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Từ điển

Chi tiết từ

篆隷

[てんれい]
篆書と隷書。

Từ liên quan

篆隷万象名義

は第5帖、第6帖の撰述方針にも違いが見えることを指摘する。 ^ 宮澤は、図書寮本類聚名義抄が篆隷万象名義を引くにあたり第1~4帖部分は「弘」として引用するのに対し、第5~6帖部分は「玉」として引用しており、古くは区別されていたことを指摘した(宮澤 1973)。 ^ 篆隷萬象名義の篆書体は北宋以来の大徐本説文解字に見える玉箸体では

篆字

篆書体の文字。 篆文。

小篆

漢字の古書体の一。 秦の李斯(リシ)が大篆(ダイテン)を簡単にして作ったものという。 さらに簡略な隷書が作られたのちは, 主として碑銘・印章などに用いられた。 篆文(テンブン)。 秦篆(シンテン)。

大篆

漢字の古書体の一。 周の太史籀(タイシチユウ)が作ったと伝えられる。 小篆より少し前の東周時代に使われていた。 籀文(チユウブン)。 籀書(チユウシヨ)。

篆文

篆書体の文字。 篆字。 篆書。

篆書

漢字の古書体の一。 大篆・小篆があり, 隷書・楷書のもとになった。 現在は, 印章などに使われる。 篆文(テンブン)。

篆刻

中国において篆刻史はすなわち印章の歴史である。古くは三代(夏・殷・周)に起源があるとする説もあり、殷墟から殷璽が発掘されている。しかし、この殷璽については懐疑的な声が多い。 現在確認できる最も古い印章は戦国時代まで遡ることができる。この時代の印章はすべて鉨(のちの璽)と呼ばれたことから特に古鉨(こじ)と総称される。材質は多くが銅である

篆書体

は作品の製作者や収蔵家が所有権を誇示するために押した印章には、篆書で官職名、もしくは本人の名や座右の銘を彫っているものが多かったからである。元・明代以降はこの篆書を用いた印章を彫る作業も、「篆刻」という書道の一ジャンルとして確立された。 清代においては、考証学の発達により模刻や模写を重ねている紙の

隷下

部下としてつき従う者。 手下。 配下。

隷書

漢字の古書体の一。 篆書(テンシヨ)を省略して簡便にしたもの。 今日の楷書に近い。 漢代になって装飾的に変化したものを漢隷または八分(ハツプン), それ以前のものを秦隷(シンレイ)という。 一般には漢隷をいう。 → 八分

隷従

仕え従うこと。 「大国に~する」

奴隷

(1)人間としての権利・自由を認められず, 他人の所有物として取り扱われる人。 所有者の全的支配に服し, 労働を強制され, 譲渡・売買の対象とされた。 古代ギリシャ・ローマのもの, 近代の北アメリカの黒人奴隷など。 日本古代の奴婢(ヌヒ)もその一種とされる。 (2)下僕。 しもべ。 (3)あるものに心を奪われて自主性を失い, 行動を束縛されている人。 「金銭の~となる」

直隷

北省と変更され、地域の多少の異動を含みつつ現代に至っている。 司隷 直隷省 (中華民国) 中国・直隷省【河北省】の地図(1928年発行、keroperoのウェブサイトより) - ウェイバックマシン(2019年3月26日アーカイブ分) 『直隷』 - コトバンク 『直隷省』 - コトバンク 表示 編集

隷定

…三に曰く小篆……四に曰く八分……五に曰く隷書、典籍・表奏及び公私文疏の用いる所なり(字體有五:一曰古文……二曰大篆……三曰小篆……四曰八分……五曰隸書,謂典籍、表奏及公私文疏所用。)"  ^ 陆明君 (2009) (中国語). 魏晋南北朝碑别字研究. 北京: 文化艺术出版社. ISBN 978-7-5039-3678-4 

隷変

隷変(れいへん、簡体字: 隶变; 繁体字: 隸變; 拼音: lìbiàn; 英語: clerical change)とは、漢代初期に中国語の表記が篆書体から隷書体に移行すると共に、書きやすくするためにある字の絵画的形態の省略や付け加え、変形を行う過程を通じて紀元前第2世紀の間に時とともに起った自然

隷書体

隷書体(れいしょたい)は、漢字の書体のひとつ。八分隷・八分・分書とも呼ばれる。古文に対して今文と呼ばれる。画像は『西嶽華山廟碑』(拓本、部分)。 程邈という下級役人が罪を得て獄中にあったとき、隷書を発明しこれを献上することで始皇帝に許されたという伝承があるが、これは俗説に過ぎない。戦国時代頃から日常

奴隷船

奴隷船(どれいせん、Slave ship)とは、奴隷を運搬する目的で使用された貨物船。特に大西洋奴隷貿易において、アフリカで購入された奴隷がアメリカ大陸に移動(中央航路(Middle Passage)を南アメリカ大陸へ移動し、東岸沿いにカリブ地域、北米大陸へ北上)される際に使用された。最大で2,000万人の奴隷が運搬された。

奴隷制

された人々もまた、奴隷の供給源として非常に大きな割合を占めていた。 戦争は奴隷供給源として非常に大きかった。ローマ帝国では2世紀頃になるとパクス・ロマーナによる戦争奴隷の枯渇により、奴隷制を主とする大農園であるラティフンディウムからコロヌスと呼ばれる小作人によるコロナートゥスへと農業経営が移行し、や

掌隷院

467年設立された。司憲府、漢城府と共に司法三司と呼ばれる。1592年の文禄の役の際、漢城に迫りくる秀吉軍を前に朝鮮国王宣祖は逃亡、これに乗じた朝鮮乱民により、公私奴婢の文籍(身分記録文書)を保存していた掌隷院と刑曹は放火された。英祖4年、西暦1764年刑曹に併合された。 ^ 『宣祖修正實録』二十五年(1592)四月晦日