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Từ điển

Chi tiết từ

本阿弥切

本や巻物であった和歌集、漢詩集などの写本を、後世鑑賞用に切断して掛軸などに仕立てたものを指す。 原装は巻子本で、本来『古今和歌集』の巻一~巻二十と「序」を備えていたものと思われるが、現存する巻は巻十、十一、十二、十三、十四、十六、十七、十八のみである。 料紙は、古渡りの唐紙で、白、縹(はなだ:薄い

Từ liên quan

阿弥

阿弥(あみ) 阿弥 (法号)-時宗の僧の号 時宗の僧の号。 大阪府堺市美原区にある地名。 阿弥陀仏を指す略語。 茨城県稲敷郡にある神社。→阿弥神社 室町時代の絵師の一派で、能阿弥、芸阿弥、相阿弥を含む関連絵師を指す。→阿弥派 日本の姓のひとつで約100軒ほど存在する。常陸国信夫郡の阿彌郷を発祥とさ

本阿弥書店

本阿弥書店(ほんあみしょてん)は、短詩型文学(俳句、短歌)を中心とした日本の出版社。 1984年に本阿弥秀雄によって創業。定期刊行物に『俳壇』および『歌壇』(いずれも月刊)がある。新人賞として「俳壇賞」(第1回が1987年)、「歌壇賞」(第1回は1990年)を主催し、「現代短歌新人賞」(第1回は20

本阿弥光悦

赤楽筒茶碗 銘「雪片」(個人蔵)光悦七種 赤楽茶碗 銘「毘沙門堂」(個人蔵)光悦七種 赤楽茶碗 銘「熟柿」(サントリー美術館) 赤楽茶碗 銘「障子」(長野・サンリツ服部美術館)光悦七種 黒楽茶碗 銘「七里」(東京・五島美術館)光悦七種 赤楽筒茶碗 銘「有明」(京都・古田織部美術館)光悦七種 飴釉茶碗 銘「紙屋」(個人蔵)光悦七種

本阿弥周子

チェックメイト78 第15話「警部と死のテニスボール」(1979年、ABC) 暴れん坊将軍シリーズ(ANB / 東映) 吉宗評判記 暴れん坊将軍 第63話「一六勝負に散った花」(1979年) - おしま 第205話「春ふたたび! 夫婦簪」(1982年) - おふみ 暴れん坊将軍II 第155話「永代橋に消えた恋

本阿弥光甫

陶芸では楽焼のほか信楽焼を得意とし、「空中信楽」と称された。作品として、黒筒茶碗 銘「寒月」、信楽不二絵茶碗(東京国立博物館蔵)、信楽桐紋水指、信楽芋頭水指(湯木美術館蔵)などがあり、作品には「空中」の彫銘がある。書画作品には、藤・牡丹・楓図 三幅対(東京国立博物館蔵)、藤・蓮・楓図 三幅対(藤田美術館蔵)がある。

阿弥陀

〔梵 Amitāyus(無量寿と漢訳)・Amitābha(無量光と漢訳)の音訳〕 (1)〔仏〕 大乗仏教の浄土教の中心をなす仏。 法蔵比丘(ビク)として修行中に衆生(シユジヨウ)救済の願をたて, 現在は成仏し西方の極楽浄土で教化しているとされる。 自力で成仏できない人も, 念仏を唱えればその救済力によって, 極楽に往生すると説く。 平安時代に信仰が高まり, 浄土宗・浄土真宗の本尊となる。 弥陀(ミダ)。 阿弥陀仏。 阿弥陀如来。 無量寿仏(ムリヨウジユブツ)。 無量光仏。 無碍光仏(ムゲコウブツ)。 清浄光仏。 尽十方無碍光如来(ジンジツポウムゲコウニヨライ)。 (2)「あみだくじ」の略。 (3)「あみだかぶり」の略。 (4)「あみだがさ」の略。 <i>~の光も金次第(カネシダイ)</i> 阿弥陀も寄進した金の多寡で利益(リヤク)を与える意で, すべての事は金次第で決まるということ。 阿弥陀も銭(ゼニ)で光る。 地獄の沙汰(サタ)も金次第。

世阿弥

藤若の名で登場。声優は吉成翔太郎。 アニメ ねこねこ日本史(クレスコモーションデザイン、NEFT FILM制作)- 声優は八代拓。 [脚注の使い方] ^ 世阿弥が金春太夫に返報した「きやよりの書状」に記載されている。 ^ 田原本町公式ホームページ「補厳禅寺納帳国」 ^ 識者5人が選んだ日本の顔10人家康・信長に支持、asahi

拾阿弥

のまつからもらった笄で、まつの実父の形見であるという)を盗む事に飽き足らず、度重なる侮辱を繰り返したと言われ、信長の面前で利家に斬殺された。世に「笄斬り」とよばれる。 これにより、利家は信長から出仕停止処分を受け浪人同然のような暮らしをせざるを得ない状況になったが、桶狭間の戦い、森部の戦いの功績により許された。

増阿弥

も流るるばかり」の名演を見せたという。また「冷えに冷えたり」という有名な評言で知られる「尺八の能」を演じたことからも推測されるように、尺八をよくしたらしく、『体源抄』や『ささめごと』には豊原量秋に師事して名手であった旨の記載がある。 『仮面譜』以来、女面の増の作者もしくはモデルとなった女性の夫に擬せられることがあるが、真偽不明。

相阿弥

わっていったと想定できる。永正8年(1511年)には150人ほどの中国画家列伝と座敷飾りの図入り解説、香合や茶碗などの唐物の説明から成り立つ『君台観左右帳記』、大永3年(1523年)には座敷飾りの方式をまとめた『御飾記』を著した。大永5年(1525年)10月27日死去。享年は70前後とされる。 絵画

弥阿駅

近年の一日平均利用人員推移は下記のとおり。 江北区庁 交通指導課 ソウル江北郵便局 宮殿会館 道峰税務署 弥阿洞住民センター 弥阿三星レミアンアパート 弥阿聖心病院 弥阿地溝帯 弥阿現代アパート 北ソウル夢の森 三陽市場 城北教育支援庁 ソウルサイバー大学校 ソウル愛話学校 誠庵国際貿易高等学校 誠庵女子中学校

能阿弥

能阿弥(のうあみ、応永4年(1397年) - 文明3年(1471年))は、室町時代の水墨画家、茶人、連歌師、鑑定家、表具師。姓は中尾、名は真能(さねよし)。法号は真能。号は鴎斎、春鴎斎子。子に芸阿弥、孫に相阿弥がいる。 元は越前朝倉氏の家臣だったが、足利義教、義政に同朋衆として仕えて能阿弥

善阿弥

季瓊真蘂は「少岳を築るを見る。善阿の築く所、その遠近峯礀、尤も奇絶たるなり。これに対するに飽かず。忽然として帰路を忘るなり。」と賞賛した。晩年の善阿弥が病床に伏した際には、義政は使者を遣わして見舞い、高貴な薬を届けたという。 子の小四郎らも庭師として仕え、慈照寺(銀閣寺)の庭園は彼の子の二郎、三郎

願阿弥

骸で埋まる惨状となった。寛正2年(1461年)1月22日、願阿弥は将軍足利義政に飢民救済を訴え、100貫文の奉加銭を得た。願阿弥は洛中都市民からも一紙半銭の勧進を募り、2月から六角堂の南に草葺の収容所を建て、飢民への粟粥施行を行った。また、弟子に命じて足腰の立たぬ者を竹輿で収容所まで運び、餓死者には

木阿弥

木阿弥(もくあみ) 足利義稙に仕えた同朋衆。畠山順光の父。 「元の木阿弥」という成句に登場する人名。由来には諸説ある。 筒井順昭の死後、替え玉に立てられたとされる盲人の名。筒井順昭参照。 [脚注の使い方] ^ “元の木阿弥”. ことわざを知る辞典. 2023年7月3日閲覧。

芸阿弥

般を取り仕切った。応仁の乱による混乱のためか史料・画跡などはあまり残っていないが、唯一確証のある作品として月翁周鏡・蘭坡景茝・横川景三が賛を寄せた「観瀑図」(根津美術館所蔵、重要文化財)がある。これは、建長寺の画僧祥啓が芸阿弥に3年間師事し、文明12年(1480年)に帰郷する際に餞別として与えたもの

音阿弥

を祝って人々が義教の元に参上していることから、この催しが義教の手で行われたものであり、音阿弥が将軍家の御用役者として認められていたことが分かる。諸侯は義教の意を迎えるためもあって音阿弥を厚遇し、将軍をもてなす席には音阿弥の能が欠かせぬほどであった。 我が世の春を

竹阿弥

 11. ^ 名古屋市の郷土史研究家・藤川清はこの『尾州志略』の伝承に従って、秀吉の実父は蓮華寺十二世珪秀であるとの説を唱えている。 ^ 滝沢解 遺草「国立国会図書館デジタルコレクション 平豊小説弁」『曲亭雑記. 第1 上』渥美正幹、1889年。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/992968/28

観阿弥

観阿弥陀仏。その略称が観阿弥で、早くから観世大夫、あるいは観阿弥、観阿として記録に登場する。観世家の祖。観阿弥最後の舞台となった静岡市葵区宮ヶ崎町の静岡浅間神社には、26世宗家観世清和による顕彰碑がある。 観阿弥の出自については、伝説的なものも含め数説あり、後述する。 観阿弥