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Словник

Деталі слова

汲郡

汲郡(きゅう-ぐん)は、中国にかつて存在した郡。晋代から唐代にかけて、現在の河南省北部に設置された。 266年(泰始2年)、西晋により汲郡が立てられた。西晋の汲郡は司州に属し、汲・朝歌・共・林慮・獲嘉・修武の6県を管轄した。 北魏のとき、汲郡は北修武・南修武・汲・朝歌・共・山陽・獲嘉の7県を管轄した。

Пов'язані слова

汲汲

一つの事に一心に努めるさま。 また, 小事にあくせくするさま。 「~として働く」「財と位に~たる父/露団々(露伴)」

汲む

(1)水などを柄杓(ヒシヤク)・桶(オケ)などですくって取る。 また, 水道などによって容器にうつし入れる。 《汲》「バケツに水を~・む」「ポンプで井戸水を~・む」「山清水~・みに行かめど道の知らなく/万葉 158」 (2)酒・茶などを飲むための器に注ぎいれる。 また, それを飲む。 「お茶を~・んでまわる」「沛公酔て坏を~・むに堪へず/太平記28」 〔酒の場合は「酌む」と書く〕 (3)(多く「酌む」と書く)事情・気持ちなどを好意的に解釈する。 斟酌(シンシヤク)する。 「意のあるところを~・む」「少しは人の気持ちも~・んだらどうだ」 (4)思想・流儀・系統などを受け継ぐ。 「カントの流れを~・む学派」 ‖可能‖ くめる

汐汲

能の「松風」を題材とした歌舞伎舞踊の一系統。 桜田治助作詞の七変化(シチヘンゲ)中の「七枚続花の姿絵」が有名。

水汲

狂言の一。 お茶の水をくみに行くよう命じられた新発意(シンボチ)が, 代わりに行った門前の女に言い寄り, 小唄をやり取りする。 お茶の水。 水汲新発意。

汲沢

ニテカ以干す時ハ阿め婦り申候」とも伝えるという。真名本『大山寺縁起』には、大山付近の滝に関し「当山霊所異迹衆矣。二重瀧下有レ瀧。曰二雷瀧一。瀧形如レ瀆吐レ浪。瀧鳴雲起。不崇時而雨。」との記述があり、崇敬を欠くときに雨が降ると伝える 。 安永4年(1775年)の奥付が書写され、天保15年(1844年

汲桑

すると、汲桑は㔨と共に牧人と数百騎の馬を連れて清河へ赴き、公師藩の下へと身を投じた。この時、汲桑は㔨に石という姓を与え、名を勒と改めさせた。公師藩は司馬模が守る鄴に向けて軍を進めるが、司馬模配下の馮嵩に大敗し、殺された。汲桑も追撃を受けたが、馬牧場へと逃げ込み追手を

汲黯

黯は仕事を少なくすることに務め、常々匈奴と和親を結び、兵を起こさないようにと言っていた。また武帝は儒者の公孫弘や法律に詳しい吏である張湯を重用したが、汲黯は公孫弘は偽りを飾り阿諛追従する者と、張湯らのような吏は人を罪に陥れる者と批判していた。内心では公孫弘や張湯も汲黯

汐汲み

塩をつくるために海水を汲むこと。 また, その人。

水汲み

(1)水をくむこと。 また, その人。 (2)歌舞伎の小道具の名。 黒木綿で作ったかまぼこ形の烏帽子(エボシ)。 従者などの役に用いる。

潮汲み

塩をつくるために海水を汲むこと。 また, その人。

谷汲村

山:塔ノ倉、西台山、西ノ山、東ノ山、城ヶ峰、妙法岳 河川:根尾川、管瀬川、江川、飛鳥川 本巣市 揖斐郡 揖斐川町、大野町 1897年(明治30年)4月1日 名礼村・徳積村・大洞村・深坂村が合併し谷汲村が成立する。 1956年(昭和31年)9月1日 谷汲村、長瀬村が合併して改めて谷汲村が成立。 1960年(昭和35年)1月1日

汲冢書

国時代の魏の墓から発見されたといわれる文献の総称。 『晋書』束晳伝によると、太康2年(281年、ただし武帝紀によると279年、杜預の『春秋経伝集解』後序では280年)に、汲郡(現在の河南省北部)の不準という人が、戦国時代の魏の安釐王(または襄王ともいう)の陵墓を盗掘したところ、そこから竹簡75篇が発

汐汲坂

横浜区汐汲坂の町名が付いた。1889年に横浜市に所属したのち、1899年(明治32年)に山手町に編入され、町名としては消滅した。 ^ 『横浜の坂』裏見返し ^ a b “汐汲坂”. 坂学会 (2011年3月25日). 2017年6月18日閲覧。 ^ “ストリートマップ 汐汲坂方面”. 商店街振興組合

菅井汲

こと行為自体に個性があると考えた。リトグラフやシルクスクリーンの作品も多く残した。 ピッツバーグのカーネギー国際絵画・彫刻展 サロン、デ・レアリテ・ヌーヴェル サロン・ド・メ パリ青年ビエンナーレ展 サンパウロ・ビエンナーレ展(1965年最優秀外国作家賞) カッセルのドクメンタ展 リュブリアナ国際版画ビエンナーレ展(1959年受賞)

汲み込む

水などを汲んで器の中に入れる。 汲み入れる。 ‖可能‖ くみこめる

汲古書院

刻本正史』全30巻の刊行が始まる。 1972年(昭和47年)8月より、長沢規矩也解題「和刻本漢籍随筆集」の刊行が始まる。 1973年(昭和48年)11月より、長沢規矩也解題『足利学校秘籍叢刊』の刊行を開始。 1975年(昭和50年)12月より、長沢規矩也・西川寧編『和刻本書画集成』全12巻の刊行を開始。

湯汲哲也

この項目に含まれる文字「汲」は、オペレーティングシステムやブラウザなどの環境により表示が異なります。 湯汲 哲也(ゆくみ てつや、1980年4月8日 - )は、日本の作曲家。音楽プロデューサー。ベーシスト。 京都府出身。 エイベックス・マネジメント所属。日本作曲家協会会員。

汲みたて

汲みたて(くみたて)は、古典落語の演目の一つ。原話は、滝亭鯉丈が文政3年(1820年)に出版した「花暦八笑人」の「第三編・下」。 主な演者には、6代目三遊亭圓生や5代目三遊亭圓楽などがいる。 江戸落語では珍しく、夕涼みのシーンで「ハメモノ」(BGM)が入る。

川汲温泉

川汲温泉(かっくみおんせん)は、北海道函館市川汲町にある温泉。 明林荘 アルカリ性単純温泉 川汲温泉ホテル (川汲温泉旅館) 明礬泉 源泉温度45 - 53℃ 川汲川の渓流を挟んで川汲温泉ホテルと明林荘の二軒の温泉宿が存在する。 南茅部町史によると、寛保年間(18世紀初頭)には開湯していたとされる