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Từ điển

Chi tiết từ

吐谷渾

- 407年?)…視連の次男 樹洛干(407年? - 417年?)…視羆の長男 阿豺(417年? - 426年)…視羆の次男 慕璝(426年 - 436年)…烏紇提の長男 慕利延(436年 - 452年)…烏紇提の次男 拾寅(452年 - 481年)…樹洛干の子 度易侯(481年 - 490年)…拾寅の子

Từ liên quan

慕容吐谷渾

というのに、どうして遠くに離れなかったのか。それ故に馬が争うことになったではないか!」と叱責した。これに慕容吐谷渾もまた怒って「馬とは所詮家畜であり、草を食んで水を飲み、春になれば争うのが習性である。どうして馬の争いで人が怒ろうか!もし遠く別れたいというのであればそれは容易な事である。このまま留まっ

渾渾

(1)「こんこん(滾滾)」に同じ。 「葡萄の美酒は~として傍(ワキ)を流れて/うづまき(敏)」 (2)入り乱れるさま。 「~沌沌(トントン)」

渾沌

(1)天地創造の神話で, 天と地がまだ分かれず, まじり合っている状態。 カオス。 「~たる宇宙/社会百面相(魯庵)」 (2)入りまじって区別がつかず, はっきりしないさま。 「勝敗の行方は~としている」「敗戦直後はすべてが~の中にあった」

雄渾

(書画・詩文などが)力強く, 勢いがあって雄大な・こと(さま)。 「~な筆致」「高逸~なる頌歌を吟ぜり/希臘思潮を論ず(敏)」

渾名

あだな。 愛称。

渾身

からだ全体。 満身。 「~の力をふりしぼって戦う」「~の血は湧き立てり/即興詩人(鴎外)」

渾名

〔「あだ」は他・別の意〕 (1)本名のほかに, その人の容姿・性行などの特徴をとらえてつけた別の名前。 愛称や蔑称としてつけた名。 ニックネーム。 「~をつける」 (2)別の名で呼ばれること。 「南海の竜と~される男」

渾然

〔「混然」とも書く〕 いくつかのものがとけ合って区別できないさま。 「~と融和する」「~として一如となる/平凡(四迷)」

許渾

今日、『丁卯集』2巻が残っている。 許渾の作品に、『秋思』(七言絶句)がある。 「山雨来たらんと欲して風楼に満つ」 許渾の「咸陽城東楼詩」の「渓雲初起日沈閣、山雨欲来風満楼」から。山雨が降り出そうとする前にまず風が高楼に吹きつけてくる。転じて、今にも大事件が起こりそうな、穏やかでない雰囲気が立ちこめている状態のたとえ。

鄭渾

たので、長江を渡って華歆の元へ身を寄せた。その後曹操から招聘され、下蔡県令・邵陵県令などの地方の官職を歴任した。 邵陵県令であった時、邵陵県の民衆は剽軽な様子で殖産を放置していた。鄭渾は彼らの漁猟道具を没収し、強制的に農耕や養蚕、稲田の開墾に従事させた。さらに、堕胎禁止の法をより厳しくした。民衆は始

王渾

安東将軍・都督揚州諸軍事・持節となると、揚州刺史の応綽と都督淮南諸軍事を派遣して、呉の長年の重要拠点であった皖城と諸屯営を攻め破り、多数の穀物・稲苗・舟船を焼いた。王渾は東の境界に兵を並べ、その地形・敵城を観察し、来たる呉の攻撃に備えた。 咸寧5年(279年)からの征呉の役では、揚州刺史の周浚と司馬の

渾河

遼寧省と吉林省の境界に源を発してのち両省の境界を流れ、薩爾滸を経て南西に遼寧省を縦貫して渤海の遼東湾に注ぎ込む。 途中の主要都市は、撫順市、瀋陽市。かつては遼河に合流していたが、工事により遼河・渾河・太子河の三川は独立して渤海へそそぐ。 渾江 (これは鴨緑江水系)

乙渾

渾(おつ こん、生年不詳 - 466年)は、北魏の権臣。 乙渾は『魏書』および『北史』に列伝が立てられておらず、その出自および前半生は知られていない。姚薇元は乙渾を乙弗氏の出身とし、乙弗氏を吐谷渾北部の支族で青海湖沿岸に居住していた「乙弗敵」「乙弗鮮卑」の後裔とみなしている。文成帝のとき、乙渾

劉渾

劉 渾(りゅう こん、元嘉16年(439年) - 孝建2年8月1日(455年8月29日))は、南朝宋の皇族。武昌王。文帝劉義隆の十男。字は休淵。 文帝と江修儀のあいだの子として生まれた。元嘉24年(447年)11月、汝陰王に封じられた。後軍将軍の号を受け、散騎常侍の位を加えられた。元嘉29年(45

吐血

が、喀血の場合は吐いた血には酸味臭が無かったり、胸部が痛むなどの違いが見られ、対処法も異なる。詳しくは喀血の項を参照。 特に飲酒や傷んだ物を食べた場合による嘔吐によるものではなく、日常的な生活で突然に吐き気に襲われて吐血した場合は、重度の消化器疾患や損傷が

吏吐

ハングルがつくられる以前に朝鮮で行われた, 漢字の音訓による朝鮮語の表記法の総称。 狭義には, 朝鮮語の構文に合わせて書き下ろした, 漢文の漢字語に添える朝鮮語の部分の表記をいう。 新羅の神文王の時に薛総(セツソウ)の創案したものといわれ, 公文書をはじめ金石文・歌謡の記述などにも用いられた。 りとう。

吐出

吐き出すこと。

吐剤

⇒ 催吐薬

吐く

〔「突く」と同源〕 (1)口などから体内の物を吐き出したり吹き出したりする。 もどす。 「反吐(ヘド)を~・く」「あわて騒いで黄水(オウズイ)~・く者多かりけり/平家 6」 (2)息を吐き出す。 「ため息を~・く」 (3)呼吸する。 「息が~・けない」「やっと一息~・いたところだ」 (4)「言う」を卑しめていう。 言い放つ。 「うそを~・く」「親に悪態を~・く」 ‖可能‖ つける