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川篇

『川篇』(せんぺん)とは中国の字書。正式名称は『会玉川篇』という。現存しないが、『龍龕手鏡』や『五音篇海』が引用している。小川環樹は四川省で刊行された『玉篇』の一種だろうとする。 『大漢和辞典』の本文に親字の出典として記載されている。 ^ 梁春胜 (2008年). “《新修玉篇》《四声篇海》引书考”

相关单词

篇

※一※ (名) (1)書物や文章などを内容からいくつかに分けたときに設けられる区分。 章・節などより大きい区分。 「三~に分かれた小説」 (2)原稿を集め整理して一冊の書物を作ること。 また, その編集。 編纂。 「その道の大家による~」 (3)首尾の整った詩歌・文章。 ※二※ (接尾) 〔促音・撥音のあとに付くとき「ぺん」となる〕 助数詞。 (1)詩歌・文章, また書物などを数えるのに用いる。 「一~の詩」 (2)書物を内容からいくつかに部分けしたとき, その部分の数, あるいは順序を示すのに用いる。 「浮世風呂全四~」「第三~」

詩篇23篇

詩篇23篇(しへん23へん)は旧約聖書の詩篇の中の一篇。ユダヤ教とキリスト教の両方において、祈りの言葉として愛され、よく唱えられてきた箇所である。キリスト教徒にとって「主」とは「私はよい羊飼い」(ヨハネによる福音書10章)といったイエス・キリストその人と重ねあわされる。

後篇

作品・書物などで, 二つまたは三つに分けたものの最後の部分。

篇章

(1)詩文の篇と章。 (2)転じて, 文章。 書籍。

前篇

ある作品のいくつかに分かれたもののうち最初の部分。

短篇

詩歌・小説などの短いもの。 ⇔ 長編

長篇

詩歌・小説などの長いもの。

玉篇

中国の辞書。 三〇巻または三一巻。 梁(リヨウ)の顧野王(コヤオウ)編。 543年成立。 字形により約一万七千字を五四二部に分類。 原本「玉篇」は早く失われ, 宋の陳彭年改訂の「大広益会玉篇」が広く用いられた。 原本の写本のごく一部が日本に伝存し「篆隷万象名義(テンレイバンシヨウメイギ)」を初めとする諸辞書に影響を与えた。 ごくへん。

玉篇

⇒ ぎょくへん(玉篇)

全篇

一冊の書物または一つの作品の全体。

佳篇

すぐれた作品。 佳作。

一篇

(1)一つのまとまった文章・詩・小説・論文など。 (2)いくつかの文章をまとめた書物一つ。 (3)一つの小説・論文などの, 内容を区分した最初のひとまとまり。

詩篇

詩を集めた書。 詩。 詩集。

詩篇

〔Psalms〕 旧約聖書の一書。 古代イスラエル民族が神を賛美した詩一五〇編から成る。

掌篇

ごく短い小説。

篇什

〔「詩経」の雅と頌(シヨウ)が十編を一什としていることから〕 詩を集めたもの。 詩編。 また, 詩。

類篇

『類篇』(るいへん)は、北宋の治平4年(1067年)に皇帝に奉られた部首引きの官製字書。全45巻で、『説文解字』・『玉篇』にくらべて字数が大幅に増えている。その内容は『集韻』を『説文解字』の部首順に並べかえたものに近い。 『類篇』の附記によると、『集韻』を作った丁度らが、『集韻』は字が多くて『玉篇

対話篇

対話篇(たいわへん、英: dialogue, ダイアローグ)とは、複数の登場人物の間での対話形式を採った文学ないし学術作品である。独白(モノローグ)と対になる概念である。 古より対話形式で著作を著した作家、叙述家、学者は多く、中でも西洋においては、哲学者のプラトンは膨大な著作のほとんどを対話

倭玉篇

「わごくへん」という読み方が一般的であるが、「わぎょくへん」と読まれることもある。 室町時代から江戸時代にかけてもっとも普通の部首引き漢和辞典として流行し、寛文4-5年ごろには部首画数引きのものも出現した。ほかに『真草倭玉篇』『袖珍倭玉篇』『小篆増字和玉篇』など、さまざまな工夫を施した本が作られた。明治時代