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五徳

[ごとく]
(1)五つの徳目。 仁・義・礼・智・信。 あるいは温・良・恭・倹・譲。 また, 五行(ゴギヨウ)(木・火・土・金・水)の徳など。
(2)〔孫子(始計)〕
武将が意を用いるべき五つの徳目。 知・信・仁・勇・厳。
(3)火鉢の灰の中に据えて, 鉄瓶(テツビン)や釜(カマ)などをのせる, 三本脚の輪形の台。
(4)家紋の一。 {(3)}の全形をかたどったもの。
→ かなわ(金輪)(3)

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五徳猫

五徳猫(ごとくねこ)は、鳥山石燕の『百器徒然袋』にある日本の妖怪。 2本の尻尾を持つ猫が、五徳(囲炉裏で鍋・やかんなどを乗せる台足)を冠のように頭に頂き、火吹き竹を持って囲炉裏で火を起こしている姿で描かれている。石燕による解説には、「七とくの舞をふたつわすれて五徳の官者と言ひしためしもあればこの猫もいかなる

五島盛徳

しかし生来から病弱で、実権はなおも隠居した父に握られていた。文久3年(1863年)に父の時代から始まっていた石田城の築城が完了している。 幕末期の中で次第に尊王討幕に傾き、慶応3年(1867年)10月に新政府より上京の命令を受けると、慶応4年(1868年)に上京して新政府に忠誠を誓った。このとき、新政府より海

伊藤徳五郎

人移民に柔道を教えた。彼の著名な生徒には、樋上蔦雄が含まれている。 1911年にキューバへ渡って大野秋太郎・前田光世・佐竹信四郎とつながり、彼らは「玖馬(キューバ)の四天王」として知られていた。 さらに1912年から1916年までは南米へ渡っていたがその後アメリカへ戻り、翌1917年、ロサンゼルスに「羅府道場」を設立した。

中橋徳五郎

卒業後、明治19年(1886年)東京帝国大学法学部選科を卒業する。大学院では商法を専攻する。 明治19年、中橋徳五郎は判事試補となり、横浜陪審裁判所詰となる。 明治20年(1887年)、農商務省に籍を移し、参事官となる。 明治22年(1889年)、衆議院制度取調局出仕となり、欧米に出張する。帰朝後

徳川五郎太

皇室・五摂家の血を引いていた。 正徳3年(1713年)7月21日、父の吉通が生母本寿院(五郎太からは祖母にあたる)との会食ののち急に吐血し、同月26日に死去した。享年25(満23歳)であった。家督は幼い五郎太が継ぐこととなった。 しかし、五郎太も相続の約2ヶ月後の

笠石徳五郎

笠石 徳五郎(かさいし とくごろう、1924年5月25日 - 没年不明)は、福岡県出身のプロ野球選手。 豊国商業学校から1943年に阪急軍へ入団。 1946年に中部日本へ移籍。 1950年に西鉄クリッパースに移籍。翌年退団。 中部日本は、1947年に中日(中日ドラゴンズ)に球団名を変更 3 (1943年)

五ノ五

五ノ五(ごのご)は囲碁用語の一つで、碁盤上の位置を指す言葉。文字通り、碁盤の隅から数えて(5,5)の地点。布石の段階で隅の着点として稀に打たれる。「5の五」と表記されることも多い。 昭和の新布石の時代に木谷實らによって試みられた他、2000年の碁聖戦など一時期山下敬吾が愛用した。 五線の交点であり、隅の着点として位が高い。このため

徳

(1)修養によって得た, 自らを高め, 他を感化する精神的能力。 「~を積む」「~を養う」 (2)精神的・道徳的にすぐれた品性・人格。 「先生の~を慕う」「~の高い人」 (3)身に備わっている能力。 天性。 「よく味(アジワイ)を調へ知れる人, 大きなる~とすべし/徒然 122」 (4)めぐみ。 神仏の慈悲。 加護。 おかげ。 「~を施す」「神の御~をあはれにめでたしと思ふ/源氏(澪標)」 (5)善政。 「師(イクサ)をかへして, ~を敷くにはしかざりき/徒然 171」 (6)富。 財産。 裕福。 財力。 「上達部の筋にて, 中らひも物ぎたなき人ならず, ~いかめしうなどあれば/源氏(東屋)」 (7)富を得ること。 利益。 もうけ。 得。 「時の受領は世に~有る物といへば/落窪 1」 <i>~とする</i> ありがたいと考える。 感謝する。 「この恩義を一生~する」 <i>~は孤(コ)ならず必ず隣(トナリ)あり</i> 〔論語(里仁)〕 徳のある人は孤立することなく, 必ずよき協力者にめぐまれる。 <i>~を以(モツ)て怨(ウラ)みに報(ムク)ゆ</i> 〔老子〕 怨みをもつ者に対して報復せずに, かえって恩徳を施すこと。

五

(1)数のいつつ。 ご。 多く名詞の上に付いて接頭語的に用いられる。 「~柱」「~文字」 (2)ご。 いつつ。 数を数えるときに用いる。 「~, む, なな, や」

五

数の名。 四より一つ多い数。 一〇の半分。 片手の指の数。 いつ。 いつつ。

五

〔中国語〕 いつつ。 ご。

五

1919年5月4日の北京の学生デモを発端として中国全土に波及した反帝国主義運動。 パリ講和会議で日本の対華二十一箇条要求が承認されたことに反対し, 政府にベルサイユ条約の調印拒否を約束させた。 中国の新民主主義革命の出発点。

五

ご。 いつつ。 多く他の語の上に付いて複合語として用いられる。 「~百((イオ))」「~十((イソ))」

五

博打(バクチ)で, さいころの五の目。 「いましくなつて来て, ~一・~六・~三と/洒落本・卯地臭意」

五

1925年5月30日, 上海で起こった反帝国主義的民族運動。 上海の日系紡績工場のストライキを発端とし, 五月三〇日労働者・学生のデモに対しイギリス官憲が発砲, 多数の死傷者・検挙者を出した。 これを契機に上海の労働者はゼネストを決行, 反帝闘争は全国的に拡大した。

五

⇒ 新文化運動

五

1932年(昭和7)5月15日, 農村の窮乏, 政治の腐敗に憤った海軍青年将校らが, 民間の愛郷塾などの右翼と結んで起こした, 首相官邸・日本銀行などを襲撃し首相犬養毅が殺害された事件。 政党内閣の時代は終わり, 軍部の発言力が強くなった。

徳川茂徳

を孝明天皇に献上する。隠居後は玄同(げんどう)と号した。 慶応元年(1865年)4月、長州再征に際して幕府より征長総督就任の内命を受ける。慶勝側近らの猛反発を受け総督は紀州藩主・徳川茂承に変更されたものの、茂徳にも上京が命ぜられ、大坂城に滞在する家茂の側にあって幕政に参与する。同年閏5月、諱を

五味五色

韓国では、五味五色の基礎を作り上げたのは李朝時代の宮廷料理とされており、五味五色を取り入れた有名な料理例として「九節板」があげられる。 韓国では、青を表す緑野菜、赤を表す唐辛子、黄色を表す卵黄、白を表す卵白、黒を表す海苔をバランスよく用いて五味で調理した「ナムル」