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Словник

Деталі слова

癩

[かったい]
〔「かたい」の促音添加〕
(1)癩(ライ)病。
(2)こじき。
<i>~の瘡(カサ)うらみ</i>
〔癩(ライ)病患者が梅毒患者をうらやむ意〕
自分よりわずかでもよい境遇の者をうらやむこと。

癩

[らい]
⇒ ハンセン病

Пов'язані слова

白癩

〔「しらはだけ」とも〕 「白癜(シロナマズ)」に同じ。 「~と云て病付きて/今昔20」

白癩

(1)皮膚が白くなる癩病。 (2)〔「そむけば白癩になる」という意から〕 かたい誓い・決心の言葉として用いる語。 「いやぢや, ~否ぢや/桐一葉(逍遥)」「~返してくれられと歯の根もあはぬ胴ふるひ/浄瑠璃・平家女護島」 (3)不意の出来事に驚いて発する語。 「~これはと抜き合わせ戦ふ所に/浮世草子・武道伝来記 7」

癩者

ハンセン病の患者。

救癩

癩病患者を救うこと。 「~事業」

癩王のテラス

『癩王のテラス』(らいおうのテラス)は、三島由紀夫の最後の戯曲。全3幕から成る。三島文学の主題が色濃い最後の演目として重要な作品である。病魔に冒されたカンボジアの王・ジャヤーヴァルマン7世が、アンコール・トムを造営しバイヨン寺院を建設してゆく愛と夢の雄大なロマンを、月の王朝の衰亡を背景に描いた物語

癩予防法

癩予防法(らいよぼうほう、明治40年3月19日法律第11号)とは、癩病の予防を目的とし、患者やその家族、医療関係者、官庁等が行うべきことについて規定した、日本の法律であった。患者届出の義務化、消毒その他予防方法が記載された。 12条からなる法律構成であり、明治40年の制定時は法律名が無く、

無癩県運動

癩病患者を療養所に隔離・強制収容させて、放浪患者や在宅患者を県内から一掃しようという目的で行われた日本の社会運動である。医師の光田健輔や各都道府県が主導した。官民一体となって患者を摘発し強制的に療養所へ送り込んだ他、一般市民によるハンセン病患者

グイン・サーガ

第1巻「豹頭の仮面」に登場する、全身を極めて伝染性の高い業病に冒されたヴァーノン伯爵は、当初、その業病を「癩病」、人物の通称を「癩伯爵」と記されていた。だが、その病の描写が、本来の「癩病(ハンセン病)」のものとは著しく異なり、人々の間にいまだ流布している病に対する誤解とそれに基

中島 (大阪市)

1889年(明治22年)4月1日 町村制施行により、西成郡川北村大字中島新田・布屋新田となる。 1908年(明治41年) 公立癩療養所用地として、大字布屋新田の一部が買収され、療養所のみを範囲とする新大字・外島を起立。 1910年(明治43年) 「新田」の称を廃し、大字中島・布屋に改称。

ジャン・アレキシス・シャンボン

で倒れ、横浜一般病院(ゼネラルホスピタル)に入院し、3ヵ月間の入院で回復したかに見えたが、8月に再び脳溢血で倒れ、同年9月8日に同院にて死去した。 救癩五十年苦鬪史 神山復生病院 藤楓協会、1959年 ^ 東京着任時、「日本人司祭が20人になったら喜んで司教座を譲る」と言い放ち、東京大神学校を建て、

アオスタ

グザヴィエ・ド・メーストル - サルデーニャ王国出身の軍人、作家。遠征でアオスタに滞在していたとき、古城に隔離されて暮らす癩病(ハンセン病)患者と交流した経験を、のちに「アオスタ市の癩病者」として著した。 カオラック、セネガル ナルボンヌ、フランス サン・ジョルジョ・モルジェート、イタリア シナヤ、ルーマニア

杉山光信

)は、日本の社会学者、東京大学社会情報研究所名誉教授、元明治大学教授。 東京都生まれ。父は日本社会党創設者の一人である賀川豊彦の側近杉山健一郎(日本救癩協会常任理事)。1967年東京大学文学部社会学科卒、1971年同大学院社会科学研究科博士課程中退、東京大学新聞研究所助手、1974年埼玉大学教養学部

岩下壮一

岩下壮一の生涯と救癩思想』(吉田書店 2015年) ISBN 978-4-905497-30-1 神山復生病院 ハンナ・リデル 岩下壮一とハンナ・リデルの交流、岩下壮一のハンナ・リデル観が記載されている。 彼についての学位論文 著者 輪倉一広  題 救癩史の深層 : 岩下壮一の救癩思想研究 名古屋大学 平成19年3月23日

ディンドラン

、その他自分の運命などの情報を提供する。 聖杯を求める船旅が終わると、癩病に感染している夫人のいる城に到着する。城の人間は、病の治療のためと称し、処女の生き血を要求するが、騎士達はこれを拒絶する。しかし、心優しいディンドランは癩病の治療のため、自分の血を提供することを決意し、出血多量で命を落としてし

若林真

『夢の貨幣』(マルグリット・ユルスナール、白水社、ユルスナール・セレクション) 2001.10 『さようなら、友よ』(パトリック・ベッソン、読売新聞社) 1982.4 『癩者への接吻 ほか』(モーリヤック、春秋社、モーリヤック著作集1) 1982 『歓待の掟』(ピエール・クロソウスキー、永井旦共訳、河出書房新社) 1987

1969年の文学

『霊長類南へ』(講談社) 戸川昌子 『蒼い蛇』(徳間書店) 三島由紀夫 『春の雪』〈豊饒の海・第一巻〉(新潮社)、『奔馬』〈豊饒の海・第二巻〉(新潮社)、『黒蜥蜴』(牧羊社)、『癩王のテラス』(中央公論社)、『椿説弓張月』(中央公論社) 川端康成 『美しい日本の私―その序説』(講談社)、『美の存在と発見』(毎日新聞社)

内田静生

癩文学集』山雅房、1939年10月、83-98頁。 NCID BA35306361。全国書誌番号:46072651。  全生文芸協会編 編「病葉たちの饗宴・微笑の詩」『癩者の魂』白鳳書院、1950年2月、163-166頁。 NCID BN15776364。全国書誌番号:49004944。  盾木氾編著 編「秋の彼岸・列外放馬・徒労」『初期文芸名作選

辻野久憲

ジアツク・リヴイエール著 『ランボオ』 山本書店、1936年 モオリアック著 『イエス伝』 野田書房、1937年 のち角川文庫 モーリアック著 『癩者への接吻・母』角川文庫、1953年 『日本近代文学大事典』 『伊藤整年譜』(全集24巻) 堀辰雄 - 辻野の死後、「辻野久憲君」という文を『四季』に寄せている