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今日の風土記

嵯峨野の池-大宮びとの風流が生んだ 神護寺-文覚上人すわりこみで復興した 竜安寺-何が何やらサッパリわからぬ天下の名園 広隆寺-平安遷都で活躍した大陸人の氏寺 洛北 上賀茂神社-ご神体がいらっしゃらない社殿 光悦寺-万能芸術家の夢の跡 詩仙堂-スパイ容疑者石川丈山のすまい 比叡山-秀吉も家康もごきげんをとった僧兵

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風土記

⇒ ふどき(風土記)

風土記

713年の元明天皇の詔により諸国で編纂された官撰の地誌に対する平安朝以降の通称。 郡名の由来・伝承・産物・土地の状態などを各国庁が解文として撰進した。 出雲・常陸・播磨・豊後・肥前の五か国のものが現存するが, 完本は出雲国のみ。 他に約三〇国の逸文が伝存する。 文体は国文体を交えた漢文体。 後世作られた風土記の類と区別して古風土記ともいう。

風土記

(1)諸国の風土・風俗・産物・伝説などを記した本。 「房総~」 (2)各方面の情勢を地方別に記した本。 「政界~」「人物~」

新日本風土記

2011年7月27日に運用を開始したウェブサイトで、『新日本風土記』を始めとするNHKの各番組の映像を蓄積している。「みちしる」はNHKアーカイブスの社会還元事業の一環として映像などを無償で提供している。また、ウェブサイト名として使用されている「みちしる」には「道しるべ」の意味が含まれており、地図を見ながら映像も見られる機能から「道を

常陸風土記

常陸風土記(ひたちふどき)とは、茨城県鹿嶋市の銘菓で、炊いた大納言小豆で求肥を包んだ和菓子。 鹿島神宮参道の菓子舗丸三老舗の代表菓。 岸朝子著『全国五つ星の手みやげ』に掲載。全国菓子大博覧会では内閣総理大臣賞を受賞した経歴を持ち、天皇陛下への献上菓子としての実績もある。年間6万個ほどを売り上げる商

真臘風土記

塩醋醤麪(塩・酢・味噌・麪酵)  蚕糸(養蚕)  器用(有用な道具)  車轎(車とかご) 舟楫(舟とかい)  属郡(所属する地方行政区画)  村落  取胆(胆の蒐集) 異事(奇怪な事) 澡浴(水浴) 流寓(他郷にさすらい住むこと) 軍馬(軍隊) 国主出入(国王の外出) [脚注の使い方] ^ a b c 世界大百科事典 第2版『真臘風土記』

封内風土記

の各邑について説明する。『封内風土記』は、藩主の名に含まれる「村」の字を避けて邑と書いた。記載事項は定型的で、邑においては戸口、邑の名の由来、神社、仏宇、寺、道、山、川、橋、孝子など様々な人文・社会に関わる項目を立て、邑内に該当するものがあれば列挙し、解説を付けた。特に記すことがない項目は略した。村

土佐日記

『土佐日記』(とさにっき)は、平安時代に成立した日本最古の日記文学のひとつ。紀貫之が土佐国から京に帰る最中に起きた出来事を諧謔を交えて綴った内容を持つ。成立時期は未詳だが、承平5年(934年)後半といわれる。古くは『土左日記』と表記され、「とさの日記」と読んだ。 日本文学史上、おそらく初めての日記

土忍記 風の天狗

『土忍記 風の天狗』(どにんき かぜのてんぐ)は、1970年に小島剛夕の劇画『土忍記』を日活が映画化した時代劇映画、監督は小澤啓一。 柳生石舟斉は柳生一族の勢力を確実に広げていた。草薙六平太の居る青地の里もまた、柳生の勢力下に置かれた。六平太は郷太夫に、忍者の世界から足抜けをしようと姿を消した丑蔵を

風土

土地の状態。 住民の慣習や文化に影響を及ぼす, その土地の気候・地形・地質など。 「日本の~に慣れる」「精神的~」

大和国風土記

現存する記述は、逸文という形でのみ伝わる(以下、逸文の記述)。 大和国の風土記に云わく、天津神命、石津神命、三都嫁(みとのまぐわい)、遊(うらぶれ)、面語(おもがたり)してとあり。 — 『毘沙門堂本古今集註』 むかし明日香の地に老狼ありて多くの人を食らう。土民畏れて大口の神という。その住める所を名付け

丹後国風土記

」が出てくるなど中国渡来の神仙思想が窺える。「水江浦島子」が童話に出てくる浦島太郎であるが、彼は日下部首の一人である。 筒川の里、日下部首等の先祖に姿容秀美の筒川嶼子という者、即ち水江浦島子がいた。伊豫部馬養連の記したところのものを述べる。 と前置きした上で、長谷朝倉宮御宇天皇(雄略天皇)の御世、浦

肥前国風土記

『肥前国風土記』(ひぜんのくにふどき)は、奈良時代初期に編纂された肥前国(現在の佐賀県・長崎県)の風土記である。現存する5つの風土記のうちの1つ。 成立年代については郷里制が行政区域として採用されていること、軍事面(城(き)・烽(とぶひ))に関する記事についても詳細に記されていることから、天平4年

常陸国風土記

古老(ふるおきな)の相伝ふる旧聞(ふること)を申す事」(原漢文)ではじまる。常陸の国司が古老から聴取したことを郡ごとにまとめ風土記を作成したもので、8世紀初頭の人々との生活の様子や認識が読み取れる形式となっている。記事は、新治・筑波・信太・茨城・行方・香島・那賀・久慈・多珂の9郡の立地説明や古老の話を基本にまとめている。

三河後風土記

『三河後風土記』(みかわごふどき)は、近世に書かれた徳川氏創業期に関する歴史書。著者不詳。全45巻(42巻、50巻本もある)。後者、改正本、正説本には偽書説がある。 徳川氏創業史の一つで、徳川氏が祖と称している清和源氏から徳川家康将軍就任までの700余年間を年代順に記述する。

豊後国風土記

『豊後国風土記』(ぶんごのくにふどき)は、奈良時代初期に編纂された豊後国(ほぼ現在の大分県に相当)の風土記である。現存する5つの風土記のうちのひとつ。 『豊後国風土記』の正確な成立年代は不詳であるが、『日本書紀』中の景行紀とほぼ一致する記事が含まれること等から、720年以降で、遅くとも740年頃まで

出雲国風土記

都久豆美命(つくづみ) - 島根郡千酌駅。 阿遅須枳高日子命(あぢすきたかひこ) 神門郡高岸郷と仁多郡三沢郷において父の大穴持命に養育される様子が描かれており、葛城の賀茂社に鎮座していると記されている。 妻として以下の神が登場する。 天御梶日女命(あめのみかじひめ) - 楯縫郡神名樋山。 子に以下の神が登場する。

播磨国風土記

醸さしめて 庭酒(にわき)を献りて宴(うたげ)しき」との記載がある。「神に供えた糧が枯れて、かびが生えた。すなわち酒を醸さしむ」ことが記されているため、米を原料とした日本最古の日本酒に関する記述とされている。 官命に盛り込まれた5つの課題のうち、『播磨国風土記』が忠実に答えているとされ

紀伊続風土記

業は文政13年(1831年)に再開し、それから8年後の天保10年(1839年)、33年の歳月を要して完成した。編纂にあたっては、編纂者たちが国中を余さず調査したという。 本編97巻(神社考定2巻を含む)のほか、「高野山之部」81巻、附録の古文書編17巻、全195巻からなる。内容は、第1巻から第3巻