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Từ điển

Chi tiết từ

烏洛侯

構成部族の中に「烏羅護部落」というのが見える。 地豆于の北、中国の代を去ること4500余里。烏洛侯国の西北には完水(黒龍江)があって東北の難水(松花江)と合流し、その他の小水もすべて難水に注いで東の海(オホーツク海)に出る。また西北へ20日行くと、于巳尼大水すなわち北海(バイカル湖)がある。つまり

Từ liên quan

烏達鞮侯

烏達鞮侯単于(うたつていこうぜんう)は、匈奴の単于。姓は攣鞮氏、名は烏達鞮侯。呼都而尸道皋若鞮単于の子。 46年に匈奴の単于として即位するが、同年に死去した。 ^ 『後漢書』巻八十九「二十二年,単于輿死,子左賢王烏達鞮侯立為単于。復死,弟左賢王蒲奴立為単于。 」 『後漢書』巻八十九・南匈奴列伝第七十九

烏

(1)スズメ目カラス科の鳥のうち, 大形でくちばしが大きく, 全体に黒色のものをいう。 日本ではハシブトガラスとハシボソガラスが全国に普通。 全長50~60センチメートルで, 羽には光沢がある。 田園や人家近くにすみ, 雑食性で何でも食べる。 古くから, 神意を伝える霊鳥とされたが, 現在は凶兆を告げる鳥と考えられることが多い。 (2)〔カラスの性質に似通うので〕 (ア)口やかましい人。 (イ)物忘れのひどい人。 (ウ)意地汚い人。 (エ)うろついている人。 「旅~」 <i>~が鵜(ウ)の真似(マネ)</i> ⇒ 鵜の真似をする烏(「鵜」の句項目) <i>~に反哺(ハンポ)の孝あり</i> 〔「小爾雅(広鳥)」より。 烏が成長ののち, 親鳥の口に餌を含ませて養育の恩に報いるということから〕 子が親に孝行することのたとえ。 <i>~の頭(カシラ)白く、馬(ウマ)角(ツノ)を生ず</i> ⇒ 烏の頭白くなる <i>~の頭(カシラ)白くなる</i> 〔秦(シン)に捕らえられた燕(エン)の大子丹が帰郷を願い出たとき, 秦王が, 烏の頭が白くなり馬に角が生えたら許してやろうと言ったという「史記(刺客列伝賛注)」などの故事から〕 ありえないことのたとえ。 烏頭変毛。 <i>~の行水(ギヨウズイ)</i> 入浴時間の短いたとえ。 <i>~の雌雄(シユウ)</i> ⇒ 誰か烏の雌雄を知らん(「誰」の句項目) <i>~の鳴かぬ日はあれど</i> 毎日必ず何かが行われることを強調していう語。 「~, 交通事故のない日はない」 <i>~を鷺(サギ)</i> ⇒ 鷺を烏(「鷺」の句項目)

侯

(1)大小名。 諸侯。 「老~」 (2)五等爵の第二位。 侯爵。

洛中洛外図

洛中洛外図(らくちゅうらくがいず)は、京都の市街(洛中)と郊外(洛外)の景観や風俗を描いた屏風絵である。2点が国宝、5点が重要文化財に指定される(2016年現在)など、文化史的・学術的な価値が高く評価され、美術史や建築史、および都市史や社会史の観点から研究されている。戦国時代にあたる16世紀初頭から

烏稽侯尸逐鞮単于

烏稽侯尸逐鞮単于(うけいこうしちくていぜんう、拼音: Wūjīhóushīzhúdīchányú、 ? - 128年)は、中国後漢時代の南匈奴の単于。湖邪尸逐侯鞮単于の子。烏稽侯尸逐鞮単于というのは称号で、姓は虚連題氏、名は抜という。 湖邪尸逐侯鞮単于の子として生まれる。

洛陽

(1)中国, 河南省北部の都市。 周代の洛邑(ラクユウ)に始まり, 漢代に洛陽と改称され, 後漢・魏(ギ)・西晋・北魏などの都として栄えた。 隋・唐代は西の長安に対し, 東都とよばれた。 付近に白馬寺・竜門石窟など古跡が多い。 ルオヤン。 (2)平安京の左京の称。 右京を長安と称するのに対する。 また, 京都の異称。 洛陽(1)(白馬寺) 洛陽(1)(竜門石窟) <i>~の紙価(シカ)を高める</i> 著書が好評でよく売れることのたとえにいう。 〔晋の左思が「三都の賦」を作ったとき, これを写す人がたくさんいて洛陽の紙の値段が上がったという「晋書(文苑伝)」の故事から〕

京洛

みやこ。 けいらく。

上洛

〔古くは「しょうらく」〕 都へ上ること。 地方から京都へ行くこと。 ⇔ 下洛 「手勢を率いて~する」

洛叉

〔梵 lakṣa〕 〔仏〕 インドの数量の単位。 十万。 また, 一億とも。

洛西

みやこの西。 京都の西の郊外。

京洛

(1)みやこ。 (2)京都のこと。

参洛

都へ上ること。 上洛。 「東国北国の源氏等おのおの~を企て/平家 7」

入洛

京に入ること。 都入り。 もとは貴人の入京をいった。 にゅうらく。 「東夷北狄党をむすび, 群をなして~のあひだ/平家 10」

入洛

京都にはいること。 じゅらく。

帰洛

都に帰ること。 京都に帰ること。

洛中

視した。京中(洛中)は検非違使の管轄であるが、辺土(洛外)は山城国の管轄と考えられており、洛中と辺土との境界地域では検非違使庁の役人の中でも「山城拒捍使」に任じられた者が警備した。鎌倉幕府が六波羅に六波羅探題を設置したのも、平家滅亡後に、京都における北条氏の邸宅が置かれていたこともあるが、検断権を

苻洛

られた。 拓跋什翼犍の諸子には拓跋窟咄という人物がおり、立派に成長していた。その為、苻洛は彼を長安に遷らせると、同時に苻堅へ書を送り、拓跋窟咄を太学に入れさせた。 苻洛はかねてより苻堅から嫌われており、また兄の北海公苻重は洛陽で謀反を起こしたことがあったので、大いに警戒され

洛嬪

「洛神(らくしん)」、「宓妃(ふっぴ)」とも呼ばれる。 『路史』国名紀によると、洛氏は有洛氏とも呼ばれたという。 ^ 『路史』国名紀「洛 『周書』之有洛氏。史伯云、北有路洛泉徐蒲。韋昭云、皆赤狄、宜與此異。或作絡。衛賢者絡疑、雒廣漢屬縣。」 洛神賦 表示 編集 表示 編集

洛南

洛南(らくなん) 京都市の南部。平安京東部(左京)を中国の洛陽に例えたことから。詳細は京都市#地域参照。 学校法人真言宗洛南学園 洛南高等学校・附属中学校 洛南高等学校附属小学校 京都市立洛南中学校 洛南タイムス 京都府立洛南病院 洛南新都市 洛南県 このページは曖昧さ回避のためのページです。一つの