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筑前

[ちくぜん]
旧国名の一。 福岡県の北部・西部に相当。

Пов'язані слова

筑前国

筑前国(ちくぜんのくに)は、かつて日本の地方行政区分だった令制国の一つ。西海道に属し、福岡県の大部分に属する。 明治維新直前の領域は、現在の福岡県内の下記の区域に相当する。 北九州市若松区・戸畑区・八幡西区 八幡東区の一部(八王寺町・高見・大蔵・羽衣町・勝山・大字大蔵・河内より北西) 遠賀郡水巻町・芦屋町・遠賀町・岡垣町

筑前町

筑前町(ちくぜんまち)は、福岡県中南部に位置する町。朝倉郡に属する。 福岡県の中南部、福岡市の南東約25km、久留米市の北東約20kmの場所に位置する。町域西部~西南部~南部にかけては筑後平野の北端部にあたり比較的平坦な地形であり、この平地に主要集落が発達している。一方、東部~北東部~北部にかけては山地となっている。朝倉都市圏に属する。

筑前前原駅

筑前前原駅(ちくぜんまえばるえき)は、福岡県糸島市前原中央一丁目にある、九州旅客鉄道(JR九州)筑肥線の駅である。駅番号はJK08。糸島市の中心駅。 当駅より東側(姪浜方面)は複線で、西側(唐津方面)は単線となっている。筑肥線と相互直通運転を実施している。 快速の停車駅で、平日は当駅

筑前琵琶

筑前琵琶(ちくぜんびわ)は、福岡県(旧筑前国)でつくられてきた琵琶および、それを使って演じられる、盲僧琵琶の系譜を引く語りもの音楽の一ジャンル。 日本中世に生まれた盲僧琵琶は、九州地方の薩摩国(鹿児島県)や筑前国(福岡県)を中心に伝えられたが、室町時代に薩摩盲僧から薩摩琵琶という武士の教養のための音楽がつくられ、しだいに語りも

筑前方言

伝聞(人から聞いたこと)を表すのに、「げな」が使われる。 敬語 尊敬の助動詞として、未然形に付く「しゃる・らっしゃる」があり筑後と共通する。また、連用形に付く「んしゃる」があり、親しみを表す表現で、これは豊前や筑後では聞かれない。また、敬意の高い「なさる」や敬意の低い「なる」があり、宗像郡(平成の大合併前の範囲)には「んさる

筑前深江駅

筑前深江駅(ちくぜんふかええき)は、福岡県糸島市二丈深江七丁目にある、九州旅客鉄道(JR九州)筑肥線の駅である。駅番号はJK12。旧・二丈町の代表駅。 1924年(大正13年)4月1日:北九州鉄道の駅として開設。 1937年(昭和12年)10月1日:鉄道省に買収され国有化、筑肥線の駅となる。

筑前岩屋駅

筑前岩屋駅(ちくぜんいわやえき)は、福岡県朝倉郡東峰村大字宝珠山にある、JR九州バスが運行を行っている日田彦山線BRT(BRTひこぼしライン)のバス停留所である。 九州旅客鉄道(JR九州)日田彦山線の鉄道駅でもあるが、2017年(平成29年)に発生した九州北部豪雨の影響により、鉄道駅は休止中の扱いである。

筑前国分寺

本項では現寺院とともに、創建当時の史跡である筑前国分寺跡(国の史跡)・筑前国分尼寺跡(指定なし)・国分瓦窯跡(国の史跡)についても解説する。 大宰府政庁跡から北西方の台地上に位置し、現在の国分寺は創建時の僧寺跡と重複する。その西方には尼寺跡が、東方には両寺の瓦を焼いた瓦窯跡(かわらがまあと)が残っている。

筑前垣生駅

置かれている。のりばは駅舎側が1番線、反対側が2番線となっている。ホームの鞍手方の端から跨線橋がのび、駅舎につながっている。 駅舎は中間市所有で、あずま屋風の木造である。駅前には赤い丸ポストが設置されている。また、駅舎とホームとの間に西鉄戸畑線で使われた敷石が置かれている。駅前には狭いながらもロータ

筑前植木駅

筑前植木駅(ちくぜんうえきえき)は、福岡県直方市大字植木にある、九州旅客鉄道(JR九州)筑豊本線(福北ゆたか線)の駅である。駅番号はJC21。 1893年(明治26年)12月20日:植木駅(うえきえき)として筑豊興業鉄道が開設。 1897年(明治30年)10月1日:筑豊鉄道と九州鉄道(初代)が合併し

筑前高宮駅

- 姪浜駅間の廃止により廃駅となった。 当初駅名の新柳町は、博多商人の渡辺与八郎が、九州大学を箱崎に誘致するため、石堂川河口付近の舊柳町にあった遊廓等を移転した新柳町の地名にちなんでいる。 1925年(大正14年)6月15日:北九州鉄道の新柳町駅として開業。

筑前山手駅

2009年(平成21年)3月1日:ICカードSUGOCAの利用開始。 単式ホーム1面1線を有する高架駅。篠栗線電化後は、同線で列車交換設備が無い唯一の駅となっている。山間部の高架線の途中に位置するため、線路が地上よりかなり高い位置にあり、地上からは塔のような階段設備80段を上り下りする必要がある。エレベーター、エスカレーターの設置は無い。

筑

『戦国策』斉策1・蘇秦為趙合従説斉宣王「臨淄甚富而実、其民無不吹竽・鼓瑟・撃筑・弾琴・闘鶏・走犬・六博・蹴鞠者。」 ^ 『史記』刺客列伝・荊軻 ^ 『史記』高祖本紀「酒酣、高祖撃筑、自為歌詩曰:大風起兮雲飛揚、威加海内兮帰故郷。安得猛士兮守四方。」 ^ 王子初『中国音楽考古学』福建教育出版社、2003年、335-34

大野城 (筑前国)

を中心に馬蹄形状の尾根から谷を廻る土塁と石塁の外周城壁は、約6.8キロメートルである。そして、南側と北側の土塁が二重となり(城壁総長は8.4km)防備を固める。城域は東西約1.5キロメートル×南北約3キロメートルの、日本一の大規模な古代山城である。城門は太宰府口城門など9か所

筑前りょう太

筑前 りょう太(ちくぜん りょうた、1973年2月24日 - )は、日本のプロレスラー。本名:椎葉 亮司(しいば りょうじ)。 小学校3年生の時にタイガーマスク(初代)に憧れてプロレスラーになることを志す。 九州産業大学在学中にプロレス研究会(現在はプロレス研究部に昇格)で学生プロレスを始める。

筑前参宮鉄道

1921年ハフ2とともに鉄道院より払下げを受けた木製2軸車。定員40人。原車は明治22年神戸工場製のロ524 - 527。国有化の際に運輸省に貸渡しされた。1949年頃返却され宮地岳線に所属することになったがハフ3.4.6は国鉄ヨ1形貨車に振替られていたという ホハフ1 - 3 - 1920年鉄道

筑前竹槍一揆

一揆参加者の非処罰者数は約6万4千人にのぼり、斬罪3人、絞罪1人、懲役以上の受刑者は92人、他は杖・鞭で打つ刑や罰金などが課せられた。嘉麻郡筒野村の医師・淵上琢章は発端となった「猪膝打ちこわし」を扇動したとして絞罪、宗像郡本木村の組頭・井上勝次は、大蔵省官員3名殺害の首謀者として斬罪

筑前国続風土記

『筑前国続風土記』(ちくぜんのくにぞくふどき)は、福岡藩が編纂した地誌。 『筑前国続風土記』は、福岡藩が元禄元年(1688年)に、福岡藩の儒学者・貝原益軒を著者とし、甥の貝原好古、高弟の竹田定直らが編纂した筑前国の地誌である。元禄16年(1703年)に編纂が完了し福岡藩4代藩主・黒田綱政に上程され

筑紫

九州の古称。 筑前・筑後二国, 豊国(トヨノクニ)・肥国(ヒノクニ)を含めた九州の北半分, また九州全体をさす場合などがある。