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東武モハ5300形電車

のノッチ刻みを持つMC1主幹制御器を採用したが、クハ430形については従来車との併結の必要性から9段のノッチ刻みを持つM-8D主幹制御器を採用しており、両者の制御シーケンスに互換性がなかったことからモハ5300形・クハ330形との併結は不可能であった。

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東武モハ5320形電車

残るクハ550・551についても同年11月に電動車化が施工され、モハ5324(初代)・5325と改番されたが、この2両は当時の最新型5700系の仕様に準じた発電制動付電動カム軸式多段制御器である日立製作所MMC-H-10Eを搭載した。翌1953年(昭和28年)9月には、台車を汽車製造でKS-105ウィングバネ式台車を新造して

西武モハ200形電車

)発足を経て、1948年6月の一斉改番でモハ251形(初代)251 - 260となった。 1950年代に片運転台化と側窓の2段上昇窓化、電装品の国鉄払い下げ品への振り替え等が行われ、また1954年8月にはモハ221形(2代)221 - 230へ改番された。 更に1958年10月に、221 -

西武モハ550形電車

どに導入された、深い屋根、前面と側扉上のアーチ形の水切り、おわん形ベンチレーターが特徴のいわゆる「川造形」と呼ばれる車両で、この中にあって本形式は3面折妻・非貫通の前面で、形態としては長野のものが近く、丸妻・貫通形の目蒲や、豊川・阪急のものとはこの点が異なっている。登場当初、前照灯は窓下中央に取り付

西武モハ351形電車

。制動装置はA動作弁を用い、電磁給排弁を併用したAMAE電磁自動空気ブレーキである。 本形式は導入後池袋線系統に配属され、主に狭山線の線内区間運用に専従し、幹線系統における運用は休日に池袋 - 狭山湖(現・西武球場前)間において運行された、狭山湖駅に隣接する狭山スキー場利用客向けの臨時急行列車「スキ

総武鉄道モハ1000形電車

れた。これは1947年(昭和22年)に東武が63系(後の7300系)や国電の戦災損傷車両の割り当てを受けたことの見返りとして、保有車両の地方私鉄への供出を運輸省より指示されたことによるものであった。これら譲渡車両については後述する。 その後モハニ1101が1948年(昭和23年)に事故により車体を焼

東濃鉄道モハ110形電車

ただし、名鉄保有のHL車各形式とは主電動機は同一ながら歯車比の相違に起因して走行特性が異なり、東濃モハ112(名鉄モ3791)が歯車比3.94 (71:18) ・全界磁時定格速度40.23 km/hであるのに対して、名鉄保有のHL車各形式は歯車比3.045 (67:22) ・全界磁時定格速度48.0

東濃鉄道モハ100形電車

モハ101・102の台車は側枠を一体鋳鋼製としたペンシルバニア形軸ばね式台車で、外観・機構とも国鉄制式台車であるDT16台車に酷似したものであった。枕ばねは2連の重ね板ばねを採用する。固定軸間距離は2,250mm、軸受構造は平軸受(プレーンベアリング)式である。 クハ201 - 203の台車は汽車製造製形

東京都交通局5300形電車

るコーラルピンク色、座面は「土の香り」をイメージするダークグレー色とした。ロングシート端には袖仕切りがあるが、1・2次車はこの袖仕切りの内側(ドア側と座席側に分けたときの座席側)が深緑色の布地張り、袖仕切りの周囲の曲線部に黒いラインが入っており、3次車以降は内側は白いプラスチック製(車内の化粧板と

東武デハ1形電車

8(いずれも初代)の2両は早期から制御車代用として運用され、事実上デハ6両クハ2両の陣容であった。その後1931年(昭和6年)には同2両を正式に電装解除して電装品を大正14年系クハ1形1, 2(いずれも初代)に提供し、同車と車番交換を行う形でクハ1形1, 2(いずれも2代

東武クハ450形電車

屋根上ベンチレーター配置を含めて50系1939年度 - 1941年度落成車の特徴をよく保っている。クハ454は木製布張り屋根仕様で雨樋付、クハ455は鋼製屋根仕様で雨樋はなく、乗務員扉を含めた各扉直上に水切りを設置しており、三者三様の形態となっていた。 モハ31形31083・31084を種車とする

東武デハ2形電車

制御器が採用された。その後、昭和2 - 4年系の大量増備が行われ、さらにデハ10系においても同種の仕様が踏襲されたことから、HL制御車そのものが東武においては非常に少数派であった。また、モハ1100形1100は大改番実施直後に電装解除ならびに客車化改造が施工されたため、東武における旅客用HL制御

東武クハ101形電車

基本形客車に準拠した中型客車を出自とする車両を残すのみとなっていたが、戦中から戦後にかけての混乱期においては輸送力確保が第一とされ、鋼体化改造は一旦休止されていた。その後、世相が落ち着きを見せ始めた1949年(昭和24年)より鋼体化が再開され、登場したのが本形

東武デハ3形電車

東武デハ3形電車(とうぶデハ3がたでんしゃ)は、かつて東武鉄道に在籍した電車。1926年(大正15年)に新製されたホハ11形の後身で、当初は後述のホハ12形も含め、全車客車として竣功したものを、1927年(昭和2年)に電車化改造を実施したものである。 本項では本形式ならびに同年に新製された東武初の全鋼製車であるホハ12形、後のク

東武デハ5形電車

と溶接工法を併用して組み立てられた半鋼製車体は全車とも同一であり、また半鋼製車体ながら本系列に先行して新製された大正15年系同様に木造車のように車体裾部が切り上げられた構造となっており、台枠が外部に露出している点が特徴である。また、台枠補強用のトラスロッド(トラス棒)が車体中心寄りに設置されたこと

国鉄モハ1形電車

4-88283-901-6(1997年) 沢柳健一・高砂雍郎 「旧型国電車両台帳 院電編」 - ジェー・アール・アール ISBN 4-88283-906-7(2006年) 新出茂雄・弓削進 「国鉄電車発達史」 - 電気車研究会(1959年) 寺田貞夫 「木製國電略史」 - 「日本国鉄電車特集集成 第1集」に収録 「木製省電図面集」 -

国鉄モハ11形電車

沢柳健一・高砂雍郎 「決定版 旧型国電車両台帳」 - ジェー・アール・アール ISBN 4-88283-901-6(1997年) 新出茂雄・弓削進 「国鉄電車発達史」 - 電気車研究会(1959年) 「木製省電図面集」 - 鉄道資料保存会 編 ISBN 4-88540-084-8(1993年)

武蔵野鉄道モハ5570形電車

落成したが、後年全車とも雨樋が整備された。車体塗装は武蔵野鉄道の標準塗装であった茶褐色1色塗装である。 車内はロングシート仕様、750Wの電熱式車内暖房装置を1両当たり10基備え、客用扉は三菱電機製のEG-132-E空気圧動作式戸閉装置(ドアエンジン)を備える自動扉仕様である。車内照明は白熱灯を採用

長野電鉄モハ130形電車

- 133として竣工した。 床下機器については東武在籍当時と何ら変わりなく、すなわち「デッカーシステム」と称される電動カム軸式自動進段制御器、及びAMM自動空気ブレーキの組み合わせであり、電磁単位スイッチ式手動進段制御器(HL制御、もしくはHB制御)にSME直通空気ブレーキの組み合わせであった従来

帝都電鉄モハ100形電車

なった1942年(昭和17年)に登場した1600形など、関東私鉄電車の一形態として確立した。 塗装はチョコレート色(小豆色)1色を基本とし、屋根部を鉛丹仕上げとしている。台車も黒やグレーではなく小豆色に塗られ、宮松金次郎は「パンタグラフ以外は屋根も車体も台車も小豆色」と当時の鉄道趣味紙に寄稿している