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Từ điển

Chi tiết từ

杜軫

杜軫は譙周に師事して、経書に博識であり、州に召されたが就かず、郡の功曹となった。魏の侵攻により鄧艾が成都に迫ったとき、杜軫は蜀郡太守に「いま大軍が征服に来ています。必ず旧(蜀漢)を除いて、新(魏)による政治を敷くでしょう。明府は郡を出るべきです。これこそ全くの幸福の道です。」

Từ liên quan

軫

(1)牛車(ギツシヤ)の床縛(トコシバリ)の上にある横木。 (2)七弦琴の糸巻の部分。 (3)二十八宿の一。 南方の星宿。 軫宿。 みつかけぼし。

軫宿

隋の丹元子が作成した『歩天歌(中国語版)』には「四星似張翼相近、中央一個長沙子。左轄右轄附両星、軍門両黄近翼是。門下四個土司空、門東七烏青邱子。青邱之下名器府、器府之星三十二。」(翼宿の下には「軫」「長沙」「左轄」「右轄」「青邱」の他に「軍門」「土司空」「器府」という3つの星官もある)と書いて

軫念

(1)天子が心を痛め, 心配すること。 (2)天子の心。 宸念。

転軫

「転手(テンジユ)」に同じ。

胡軫

中に、かねてから仲が悪かった馮翊郡の功曹の游殷(游楚の父)を、冤罪で処刑した。しかしその後一ヶ月余りして、胡軫は病気に罹り「私が悪うございました」と譫言を口走りながら死亡してしまった。胡軫の死を聞いて、人々は游殷を褒め称えたという。 小説『三国志演義』では、董卓討伐軍が挙兵したとき、胡軫は華雄の副将

張軫

張 軫(ちょう しん)は中華民国・中華人民共和国の軍人。鎮嵩軍、国民軍などを経て、国民革命軍に属した。日中戦争で活躍後、国共内戦では中国共産党側に転じた。字は翼三。 1909年(宣統元年)、開封陸軍小学第4期生として入学し、在学中に辛亥革命に革命派として参加、李烈鈞配下となった。中華民国成立後に復学

先軫

先 軫(せん しん、生没年不詳)は、中国春秋時代の晋の武将・政治家。狐偃に見出されて文公に仕えた。 驪姫の乱によって晋国内が乱れたとき、献公によって太子申生は賜死に追い込まれ、次男重耳は狄に亡命し、三男夷吾は梁に亡命した。先軫は狄の狐氏によって匿われている重耳の元に訪れて仕官した。その際、その優れ

徽軫賞

徽軫賞(ことじしょう)は、金沢競馬場ダート1400mで施行される地方競馬の重賞競走である。正式名称は「北國新聞社杯 徽軫賞」。 レース名の「徽軫」は、日本三名園の一つとして知られる金沢の大名庭園・兼六園にある「徽軫灯籠」から。 2019年にサラブレッド系3歳以上牝馬による重賞競走として新設された。創設時の距離は1500m。

杜

(1)樹木が多くこんもりと生(オ)い茂っている所。 「~の都」「~に入って木を見ず」 (2)特に, 神社をかこむ木立。 《杜》「鎮守の~」 → 林

耶律斜軫

8月、帰還すると、功績により守太保の位を加えられた。統和6年(988年)、聖宗の南征に従軍し、涿州を陥落させると、宋軍を追撃して撃破した。後に魏王に封じられた。統和17年(999年)9月、睿智太后の南征に従軍し、軍中で死去した。 庶子の耶律狗児は、小将軍に上った。 『遼史』巻83 列伝第13

耶律鐸軫

統和年間に出仕した。性格は単純で、些末なことにこだわらなかったので、当時の人は最初かれを短慮な人物とみなした。鐸軫は北宋に対する侵攻に従軍すると、緋色の絹を介冑の上から着てわざと目立ち、騎馬で敵陣に突入して、多くの宋兵をほふった。皇太后がこれを見て喜び、厚く賞与した。これ以後、鐸軫はもっぱら軍事を任されるよ

杜篤

監された。44年(建武20年)、大司馬の呉漢が死去すると、光武帝は儒者たちに誄(弔詞)を作るよう命じた。杜篤は獄中で誄を作り、光武帝の賞賛を受けて、絹布を賜り刑を免除された。 杜篤は洛陽の修築に反対し、前漢の都であった長安に都を置くよう主張する「論都賦」を作って上奏した。

杜佑

(735-812) 中国, 唐中期の学者・政治家。 古代から玄宗の天宝時代までの諸制度を分類して記した「通典(ツテン)」二〇〇巻を著す。

杜仲

トチュウ科の落葉高木。 中国南西部に自生。 樹液は少量のグッタペルカを含む。 樹皮を干したものを強壮・鎮静・鎮痛薬として用いる。 「~茶」

杜鵑

※一※ (名) (1)ホトトギス目ホトトギス科の鳥。 全長約30センチメートル。 尾羽が長い。 背面は灰褐色。 腹面は白色で黒い横斑がある。 ウグイスなどの巣にチョコレート色の卵を産み, 抱卵と子育てを仮親に託す。 鳴き声は鋭く, 「テッペンカケタカ」などと聞こえる。 夏鳥として渡来し, 山林で繁殖して東南アジアに渡る。 古来, 文学や伝説に多く登場し, 卯月(ウヅキ)鳥・早苗(サナエ)鳥・あやめ鳥・橘鳥・時つ鳥・いもせ鳥・たま迎え鳥・しでの田長(タオサ)などの異名がある。 ﹝季﹞夏。 《~平安城を筋違に/蕪村》 (2)(「時鳥草」「杜鵑草」「油点草」の文字を当てる)ユリ科の多年草。 丘陵や低山の湿った場所に生える。 高さ約60センチメートル。 葉は互生し, 狭長楕円形で基部は茎を抱く。 秋, 葉腋に白色で紫斑がある花を一~三個ずつつける。 花被片は六個。 和名は花の斑を{(1)}の胸の斑に見立てたもの。 ほととぎすそう。 ﹝季﹞秋。 ※二※ (枕詞) {※一※(1)}が飛ぶ意から類音の地名「飛幡(トバタ)」にかかる。 「~飛幡の浦にしく波のしくしく君を/万葉 3165」

杜氏

酒を作る職人。 また, その長。 とじ。 さかとうじ。

杜宇

ホトトギスの異名。

房杜

(1)房玄齢と杜如晦(トジヨカイ)。 ともに唐の太宗の貞観(ジヨウガン)の治を担った名宰相。 (2)名宰相のこと。

杜若

※一※ (名) 〔古くは「かきつはた」〕 (1)アヤメ科の多年草。 湿地に生える。 ハナショウブに似るが葉は幅が広く, 中脈は発達しない。 高さ約70センチメートル。 初夏, 茎頂の苞の間に三個内外の濃青色・白色・斑入りなどの花を開く。 かいつばた。 かおよばな。 ﹝季﹞夏。 《~似たりや似たり水の影/芭蕉》 (2)襲(カサネ)の色目の名。 表は二藍(フタアイ), 裏は萌黄(モエギ)。 または, 表は薄萌黄, 裏は薄紅梅。 陰暦四月に用いる。 (3)家紋の一。 {(1)}の花と葉を図案化したもの。 主に, 公家の紋。 ※二※ (枕詞) 「丹(ニ)つらふ」「佐紀」(地名)などにかかる。 「~につらふ妹はいかにかあるらむ/万葉 1986」「~佐紀沢に生ふる菅の根の/万葉 3052」