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付知峡

木曽川支流、付知川の源流に位置する。付知川は青川の異名を取るほど澄み切った清流で名高く、御嶽山の南麓に源流を持ち、不動滝・高樽滝の他にも、大小問わず無数の瀑布が見られる。 一帯は手付かずの原生林が残されており、山紫水明の彩りを見せる。東濃有数の峡谷で、県を代表する紅葉の名所としても知られるほ

Связанные слова

付知町

けのしり)、石鋪(いしき)、伊勢戸薙(いせどなぎ)、猪ノ澤(いのさわ)、岩小屋(いわごや)、岩屋(いわや) 上野(うえの)、宇峠(うとうげ)、馬小屋(うまごや)、馬道(うまみち)、浦沢(うれさわ)、上林(うわばやし) 大平(おいだいら)、追分(おいわけ)、大ヶ平(おおがひら)、大胡桃(おおぐるみ)

付知川

述の付知峡のほかに横川渓谷・栗本・下村などにはキャンプ場があり、ウグイ・アユ・ニジマスなども豊富であるため夏季を中心に賑わう。また、渡合温泉、付知峡倉屋温泉などの温泉施設も点在している。なお、付知川および流域は、以下の指定を受けている。 裏木曽県立自然公園(付知川・付知峡) 岐阜県の名水50選(付知川)

下付知駅

駅構内(1995年、駅舎付近) 駅構内(1995年、ドア周りは当線を走行した電車の廃車体から転用) 駅構内(1995年、木材置き場) 北恵那鉄道 北恵那鉄道線 稲荷橋駅 - 下付知駅 [脚注の使い方] ウィキメディア・コモンズには、下付知駅に関連するカテゴリがあります。 日本の鉄道駅一覧

峡

〔「交(カ)ひ」と同源〕 山と山との間の狭く細長い土地。 「狭き山の~に出でぬ/即興詩人(鴎外)」

付知峡倉屋温泉おんぽいの湯

川と木曽川を経由して八百津町の錦織まで川を狩りながら材木を流していた。日傭(作業者)にとって、寒い冬の河原での作業は大変な作業であったが、「おんぽいェー おんぽいェー」 とかけ声をかけながらトビ(竿の先に鉄の尖った切っ掛けが付いた道具)を使い、下流へ下流へと流していた。その作業者の掛け声が「おんぽい」である。

付知森林鉄道

軌間:762mm 動力:内燃(ガソリン) 幹線 下付知停車場(付知町) - 渡合(加子母村)・・・18.4km 途中に、営林署前停車場、宮島停車場、赤石停車場、渡合停車場がある 東股線 宮島停車場(付知町) - 東股(付知町)・・・14.0km 途中に、日和立停車場、東股停車場がある

海峡

両側から陸地にはさまれ, 二つの海をつなぐせまい海。 瀬戸。 水道。

地峡

両側から海が迫り, 大陸の一部が極端に狭まった地形。 パナマ地峡・スエズ地峡など。 地頸。

峡間

谷間。 谷あい。 「~の村落」

峡谷

幅が狭く深く険しい谷。 「黒部~」

山峡

山と山とに挟まれた狭い所。

峡路

山間(ヤマアイ)の細い道。 山峡(ヤマカイ)の道。

山峡

両側に山のせまった狭い谷間。 やまかい。 たにあい。

巫峡

雲雨」は男女の情交を意味する故事成語となっている。 ^ 高橋忠彦『新釈漢文大系 第81巻 文選(賦篇)下』明治書院、2001年7月25日、344頁。ISBN 4-625-67302-X。  ^ “巫山の雲雨”. コトバンク. 2017年4月16日閲覧。 ^ 「巫山の雲雨」『日本国語大辞典

三峡

される。一方で、ダム建設前の三峡は長江の水運の難所であり、夏の増水時には水位が上がり航行には危険が伴った。 三峡地域には瞿塘峡・巫峡・西陵峡のような険しく幅の狭い峡谷の部分と、広くなだらかな寛谷の部分があるが、これは地質の違いによる。三峡独特の景観である峡谷部分は石灰岩が多く、風化には極めて強いが

峡州

峡州(峽州、きょうしゅう)あるいは硤州(こうしゅう)は、中国にかつて存在した州。南北朝時代から明初にかけて、現在の湖北省宜昌市一帯に設置された。 南朝梁のときに置かれた宜州を前身とする。西魏のときに拓州と改められ、北周のときに硤州と改められた。 隋の大業初年に硤州は夷陵・夷道・遠安の3県を管轄した

瀞峡

瀞峡(どろきょう)は、和歌山県・三重県・奈良県を流れる熊野川水系北山川上流にある峡谷。吉野熊野国立公園の一部。 隆起準平原である大台ヶ原周辺から流れを発した川が滝を形成し、侵食作用によって滝つぼが後退して形成された。上流から、奥瀞、上瀞、下瀞と呼ばれ、下瀞の上流は瀞八丁の名で特に著名で、巨岩、奇岩、

付き付き

付き添いの者たち。 供の者。 「~の女ども勇め申せば/浮世草子・禁短気」

下付

官庁から民間に金や物をさげわたすこと。 「~金」