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Деталі слова

堰口

[せきぐち]
堰の水を落とす所。

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河口堰

河口堰(かこうぜき)は、河川のごく下流、河口付近に設置される堰。 河川の河口部から下流部にかけては海水が溯上し汽水となっているが、上水道をはじめ農業、工業など人の利用には適さない。そこを堰で河川を締め切り、海水の溯上を遮断する事で水の利用を図ること(水源開発)を主な目的として設置される。同時に治水上の目的が付与される事も多い。

堰

「いせき(堰)」に同じ。

堰

〔動詞「塞(セ)く」の連用形から〕 取水のため, また流量や水位を調節するため, 川の途中や湖・池の出口などに流れを遮って作った構造物。 い。 いせき。 <i>~を切ったよう</i> 抑えられていた物事が急激に起こるさま。 「~にしゃべり出す」

堰

水をよそに引いたり, 水量を調節するために, 川水をせき止めた所。 い。 井手。 せき。

長良川河口堰

長良川河口堰(ながらがわかこうぜき)は、三重県の長良川の河口部に治水と利水を目的に作られた堰(河口堰)。 長良川に初めて造られた堰であり、この河口堰ができるまでは、長良川は本州で唯一の本流に堰のない大きな川だった。 元は工業用水を溜めるために計画されたが、計画が30年以上紆余曲折するうちに重工業が

芦田川河口堰

1994年アジア競技大会を機に、竹ヶ端運動公園から小水呑橋までの間に国際A級漕艇コースが整備され、管理棟である水上スポーツセンター(愛称リヴァマリン)が併設されている。1996年のひろしま国体でも漕艇会場として利用された。 芦田川漕艇場 規模 : 2,000m(国際A級公認コース) レーン : 13.5m×6レーン

利根川河口堰

た霞ヶ浦から流れ出す常陸利根川もあったことから、上流から流れてくる真水の量が減ると、銚子市にある河口から40キロメートル以上(香取市付近)まで塩水が溯上することもあった。その塩分の混じった水を、上水道や農業用水、工業用水として利用すると塩害が発生する。特に1958年(昭和33年)には渇水によって大利

井堰

水をよそに引いたり, 水量を調節するために, 川水をせき止めた所。 い。 井手。 せき。

堰堤

貯水・治水・砂防などの目的で, 河川・渓谷を横断してつくられる堤防。 ダム。

堰杙

川や池で水をせきとめるために, せきに並べて打つくい。 「依網(ヨサミ)の池の~打ちが/古事記(中)」

堰く

(1)流れをさえぎってとめる。 せき止める。 「石で流れを~・く」 (2)人を隔てて遠ざける。 特に男女の仲についていう。 「此頃叔母がお勢と文三との間を~・くやうな容子が徐々(ソロソロ)見え出した/浮雲(四迷)」 (3)涙の出るのをこらえる。 「忍音(シノビネ)に泣いてゐたのが, ~・きかねて/多情多恨(紅葉)」 (4)物事の進行, 人の行動などをさまたげる。 「思うことひとつに~・かれつつ過ぐししを/狭衣 4」 〔形容詞「狭(セ)し」と同源〕

堰塞

水の流れをせきとめること。

六堰

04年(平成16年)に六堰(新六堰頭首工)と用水路改修が完成した。六堰には魚道も併設された。 取水口(奥)と魚道および流水改善水路(手前) 取水口除塵機 六堰頭首工(先代)で使用されていたローリングゲート 名のとおり、昔は6つの堰が荒川にあり、6つの用水に水を供給していた。 6つの用水をあわせて大里用水と呼ぶ。

旧吉野川河口堰

旧吉野川河口堰(きゅうよしのがわかこうぜき)は、徳島県板野郡松茂町中喜来地先、吉野川水系旧吉野川に建設された堰である。 旧吉野川は徳島藩第4代藩主・蜂須賀綱通によって1672年(寛文12年)別宮川との間を第十地先で開鑿、徳島城防衛の為に引水したのが発端である。下流で今切川を分流し紀伊水道へ注ぐ。17

徳島堰

筵を張ることで水を堰止め、ここを取水口とした。流路は等高線に沿うようにし、堰の大きさは上3間(約5.4m)・敷1間半(約2.7m)で、天井川の部分は埋樋で暗渠としている。傾斜地を通るため、右岸を削った土砂を左岸に盛土して石積みなどで護岸が行なわれた。また、途中にある円井型石英閃緑岩の岩盤層が障害とな

富田堰

富田堰(とみたせぎ)は、長野県安曇野市穂高を流れる用水路の事である。 拾ヶ堰から取水している。起点は、安曇野市穂高西原である。 1920年 - 富田堰完成(現在の位置よりも100m南に取水口を設置) 2000年 - 取水場所を現在の場所へ変更。 穂高自動車学校株式会社 烏川(自動車学校を過ぎると烏川の下を潜り向かい岸へ出てくる)

鐘鋳堰

鐘鋳堰の起源は明らかでないが、長野市三輪から平安初期に遡ると推定される条里遺跡が発見されており、これら条里遺跡の北限を流れる鐘鋳堰はこの水田を潤すため同時期に開発されたと考えられている。また、一遍上人絵伝には鐘鋳堰が描かれており、少なくとも鎌倉中期には遡るとされる。近世以前については詳らかでない。

拾ヶ堰

フォンが整備されたのは平成のことである。 拾ヶ堰頭首工(奈良井川) 拾ヶ堰 サイフォン入口 松本市側(2005年5月15日撮影) 拾ヶ堰 サイフォン出口 安曇野市側(2005年5月15日撮影) 勘左衛門堰 拾ヶ堰通水口 手前:勘左衛門堰 奥:拾ヶ堰(2008年8月撮影) 拾ヶ堰 放流口 安曇野市穂高自動車学校付近(2008年8月撮影)

左堰駅

左堰駅(ひだりせきえき)は、青森県青森市大字左堰字大科(ひだりぜきあざおおしな)にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)津軽線の駅である。 1959年(昭和34年)11月25日:国鉄の駅として開業。 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道の駅となる。