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Từ điển

Chi tiết từ

樺太東線

樺太東線(からふととうせん)とは、樺太大泊郡大泊町の大泊港駅から敷香郡敷香町の古屯駅(414.4km) までと、樺太豊栄郡落合町の落合駅から樺太豊栄郡栄浜村の栄浜駅(10.3km) の支線と、樺太豊栄郡栄浜村栄浜駅から栄浜海岸駅(1.8km) の貨物線から成る 樺太庁

Từ liên quan

樺太

樺太では樺太庁はアイヌ(樺太アイヌは当初は樺太土人とされていたが、1932年1月に戸籍法上は内地人となった)を除く樺太先住民(ウィルタ、ニヴフなど)はオタスの杜に集住し戸籍法上は樺太土人と扱って内地人と区別されていたが、日本国籍を付与していた。樺太の先住民は南樺太

樺太庁

樺太 樺太 国歌: 君が代 (樺太島歌) 濃緑: 1942年時点の南樺太 樺太庁(からふとちょう、旧字体: 樺太廳、ロシア語: Префектура Карафуто)は、日本の領有下において樺太を管轄した地方行政官庁・行政区画(都道府県)である。この場合、樺太とは樺太

樺太犬

純血種の特徴は、 大きさ:中型〜大型犬 体長:64〜76cm 体高:54〜67cm 体重:22〜45kg 性格:従順で融和性をもつ。忍耐強くて勇敢。忠実。優れた方位感覚や帰家性をもつ。 毛質:密毛におおわれ、体毛の長短によって長毛種と短毛種がある。北海道に渡った樺太犬は長毛種が多い。 毛色:黒、白黒ブチ、狼灰色、茶、薄茶、白など。

樺太アイヌ

オホーツク文化人が居住しており、日本からは粛慎(ミシハセ)、中国からは流鬼と呼称されていた。 13世紀モンゴル帝国(後、大元ウルス)が勃興すると、アムール川河口付近に居住する「吉里迷」(ギレミ、オホーツク文化人に相当すると見られる)を従えるようになった。1264年にはギレミの民が「骨嵬(クイ)」や「

樺太行啓

未明、雨が降ったが、やがて快晴となって「一天片雲ナク爽涼」の気候となった。午前10時、大泊港から水平線に御召艦長門の姿が見えるようになった。午前11時50分、予定の位置に投錨すると、港内の船舶が一斉に汽笛を鳴らし、陸上では煙火(花火)を打ち上げて裕仁親王を奉迎した。 投錨後、昌谷彰樺太庁長官は汽艇で長門に伺候すると、裕仁親王は高松宮、

樺太島歌

「樺太島歌」(からふととうか)は、昭和時代戦前の日本において制定されていた樺太庁の庁歌である。作詞・本間一咲、作曲・山田耕筰。 本項では、同じSPレコードのB面に収録されている「樺太行進歌」(からふとこうしんか)についても解説する。 樺太(サハリン島)の北緯50度以南は1918年(大正7年)制定の共

樺太神社

樺太神社(からふとじんじゃ)は、樺太豊原市にあった神社である。社格は官幣大社(明治43年列社)。樺太の総鎮守・総氏神とされた。 祭神は大国魂神・大己貴神・少彦名命の「開拓三神」であった。 日露戦争の講和条約であるポーツマス条約により、樺太の南半分が日本領有となり、その鎮護のため、国土経営に神功のあ

樺太工業

の3社共同で樺太の国有林の伐採権を取得し、1913年から3社の工場へ木材をパルプ原木として供給を開始した。一方、三井物産も1911年に樺太国有林の伐採権を得、三井合名会社と共同し王子製紙の技術協力の下、1913年6月に樺太南部海岸の大泊町において亜硫酸パルプ(SP,Sulfite Pulp)工場の

樺太アイヌ語

樺太アイヌ語は五つの母音を持つ。また、北海道アイヌ語と異なり開音節では母音の長短が区別される。 樺太アイヌ語において長母音を有する単語に関して、全てにおいて該当する訳ではないものの以下のような傾向が見受けられる。 単音節かつ開音節の自立語は母音が長母音

樺

〔「かには」の転〕 「かば(樺){(1)}」に同じ。

樺

(1)カバノキ科の植物の総称。 かんば。 (2)(桜の)樹皮。 [日葡]

樺

カバザクラ, 一説に, シラカバの古名。 上代には, 舟に巻いたり器に張ったりした, その樹皮。 「しきたへの枕もまかず, ~巻き作れる舟に/万葉 942」

樺太鉄道局

並等室が丸屋根と異なっていた。フコロハ220は1928年7月豊原工場で全室並等車に改造された。 フコハ250形 (250 - 253) ← フコハ1 - 4 ← 鉄道院フコハ7925形(7295 - 7939の一部) ← 北海道炭礦鉄道にさ? 1910年7月入線。丸屋根の全室並等車。 フコハ240形

大谷駅 (樺太)

大谷駅(おおたにえき)は、かつて樺太豊栄郡落合町に存在した鉄道省樺太東線と帝国燃料興業会社内淵線の駅である。 1911年(明治44年)12月2日:樺太庁鉄道東海岸線富岡駅 - 小谷駅間(26.2km)延伸開業により設置。 1943年(昭和18年)4月1日:南樺太の内地化にともない、鉄道省(国有鉄道)に編入。

中里駅 (樺太)

中里駅(なかさとえき)は、樺太大泊郡千歳村に存在した鉄道省樺太東線の駅。 現在はロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部のミツレフカ駅(о.п. Мицулевка)である。 1906年(明治39年)12月1日 - 600mm軌間の軍用軽便鉄道のコルサコフ(楠渓町)駅 - ウラジミロフカ(豊原)駅間(43

二股駅 (樺太)

二股駅(ふたまたえき)は、かつて樺太真岡郡清水村に存在した鉄道省豊真線の駅である。 現状に関しては、サハリン州の項目を参照。 1926年(大正15年)11月15日 - 樺太庁鉄道豊真線手井駅 - 逢坂駅間(31.2km)開通により開業。 1943年(昭和18年)4月1日 - 南樺太の内地化により、鉄道省(国有鉄道)に編入。

落合駅 (樺太)

落合駅(おちあいえき)は、かつて樺太豊栄郡落合町に存在した鉄道省樺太東線の駅である。 1913年(大正2年)12月17日 - 樺太庁鉄道小谷駅 - 栄浜駅開通により開業。泊栄線と称する。 1927年(昭和2年)11月20日 - 樺太鉄道当駅 - 知取駅間(170.5km)開業。 1941年(昭和16年)4月1日

大沢駅 (樺太)

大沢駅(おおさわえき)は、樺太豊原市に存在した鉄道省樺太東線の駅。現在はロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部のボリシャヤ・エラニ駅(о.п. Большая Елань)である。 1911年 1月1日 - 樺太庁鉄道のエラニ駅として開業。 3月29日 - 大沢駅に改称。 1943年(昭和18年)4月1日

北樺太石油

生した会社であり、海軍出身者が歴代社長に就任し、石油は基本的に海軍に納入された。1943年(昭和18年)まで採掘を行ったが、資金不足から試掘が進まず採油能力が低下したことに加えて、外交関係悪化に伴うソ連の事業妨害などから1930年代後半には業績は下り坂となった。1944年(昭和19年)にソ連の中立を