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会稽山

旧名を茅山、別名を畝山と称す。夏朝禹の時代には会稽山の名称が使用されていた。禹が死去した地であると記されており、現在も禹を祭った禹王廟が位置する。地名は禹が死去する際、諸侯が一堂に会しその業績を計ったことから「会稽(会計に通じる)」と称されるようになった。しかし近年の言語学者らの研究により、会稽は越語の「矛山

相关单词

会稽郡

の恥辱や他人から受けた堪え難いほどの辱めを意味する「会稽の恥」という故事成語が生まれている。 その後、越は楚に滅ぼされるが、前223年、秦の攻撃を受けた楚は滅亡する。翌年、秦将の王翦により会稽郡が設置され、呉県に郡治が設置された。管轄範囲は呉・越両国の故地であり、現在の

無稽

何らよりどころのないこと。 でたらめであること。 また, そのさま。 不稽。 「荒唐~」「或は~の不思議を唱へて/文明論之概略(諭吉)」

稽首

(1)からだを曲げ, 頭を地につけて行う礼。 ぬかずくこと。 高い敬意を表す。 「宮殿に伺候して北面~した/麒麟(潤一郎)」 (2)手紙の終わりに書いて敬意を表す語。 頓首(トンシユ)。

稽古

〔「稽」は考えるの意で, (2)が原義〕 (1)武芸・芸事などを習うこと。 また, 練習。 「ピアノの~」「寒~」「熱心に~する」「~を付ける(=指導スル)」 (2)書物を読んで昔の事を考え, 物の道理を学ぶこと。 学問。 学習。 「学窓に蛍を集めて~に隙なき人なれば/太平記 12」 (3)高い学識のある人。 上達した人。 「信濃前司行長, ~のほまれありけるが/徒然226」

滑稽

(1)おどけていて, 面白いこと。 おかしいこと。 また, そのさま。 「~な事を言って笑わせる」 (2)いかにもばかばかしいこと。 くだらなくみっともないこと。 また, そのさま。 (3)常識をはずれていておかしいさま。 「何とも~なスタイル」 〔「滑」は乱, 「稽」は同で, 是非を混同して巧みに言いくるめるのが原義という。 また, 「滑」はなめらか, 「稽」はとどまる意で, 弁舌が緩急自在なことをいったか〕 ﹛派生﹜~さ(名)

王稽

王 稽(おう けい、? - 紀元前255年)は、中国戦国時代に秦に仕えた人物。昭襄王の謁者を務めていた時期に魏に使者として派遣され、范雎を救った事がよく知られている。 魏国の人であった范雎は魏国の宰相であった魏斉に斉と内通じたと嫌疑を掛けられ、迫害に遭い肋を折られ歯を失った。命の危険を感じた范雎は

都稽

都 稽(と けい、生没年不詳)は、前漢の軍人。冀州魏郡黎陽県の出身。 前漢の武帝のときに南越国の郎として、南越国の丞相の呂嘉の反乱を平定した功により、臨蔡侯に封ぜられた。 都稽の子孫である都祖は、成帝のときに高句麗に移住して朱蒙の臣下となり、朱蒙死後、朱蒙の北夫余時代の妻である礼氏が生んだ類利(瑠璃

稽胡

稽胡(けいこ)は、山胡(さんこ)や歩落稽(ほらくけい)とも呼ばれ、4世紀末から8世紀にかけて中国の華北北部に存在した騎馬遊牧民族。 離石を拠点としたため、離石胡(りせきこ)ともいう。現在の山西省呂梁市と甘粛省固原市の間を遊牧し、中国の王朝との間で侵略や服従を繰り返した。 種族としてはテュルク系と推測される匈奴屠各

稽古場

俳優部の受講料は、文化庁の助成(文化芸術活動継続支援金)の経費となり、劇場で公開した際の収益(興行収入)は「コロナ禍の影響を受けた俳優部が少しでも収入を得られれば」という思いで参加俳優に均等分配することになっている。各監督は、予算・時間・設定(稽古場)など、すべてにおいて同条件のもと、演出&制作を行って

寒稽古

寒稽古(かんげいこ)とは、寒の時期に、武道や芸事の修練を行うこと。技術の向上とともに、寒さに耐えながら稽古をやり遂げることで、精神の鍛錬をするという目的にも重きをおかれて行われるものである。俳句の季語としても用いられる。 寒稽古の原型は神道や仏教の修行法である寒行、あるいは寒修行と言われたものとされ

滑稽本

滑稽本(こっけいぼん)は、江戸時代後期の戯作の一種。浮世草子・談義本・噺本などに包摂しがたい多種多様な作品を指す。 狭義には『道中膝栗毛』(1802年(享和2年)刊)で確立された中本の小説類、広義には談義本全体を含む。 談義本の語り口を基調としつつも談義の主題をパロディ化

形稽古

になぞらえて「形無し」と表現することがある。 形稽古は「形骸化」「形の変容」と隣り合わせとも言われる。しかし、これらは決して形稽古の完全な欠点とはなり得ず、解釈によっては許容される。 「形骸化」については、読んで字の如く、形の中身がなくなる

責稽王

責稽王(せきけいおう、生年未詳 - 298年)は、百済の第9代の王(在位:286年 - 298年)であり、先代の古尓王の子。『三国史記』百済本紀・責稽王紀の分注では青稽王、『三国遺事』王暦では責替該(王)の別名も記される。諱・諡は伝わっていない。286年11月に先王の死去に伴い、王位についた。

稽古屋

舞台を真っ暗にして「宇治の名物蛍踊りの始まり始まり」の口上のあと賑やかな下座に合わせて踊り、とど、屁でろうそくの火を消すというものである。噺では「腹下してたもんやさかい、あんた、勢いよう屁は出ましたが、身イまででてしもた。」というスカトロ色のクスグリが入る。もっとも、桂文枝のようなはんなり上品な芸

竹刀稽古

竹刀稽古(しないけいこ)、竹刀打ち込み稽古とは、その名のとおり、剣術において竹刀で打突する稽古。 室町時代から戦国時代初期の剣術は木刀による形稽古が中心であったが、戦国時代に袋竹刀が発明され、実際に打つ事が出来るようになった。さらに江戸時代初期から中期にかけ面や小手のような簡単な防具が考案され、袋

滑稽清水

そうこうするうちに満願の日、一心不乱に拝む杢の市「何とぞ観音様、わたしの目が開きますように・・・・あっ!見える!目開いたがな!ああ・・観音様、有難うございます。」うれしさにむせびながら、ふと周りを見ると後ろの方で、おとわと馬之助が肩を並べて拝む姿が目に入る。 「ああ、他所の夫婦は仲がええなあ。」

掛かり稽古

掛かり手が一方的に攻める。元立ちはあまり隙を作らない。 地稽古 お互いに対等な立場として攻め合う。 [脚注の使い方] ^ 全日本剣道連盟の平成15年度前期昇段審査会学科問題『掛かり稽古の心掛けと効果を各々箇条書きに三つ以上記せ』の解答例 ^ a b 全日本剣道連盟昇段審査会学科問題『打ち込み稽古」と「かかり稽古」の違いについて述べなさい。』解答例

音楽の稽古

『音楽の稽古』は、イギリス王ジョージ3世の治世下にロイヤル・コレクションに加えられたが、ジョージ3世はこの『音楽の稽古』に興味がなく、購入するつもりもなかったといわれている。しかしながら、ジョセフ・スミスがジョージ3世が欲しがっていた書物とともにこの作品を売りに出したために、ジョージ3世は『音楽の稽古

周山会

派内派を結成、佐藤派102名のうち81名が参加し、後に七日会(後の木曜クラブ)として独立した。周山会は保利茂が中心となり佐藤派内の福田支持グループをまとめる。残った周山会は周山クラブと名前を変え、少数派閥の保利グループとなる。 総裁選挙後は保利グループは福田派に合流し、派閥は消滅した。佐藤派