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Từ điển

Chi tiết từ

万尋

[ばんじん]
〔一尋(ヒトヒロ)の一万倍の意〕
非常に高いこと。 また, 非常に深いこと。
「~の峰」「~の谷」

Từ liên quan

尋

〔「尋」は両手を広げた長さ〕 長さの単位。 古く中国では六尺五寸, 日本では六尺または五尺をあらわした。 〔日本では「尋」の字を「ひろ」に当てて用いた〕

尋

〔広(ヒロ)の意〕 両手を左右に広げたときの, 一方の指先から他方の指先までの距離。 長さの単位として用い, 縄・釣り糸・水深をはかるのに用いる。 江戸時代には一尋は五尺(約1.5メートル)または六尺(約1.8メートル)であったが, 明治以降は六尺とする。

審尋

(1)詳しく訊問すること。 審問。 (2)裁判所が訴訟当事者や訴訟関係人に, 陳述の機会を与えること。

尋問

(1)質問を発して, 強制的に返答させること。 「捕虜を~する」 (2)〔法〕 裁判所・当事者が, 証人・鑑定人などに対して問いただすこと。

千尋

〔「尋」は, 両手を左右に広げた長さ。 中世には「ちいろ」〕 非常な深さ・長さにいう語。 「~の海底」

尋所

「尋承(ジンジヨウ)」に同じ。 「是(=私)も八嶋へ参るが, いまだ案内を知らぬに, ~せよ/平家 11」

尋常

※一※ (名・形動) 〔「尋」は八尺, 「常」はその二倍の意で, わずかな長さ・広さを表す〕 (1)特に変わった点のない・こと(さま)。 あたりまえ。 並み。 普通。 「~の手段ではうまくいくまい」 (2)特に悪い点がなく, 普通な・こと(さま)。 「~な顔立ち」 (3)振る舞いなどが見事なこと。 見苦しくないこと。 また, そのさま。 殊勝。 「いざ~に勝負しろ」「~に白状しろ」 (4)人柄が素直で品のよい・こと(さま)。 「まことに~なる女房, 装束もやさしき体なる/沙石 7」 (5)かなり立派なこと。 かなりな程度のこと。 また, そのさま。 「よき馬に~の鞍置きて/今昔29」 ※二※ (名) 「尋常小学校」の略。 「~三年」

千尋

〔「尋」「仞」ともに長さの単位〕 山などがきわめて高いこと。 谷や海などがきわめて深いこと。 ちひろ。 「~の谷」

尋む

跡を求めて行く。 尋ねる。 「夜ぐたちに寝覚めて居れば川瀬~・め/万葉 4146」

尋禅

尋禅(じんぜん、天慶6年(943年) - 永祚2年2月17日(990年3月16日))は、平安時代中期の天台宗の僧。藤原師輔の十男。母は醍醐天皇皇女雅子内親王。 天徳2年(958年)8月に延暦寺の僧で父・師輔と深い繋がりがあり、後に比叡山を再興した中興の祖とされる良源の弟子となる。それはのちのちには良源の後継者となる予定のものであった。

覚尋

覚尋(かくじん、長和元年(1012年) - 永保元年10月1日(1081年11月4日))は、平安時代中期の延暦寺の僧。父は左馬頭藤原忠経(権大納言藤原道頼の子)。 第32代天台座主の明快の入室弟子としてその門下に学ぶ。承保2年(1075年)から始まった法勝寺の造営に当たってはその導師を務め、承暦元年

王尋

ちに宛へ向かうべきであると進言した。しかし王邑・王尋は聞き入れず、昆陽を包囲した。王邑・王尋は、昆陽城を守備していた漢軍の王鳳らの降伏を赦さず、荘尤の諫言を無視して包囲を強めた。そのため、窮鼠の王鳳らは必死で抵抗する。 昆陽攻略にてこずっている間に、宛は劉縯により陥落した。さらに6月、昆陽城内から脱

成尋

年(1041年)大雲寺別当に就任。延暦寺総持院阿闍梨となり、藤原頼通の護持僧となった。1072年(延久4年)北宋へ渡り、天台山や五台山など智者大師の聖跡・諸寺を巡礼。神宗に謁見し、祈雨法を修して善慧大師の号を賜った。また、円仁や奝然の旅行記と恵心僧都源信の『往生要集』を宋にもたらし、一方で経典など6

尋尊

永享10年(1438年)室町幕府から罪を得て去った経覚のあとを受けて大乗院に入り、以後70年間在院した。同12年(1440年)に得度。維摩会研学竪義(ゆいまえけんがくりゅうぎ)を遂げ、少僧都・大僧都を経て僧正に任じられ、康正2年(1456年)興福寺別当に就任した。のち法務に任じられ、奈良長谷

忠尋

比叡山の長豪・覚尋・良祐に天台教学を学ぶ。初め洛北の曼殊院に住したが、その後比叡山北谷東陽院に移った。1115年(永久3年)里坊として東山大谷に十楽院を開創し、1118年(元永元年)に権律師、1130年(大治5年)に天台座主、1137年(保延3年)に大僧正に任じられた。恵心流

尋伺

尋伺(じんし, Vitakka-vicāra)とは、尋(じん)と伺(し)を指す仏教用語。尋(サンスクリット: vitarka, パーリ語: vitakka)とは、尋求と思考、実践思考、(先行する)注視 。伺(パーリ語: vicāra)とは、伺求と熟考、「尋の対象となったものを究明すること」である。尋伺は四禅の第一段階の初禅にて発生する。

万万

※一※ (副) (1)十分に。 このうえなく。 「~承知のうえだ」 (2)(下に打ち消しの語を伴って)(ア)少しも。 決して。 「~疑を容(イ)れず/福翁百話(諭吉)」(イ)万一にも。 よもや。 「那様(ソンナ)事は~有るまいけれど/金色夜叉(紅葉)」 ※二※ (形動) たいへんまさっているさま。 「君の友情は恋情の深きに勝(マサ)る~なるを知れり/花柳春話(純一郎)」

万万

※一※ (名) (1)数の名。 一万の一万倍。 多数。 無数。 (2)非常に多くの事。 すべての事。 「~千世めが思いになされませ/浄瑠璃・宵庚申(下)」 ※二※ (副) 「ばんばん(万万)」に同じ。 「尚(マダ)年がゆかぬから其様なことは~あるまいとは思ふけれど/谷間の姫百合(謙澄)」

万万一

もし。 まんいち。 まんまんいち。