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Деталі слова

一式

[いっしき]
〔「一色(イツシキ)」と同源〕
必要なものひとそろい。 関連するものすべて。
「書類~」「婚礼道具~」「夫~の世話は女房の役目である/二人女房(紅葉)」

Пов'язані слова

一部形式

完全に独立し、且つ集結した一つの大楽節で構成される楽曲の形式を、一部形式(いちぶけいしき)または大楽節形式(だいがくせつけいしき)という。普通は8小節のものが多い。形式としては最も単純で、簡単な童謡や民謡などに多用。唱歌形式の1つである。 また、大曲の一部分のメロディが一部形式をなすこともある。 一部形式

一液式ロケット

一液式ロケットまたはモノプロペラントロケット(英: Monopropellant rocket)とは、単一の化学物質を燃料に使用するロケットである。一液式ロケットは化学反応に依存し、反応によって推力を生み出す。推進剤を構成する化学物質の分子の化学結合が解き放たれることにより結合エネルギーに相当するエ

一式標的機

一式標的機(いっしきひょうてきき)は、大日本帝国海軍の無人標的機。略符号は「MXY4」。 航空機が曳航する吹流しに代わる艦艇の空中射撃標的として、滑空標的機(MXY3)に引き続き海軍航空技術廠(空技廠)によって1940年(昭和15年)に開発が開始された。設計主務者は山本晴之技師。製造は美津濃グライ

会式一号機

臨時軍用気球研究会式一号機 所沢飛行場にて(1911年) 用途:練習機 分類:推進式 複葉機 設計者:徳川好敏 製造者:臨時軍用気球研究会 運用者:大日本帝国陸軍 初飛行:1911年(明治44年)10月13日 所沢飛行場 生産数: 1 (その後「会式」機としては全7機) 生産開始:1911年(明治44年)7月

一次方程式

数学における一次方程式(いちじほうていしき、英語: first-degree polynomial equation, linear equation)は、一次多項式の根を求めるものである。 a, b は実数の定数とするとき、 a x + b = 0 {\displaystyle ax+b=0} または

四一式騎砲

四一式騎砲は大日本帝国陸軍が1911年(明治44年)に制式制定した、騎兵部隊用の軽量野砲である。 騎兵部隊の速い進軍速度に合わせて三八式野砲の輓曳速度を高めるため、これを軽量化した砲である。 明治41年に大阪砲兵工廠に開発が令達されたことから四一式として制定された。

九一式魚雷

焼き鈍し、加工後の焼き入れ、焼き戻しの重要性を再確認し、そのように実施された。 焼き鈍しでは、金属塊は 700 ℃ に2時間置かれた後、石灰粉の中で冷却される。 焼き入れでは、850 ℃ に1.5時間置かれた後、油の中で冷却される。 焼き戻しでは、180 ℃

一式中戦車

一式中戦車 チヘ(いちしきちゅうせんしゃ -)は、第二次世界大戦時の大日本帝国陸軍の中戦車。 本車よりも前に配備された中戦車として、主砲に九七式五糎七戦車砲を搭載していた九七式中戦車 チハを本車と同じ一式四十七粍戦車砲へと新設計の砲塔ごと換装した九七式中戦車

一式輸送機

キ59 一式輸送機 一式輸送機(キ59) 用途:輸送機 製造者:日本国際航空工業 運用者:日本(陸軍) 生産数:20機 運用開始:1941年 表示 一式輸送機(いっしきゆそうき、いちしきゆそうき)は、第二次世界大戦時の大日本帝国陸軍の輸送機。キ番号(試作名称)はキ59。開発・製造は日本国際航空工業。

一式戦闘機

形容された旋回機関銃の防御砲火により苦戦を強いられるなど、設計時に想定していない大型爆撃機迎撃に用いるには火力不足であった。第64戦隊長加藤中佐機が撃墜されたのも、火力不足を補うためにイギリス空軍のブレニムに接近しすぎ、機体引起し時に腹部を晒したことが原因の一つだったとされている。緒戦である南方作戦

四一式山砲

四一式山砲(よんいちしきさんぽう)は、1910年(明治43年)前後に開発・採用された大日本帝国陸軍の山砲。 1930年代中期からは歩兵砲として、小改修を施した本砲が歩兵連隊に配備されたため、連隊砲(聯隊砲)とも称された。 四一式山砲は日露戦争における主力山砲であった三十一年式速射山砲の射程不足、発

一式砲戦車

ホニI)は、第二次世界大戦時の大日本帝国陸軍の自走砲である。大戦後期になると対戦車自走砲として使用されることになり、砲戦車の代用としても配備される場合もあった。 一般的には一式砲戦車と呼ばれるが、これは本車が開発段階に於いて機甲兵が使用する砲戦車として運用する構想の名残であるとされ、正式的には「一式自走砲(一式七糎半自走砲)」で

式

(1)一定の作法にのっとって行う行事。 儀式。 「祝賀の~」 (2)特に結婚式。 「~を挙げる」「~の日取り」 (3)ある物事をするときの一定のやり方。 「そういう~でやってみよう」 (4)数学・論理学などの諸科学で, 記号を用いてある関係や構造を表したもの。 「~を立てる」 (5)律令の適用の仕方を定めた細則。 また, それらを編纂(ヘンサン)した書。 「弘仁式」「延喜式」など。 (6)ことのわけ。 ことの次第。 事情。 「此程の~をば身に替ても申し宥(ナダム)べく候/太平記 10」 (7)名詞の下に付いて, 一定の方式・形式・やり方である意を表す。 「日本~」「電動~」

九一式手榴弾

しかし、九一式手榴弾は他の日本製手榴弾と同様、弾体・信管・炸薬の製造と量産の欠陥に苦しめられた結果、威力のまちまちな爆発、遅延秒時の不整、弾体が不規則に破片化するなどの問題を生じた。戦争中、これらの製造上の問題は未解決のままとされた。 実戦では手投げ用として、九一式手榴弾の7-8秒と

一五式飛行艇

1926年(大正15年)海軍は陳腐化が目立つF-5号飛行艇に替わる飛行艇の試作を広海軍工廠に下命し、広工廠では後に川西航空機で辣腕を揮う橋口義男造船大尉を設計主務者として開発を開始した。 一五式飛行艇はF-5号飛行艇に倣った艇体ではあるが、主翼は速度向上を図る為面積を減らし、かつ厚翼

九一式重戦車

きた。消音器(マフラー)は、機関室の右側面に1つ配置されている。 試作車輌なので、車体は軟鋼製であった可能性がある(一般に試作車輌は、実戦用ではないので耐弾性能が必要無いことと、製造・修正・改造しやすいよう、軟鋼で作られる)。 本車の生産数は1輌と少ない。4年後の1935年(昭和10年)には本車の改

一式重機関銃

一式重機関銃(いっしきじゅうきかんじゅう)は、大日本帝国陸軍が1942年(昭和17年)に制式採用した重機関銃である。 一式重機関銃採用以前の日本陸軍では、九二式重機関銃を主力重機関銃としており、重機関銃用弾薬は九二式実包を使っていた。しかし、1939年(昭和14年)に採用された九九式軽機関銃

一三式練習機

一三式練習機(いちさんしきれんしゅうき)は、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間に日本海軍で採用された単発複座複葉の練習機である。開発は横須賀海軍工廠。機体略番はK1Y。 イ号甲型水上練習機やアブロ式練習機の後継として横須賀海軍工廠(横廠)の橋本賢輔技師を設計主務者として開発され、1925年(大正1

九一式徹甲弾

1930年(昭和5年)に制式採用された。1934年(昭和9年)頃には水中射表が作られ、艦隊司令部に配布された。 砲弾の落角は、14度以上22度以下であることが望ましい。それ以上の落角となる遠距離では、水中弾の命中範囲は著しく小さくなる。距離2万mの中距離で戦艦の砲戦が起きた場合、九一式徹甲弾を使う方は命中率が1