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新古今和歌集

『新古今和歌集』(しんこきんわかしゅう)は、後鳥羽院の勅命で編纂された勅撰和歌集。鎌倉時代初期成立。全二十巻。いわゆる八代集の最後を飾る。略称は『新古今集』(しんこきんしゅう)。撰歌にあたり、幽玄・有心の美学が反映されている(新古今調)。 平安時代末期、宮中歌壇では和歌を業とする家として六条家と御子

相关单词

古今和歌集

『古今和歌集』(こきんわかしゅう)とは、平安時代の歌集。全二十巻。勅撰和歌集として最初に編纂されたもの。醍醐天皇の命により編纂され、905年に奏上された。後世の勅撰和歌集の範となり、国風文化・日本文学に影響をのこした。略称を『古今集』(こきんしゅう)という。 『古今和歌集』は二つの序文を持つ。仮名で

新続古今和歌集

『新続古今和歌集』(しんしょくこきんわかしゅう)は、室町時代の勅撰和歌集。二十一代集の最後にあたる。 室町幕府第6代将軍足利義教の執奏により、後花園天皇の勅宣によって、権中納言飛鳥井雅世(初名雅清)が撰進、和歌所開闔として堯孝が編纂に助力した。永享5年(1433年)8月25日下命、同10年(1438

続古今和歌集

『続古今和歌集』(しょくこきんわかしゅう)は、鎌倉時代の勅撰集で、二十一代集の第十一番目。全20巻からなり、総歌数1915首(伝本によって異同がある)。 撰者の一人である九条基家筆の仮名序と、菅原長成筆の真名序を持つ。歌人を当世と故者に分けて、入集歌数および略伝を附す『続古今和歌集目録』も2種類伝わる。部

関戸本古今和歌集

7丁分の冊子として残る。他に、通村の時代以前に切られた断簡数枚が諸家に伝存する。 装丁は列帖装。料紙は鳥の子紙、白紙の他に紫・藍・茶・黄・緑などの染め紙。濃淡を組み合わせ、繧繝彩色の効果を勘案しているか。現存するものでは永青文庫蔵と逸翁美術館蔵の2枚の断簡のみ金銀箔を散らした装飾料紙が用いられている。

古今和歌集仮名序

繁きものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり 花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける 力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり・・・

古今和歌集真名序

山田孝雄「古今和歌集の仮名の序の論」『文学』昭和11年(1936年)1月号……『真名序』が正式な序で『仮名序』は後代の偽作とする。 西下経一「山田博士の古今集序に関する新説に対する卑見を述ぶ」『文学』昭和11年(1936年)5月号……『仮名序』は『真名序』を元に書かれたが、奏上時の正式な序は『仮名序』。

元永本古今和歌集

元永本古今和歌集(げんえいぼんこきんわかしゅう)は、平安時代末期(12世紀)に書写された『古今和歌集』の古写本。仮名序および全20巻を完存する『古今和歌集』の写本としては、最古の遺品。綴葉装(列帖装)冊子本、上下二帖。平安時代後期、元永3年(1120年)頃に書写され、仮名書道の絶頂期における代表的古

巻子本古今和歌集

料紙は色替わりの染紙に雲母(きら)刷りと空刷り(蝋箋)で、花襷文や各種唐草文などを刷り出したものを使用している。右上の画像の大倉集古館本(仮名序)では、第1紙は白紙(具引き)に花襷文を雲母刷りとし、第2紙は濃朱に染めた紙に空刷りで牡丹蓮唐草文を表す。

新葉和歌集

「『准勅撰』概念の定立をめぐって」 『和歌文学研究』第57号 和歌文学会、1988年12月)。 ^ 仮名序には、「そもそもかくてえらびあつむる事も、ただこころのうちのわづかなることわざなれば、あめのしたひろきもてあそびものとならむ事は、 おもひもよるべきにもあらぬを、はからざるに、いま勅

曼殊院本古今和歌集

首であることに引きずられた表記、(2)概数を書いただけ、(3)欠失部分のなかで流布本にある1首が欠けていたなどの理由が考えられる。 筆跡の異なる2つの奥書を有する。一つは 行成卿真筆 料紙八枚 哥数三十九首 前述のように、現存する巻子本は料紙7枚(6枚と2行)、歌数31首しかなく、39首には8首足

和歌集

日本最古の歌集として『万葉集』があり、勅撰和歌集(帝王の命で国が編纂したもの)として『古今和歌集』や『新古今和歌集』などがある。また、『古今和歌六帖』、『夫木和歌抄』など、勅命によらないで編纂された和歌集(私撰集)もある。また、1人の歌人の和歌を編集したもの(私家集)もある。 二十一代集(勅撰和歌集) 家集 和歌 表示 編集

古今和歌六帖

古今和歌六帖』の板本が刊行されこれが「流布本」と呼ばれる。天保11年(1840年)には、この流布本を底本とし諸本を以って本文を校合した『古今和歌六帖標注』(山本明清校注)が刊行されている。 第一帖 - 歳時 春 夏 秋 冬 天 第二帖 - 山 田 野 都 田舎 家 人 仏事 第三帖 - 水 第四帖 -

新拾遺和歌集

0日、四季奏覧。10月、為明の死去により頓阿が継いで、12月に成る。部立は、春上下、夏、秋上下、冬、賀、離別、羇旅、哀傷、恋一二三四五、神祇、釈教、雑上中下。雑下に『拾遺和歌集』の組織をまねて雑体歌をのせた。恋および雑の部の歌作者に僧が多いのは頓阿の撰したためかという。歌風は平明である。 表示 編集

新後撰和歌集

始され、嘉元元年(1303年)12月29日に奏覧された。 歌数は1612首(諸本によって異同あり)。部立は春(上下)・夏・秋(上下)・冬・離別・羈旅・釈教・神祇・恋(1-6)・雑(上中下)・賀から成る。恋の6巻仕立ては『後撰和歌集』、哀傷歌を雑下に収めるのは『続後撰和歌集』に倣う。主な歌人は、藤原

新勅撰和歌集

北条泰時ら幕府関係者の歌を入集させている。この点は『越部禅尼消息』で批判されている。 伝本によって歌数が違うが、1370首強ある。部立は春(上下)・夏・秋(上下)・冬・賀・羇旅・神祇・釈教・恋(1-5)・雑(1-5)から成り、従来の勅撰集の部立よりも単純化されている。最多入集歌人は藤原家隆(43首

新千載和歌集

『新千載和歌集』(しんせんざいわかしゅう)は、勅撰和歌集。20巻。二条為定撰。二十一代集の18番目にあたる。 1356年(延文元年)6月11日、足利尊氏の執奏に基づき、後光厳天皇から綸旨が下る。奉行に三条実継、連署衆に二条為遠・二条為明・惟宗光之らが就いた。翌年『延文百首』として詠進されるも、135

新後拾遺和歌集

『新後拾遺和歌集』(しんごしゅういわかしゅう)は、勅撰和歌集。20巻。二十一代集の20番目。二条家 (御子左流)撰の最後の集である。 室町幕府第3代将軍足利義満の執奏により、後円融院の永和元年(1375年)6月29日、二条為遠が下命を受けた。永徳元年(1381年)5月に為遠が死ぬと、二条為重が後

古今著聞集

れた。さらに実録を補う事が意図であることを述べ、勅撰集の部類に倣ったその構成は実に整然としている。古今著聞集の序や跋文によると、橘成季が、官を辞めて閑暇をえて編纂したものである。説話収集にあたっては、『台記』『中右記』『江談抄』といった家々の記録を調べ、いろいろな場所を訪ね、人から話を聞いたとしてい

拾遺和歌集

流布本によれば、歌数は1351首、部立は春・夏・秋・冬・賀・別・物名・雑(上・下)・神楽歌・恋(5巻)・雑春・雑秋・雑賀・雑恋・哀傷の計20巻から成る。雑春・雑秋・雑恋・哀傷といった特異な部立ては、『拾遺抄』の雑の部立てを細分化したためである。