須美命 阿須波之神 合祀 大己貴命 崇徳天皇 高山本線飛騨国府駅より徒歩25分。 飛騨国の式内社一覧 国府町史/考古・指定文化財編 他

豊福阿蘇神社

がはじまりという。鎌倉時代に、阿蘇氏の勢力下となり阿蘇神社・甲佐神社の二社が合祀され三宮社となった。さらに後、主神である八幡神の影が薄れ、阿蘇神社としての色がより濃くなり現在に至っている。 創建の頃に社領4町3反を寄進されて持っており、これらを祭祀の費用等にあてていたが、豊臣秀吉により没収されたという。

海東阿蘇神社

例祭日は、7月15日、10月15日。 彼岸の川祭り。春・秋の彼岸の中日に「だごなげ祭り」が行われる。 [脚注の使い方] ^ 小川町史編纂委員会編纂『小川町史』小川町役場(熊本県)、1979 ^ 海東村史編纂委員会編纂 『海東村史』 海東村役場、1952年、13頁 ^ 海東村の口碑・傳説、彼岸の川原祭由来参照 下益城郡教育支会編

青井阿蘇神社

1mの浸水高を記録。さらに令和2年7月豪雨災害(2020年)には4.3mの浸水高を記録し、国宝の拝殿が床上浸水、国登録文化財の禊橋は濁流で欄干が損壊するなどの被害が出た。 現存の本殿、廊、幣殿、拝殿の中心的社殿と楼門の計5棟は、人吉藩初代藩主相良長毎とその重臣相良清兵衛の発起により、慶長15年(1610年)から同18年にかけて造営されたものである。