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單字詳情

仏師

[ぶっし]
狂言の一。 仏師に化けた悪者が田舎者をだまそうとして, 自作と称し吉祥天女像になりすますが, 形が悪いと直されているうちに化けの皮がはがれる。

相關單字

絵仏師

画師の仕組も導入された。聖徳太子の時代に画師の制度が制定され、律令制において画工司が設置された。当時の画師・画工は必ずしも仏教専門のものではなかったが、東大寺などの造寺司に所属する画師も存在した。なお、画工司は大同3年(808年)に内匠寮に統合され、画師たちも同寮に属している。

頼助 (仏師)

1096年(永長元年)に永長地震で被災した興福寺諸像の復興と修理に当たって記銘された。 内山永久寺 - 興福寺と並ぶ奈良仏師の拠点。 白河法皇呪咀事件 - 1113年(永久元年)、興福寺大衆が呪咀のために不空羂索観音の造像を頼助に依頼したと疑われたが頼助は無罪となっている。 善派 - 奈良仏師の後裔 慶派 - 奈良仏師の後裔

奈良仏師

生み出した。平家没落後は武士に敬遠された京都の仏師たちとは異なり、鎌倉幕府の庇護を受けて発展し、定朝の孫とされる頼助を始祖として康助、康朝、成朝と父子相承したが、成朝以降は直系が途絶え、慶派の康慶や善派の善慶に継承された。 時は下って、豊臣秀吉の命で、金峯山寺の蔵王権現立像や、方広寺大仏(京の大仏)

長快 (仏師)

「弘法大師像」 六波羅蜜寺蔵 制作時期不明 「木造十一面観音立像」 パラミタミュージアム蔵 1256年(建長8年)以前の作。右足柄の外側に「巧匠定阿弥陀佛長快」銘。師・快慶作の長谷寺の本尊・十一面観音像(現存せず)を8分の1のサイズで忠実に模刻したもので、長谷観音の余材で作られた。もとは、興

長円 (仏師)

長円(ちょうえん、生年不詳 - 1150年(久安6年))は、平安時代の円派の仏師である。 円勢の長男として生まれる。父や実弟とされている賢円と共に多くの作品を残したといわれているが、弟と同じく現存する作品はほぼ皆無である。 1105年(長治2年)に父から尊勝寺に祀られている像を製作した事により、法橋

康正 (仏師)

元は禁裏八講の本尊 「薬師三尊像」「十二神将像」 東寺金堂 1603年(慶長8年) 神戸佳文 「大仏師康正の法眼・法印叙任」『兵庫県立歴史博物館紀要 塵界』第16号、2005年3月、pp.9-18 田辺三郎助 『江戸時代の彫刻』 至文堂〈日本の美術506〉、2008年7月、ISBN 978-4-7843-3506-0

仏師屋盗人

刀を振り回し、はずみで首を切り落としてしまう。 仏師は「何すんねん」と激怒する。「おまえ、大和の寺から『首、継いでくれ』ちゅうて持って来たびんずるさんの首、継いどいたもんをまた切りやがって!」 盗人は仏師屋のあまりの剣幕の前に平謝りするほかなく、仏師屋の言うままににかわ(接着剤)の入った鍋を温め、仏

仏

〔梵 buddha〕 (1)(ア)真理を悟った者。 すべての煩悩を打ち消し, 完全な真理を実現している者。 覚者。 仏陀。 (イ)特に釈迦のこと。 (2)仏教の略。

仏

〔「ほと」は「仏」の転, 「け」は「気」の意か〕 (1)仏教の完全な悟りを開いた聖者。 仏陀(ブツダ)。 覚者。 (2)特に, 釈迦(シヤカ)のこと。 (3)仏・菩薩およびそれに準ずる優れた聖者・高僧。 (4)仏像や, 仏の名号を記したもの。 (5)仏教。 仏事。 仏教徒。 (6)死者。 死体。 死者の霊。 (7)素直で善良な人物。 <i>~作って魂(タマシイ)入れず</i> 骨折って成し遂げながら肝心な点を欠いていることのたとえ。 仏作って眼(マナコ)を入れず。 <i>~にな・る</i> 死ぬ。 <i>~の顔も三度</i> いかに温和で慈悲深い人でも, 無法をたびたび加えられればついには怒り出す。 仏の顔も三度撫(ナ)づれば腹立つる。 <i>~の光より金(カネ)の光</i> 仏の力より金の力が強いの意で, 人の心が金に左右されやすいことのたとえ。 <i>~も昔は凡夫(ボンプ)なり</i> 釈迦も最初は凡人だったのだから, 誰でも修行を積めば仏となることができる。

仏

「仏蘭西(フランス)」の略。 「英~協商」

康俊 (東寺大仏師)

康俊(こうしゅん、生没年不明)は、南北朝時代に活躍した慶派の東寺大仏師。幸俊(こうしゅん)とも。 京都の慶派七条仏所の仏師で、運慶から第5世代(6代孫)に当たる。「東寺凡僧別当私引付」によれば、同時代の康誉は弟であると伝えられる。しかし康誉とは仏像製作の請負で競合するなど、稼業上はライバル関係にあったという説もある。

藤原祐寛 (絵仏師)

高野山大学(『石仏不動明王』) 高野山普賢院(『石仏飛天』、『不動明王』) 高野山地蔵院(『弘法大師障壁画』) 高野山増福院(『不動明王 山水茶掛』) 八浄寺瑜祇塔内陣画(淡路島、『密厳浄土図』) 大阪府庁副知事室(『仁王像二点』) 和泉市役所応接室(『石仏慈光』) 石山寺(滋賀県、屏風六曲半双)

仏眼仏母

なお、所依の経典によって、大日如来所変、釈迦如来所変、金剛薩埵所変の三種類の仏眼仏母が説かれる。 三昧耶形は如来眼(肉髻と微笑む両目)、金剛眼(独鈷金剛杵の両側に微笑む眼)、あるいは如意宝珠。種子はギャ(ga)、またはシリー(śrī)。

康俊 (興福寺大仏師)

美術史家の内田啓一によれば、基本的には鎌倉時代の絵画作例に一般的な童形の文殊菩薩像をおおよそ忠実に立体化したものではないかという。その一方で、大きい小鼻と厚めの唇は康俊・康成による独自の味付けになっており、内田は「小気味よい仕上げが十分感じられる」と評している。また、被服学者の奥村萬亀子は、同作の裳

李師師

ごとく知り合った。その後、趙元奴などと共に徽宗の寵姫となって、多くの財帛を賞賜された。反乱軍の首領の宋江も、徽宗から招安のため李師師に賄賂を贈った。瀛国夫人を授され、才人にいたった。 欽宗が皇帝に即位すると、軍費のため李師師の財帛は全て没収された。靖康元年(1126年)、金軍が開封を陥落させた際、

師

※一※ (名) (1)学問や芸能などを教える人。 先生。 師匠。 「~と仰ぐ」「~の恩」 (2)僧侶・神父など宗教上の指導者。 (3)中国, 周代の軍制で, 二五〇〇人を一師という。 転じて, 軍隊, 戦争。 ※二※ (接尾) (1)技術・技芸などを表す語に付けて, その道の専門家であることを表す。 「医~」「講談~」 (2)僧侶・神父などの姓氏に付けて, 尊敬の意を表す。

仏旗

よびアナガーリカ・ダルマパーラは1889年に日本でこの旗を紹介し、さらにビルマでも紹介された。 国際的には1950年5月25日に、世界仏教徒連盟(WFB) の第1回世界仏教徒会議(開催国:スリランカ)において、連盟の初代会長になった G P Malasekera

生仏

鎌倉初期の物語僧。 「徒然草」によれば, 東国出身の盲目僧で, 信濃前司行長(シナノノゼンジユキナガ)が平家物語を作るのを助け, これを平曲として語り広めたという。 生没年未詳。

生仏

〔仏〕 衆生(シユジヨウ)と仏。 人間と仏。