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和歌集

日本最古の歌集として『万葉集』があり、勅撰和歌集(帝王の命で国が編纂したもの)として『古今和歌集』や『新古今和歌集』などがある。また、『古今和歌六帖』、『夫木和歌抄』など、勅命によらないで編纂された和歌集(私撰集)もある。また、1人の歌人の和歌を編集したもの(私家集)もある。 二十一代集(勅撰和歌集) 家集 和歌 表示 編集

相關單字

拾遺和歌集

流布本によれば、歌数は1351首、部立は春・夏・秋・冬・賀・別・物名・雑(上・下)・神楽歌・恋(5巻)・雑春・雑秋・雑賀・雑恋・哀傷の計20巻から成る。雑春・雑秋・雑恋・哀傷といった特異な部立ては、『拾遺抄』の雑の部立てを細分化したためである。

風雅和歌集

而世迄澆漓、人趣浮華。不知和歌之実義、偏以為好色之媒。近代之弊、至於益巧益密、惟以綺麗彫刻為事、竊古語假艷詞、修飾而成之、還暗乎大本。或以鄙俚庸俗之語、直述拙意、不知風躰所在。並以不足観者也。淳風質朴情理之本、孰不據此。而暗於態度而猥取之者、非述作之意。閑情巧辞華麗之美、何以加旃。而牽於興味而

後撰和歌集

いる。しかしいずれの説も定説とはなっていない。 また、序文がないことや詞書が物語的であること、部立てと配列の乱れ、歌の重出などから、後撰和歌集が「未定稿」であったとする説が古来からあり、藤原清輔や北村季吟、中山美石などが主張している。村瀬敏夫は、天徳4年(960年)9月23日に内裏の火災があり、そ

勅撰和歌集

(『古今集』から『新古今集』)と「十三代集」(『新勅撰集』から『新続古今集』)に大別され、八代集のうち最初の三集は特に「三代集」(『古今集』・『後撰集』・『拾遺集』)と呼ばれる。また、このほかに南朝で編纂された『新葉和歌集』があるが、これは準勅撰集に位置づけられる。

風葉和歌集

風葉和歌集(ふうようわかしゅう)は鎌倉時代中期の物語和歌集。藤原為家とおぼしき人物が、後嵯峨院の后・大宮院(西園寺姞子)の依頼を受けて編纂し、文永八年(1271年)に成立。もとは勅撰集の如く20巻の部立があったが、現存本は末尾の二巻を欠く。歌の数は1400首(欠巻を除く)。

詞花和歌集

『詞花和歌集』(しかわかしゅう)は、八代集の第六にあたる勅撰和歌集。1144年(天養元年)6月2日に崇徳院が下命し、藤原顕輔が撰者となって編集した。1150年(久安6年)から1152年(仁平2年)の間に成立した。10巻、総歌数409首。古写本では『詞華和歌集』と記される。

古今和歌集

『古今和歌集』(こきんわかしゅう)とは、平安時代の歌集。全二十巻。勅撰和歌集として最初に編纂されたもの。醍醐天皇の命により編纂され、905年に奏上された。後世の勅撰和歌集の範となり、国風文化・日本文学に影響をのこした。略称を『古今集』(こきんしゅう)という。 『古今和歌集』は二つの序文を持つ。仮名で

千載和歌集

『千載和歌集』(せんざいわかしゅう)は、平安時代末期に編纂された勅撰和歌集。全二十巻。『詞花和歌集』の後、『新古今和歌集』の前に撰集され、勅撰和歌集の第七番目に当たる。略称は『千載集』(せんざいしゅう)。 撰者は藤原俊成の一人、ただしその息子の藤原定家も編纂の助手を務めたという。『拾芥抄』によれば寿永2年(1183年)2月、

金槐和歌集

巻之下」719首により構成される。万葉調の写実的、思想的歌は「巻之下」に多い。「柳営亜槐本は、実朝自撰の建暦三年本の部類、配列を、自己の見解に従ってどしどし改変する蛮勇を振ってあり、遺憾な点が少なくない」(樋口芳麻呂「金槐和歌集」解説)とされる。 例:(番号は定家所伝本、貞享本の順)

金葉和歌集

』は世に出た当時「ひじつきあるじ」とあだ名されていたという。「ひじつき」とは「にせ物」「疑わしい物」「まがい物」という意味で「あるじ」は「集」で、有り体に言えば「まがい物の歌集」である。また同書の『金葉和歌集』の項には、「…時に基俊といふ者あり、和漢を兼ねて尤も選者に便(びん)あり。然りといえども

新葉和歌集

「『准勅撰』概念の定立をめぐって」 『和歌文学研究』第57号 和歌文学会、1988年12月)。 ^ 仮名序には、「そもそもかくてえらびあつむる事も、ただこころのうちのわづかなることわざなれば、あめのしたひろきもてあそびものとならむ事は、 おもひもよるべきにもあらぬを、はからざるに、いま勅

金玉和歌集

『金玉和歌集』(きんぎょくわかしゅう)は、平安時代中期に書かれた私撰の和歌集。著者は「倭歌得業生・柿本末成」とされているが、大学寮には「倭歌得業生」なる称号は存在せず、実際には藤原公任が変名を用いたものである。寛弘4年(1007年)から同8年(1011年)に編纂されたと推定されている。

玉葉和歌集

撰者も伏見天皇が諮問した二条為世、京極為兼、飛鳥井雅有、九条隆博の四名に命じられた。その後冷泉為相は自らも撰者に加わりたいと自薦し、二条為世は撰者を辞退し、冷泉為相を厳しく批判した上で自らの息子である二条為道が撰者にふさわしいと推薦したが、冷泉為相、二条為道とも撰者に加わることはなかった。

歌集

(1)和歌を集めた本。 「故人の~」 (2)歌謡曲・愛唱歌・民謡などを集めた本。 「青年~」

新拾遺和歌集

0日、四季奏覧。10月、為明の死去により頓阿が継いで、12月に成る。部立は、春上下、夏、秋上下、冬、賀、離別、羇旅、哀傷、恋一二三四五、神祇、釈教、雑上中下。雑下に『拾遺和歌集』の組織をまねて雑体歌をのせた。恋および雑の部の歌作者に僧が多いのは頓阿の撰したためかという。歌風は平明である。 表示 編集

続古今和歌集

『続古今和歌集』(しょくこきんわかしゅう)は、鎌倉時代の勅撰集で、二十一代集の第十一番目。全20巻からなり、総歌数1915首(伝本によって異同がある)。 撰者の一人である九条基家筆の仮名序と、菅原長成筆の真名序を持つ。歌人を当世と故者に分けて、入集歌数および略伝を附す『続古今和歌集目録』も2種類伝わる。部

新後撰和歌集

始され、嘉元元年(1303年)12月29日に奏覧された。 歌数は1612首(諸本によって異同あり)。部立は春(上下)・夏・秋(上下)・冬・離別・羈旅・釈教・神祇・恋(1-6)・雑(上中下)・賀から成る。恋の6巻仕立ては『後撰和歌集』、哀傷歌を雑下に収めるのは『続後撰和歌集』に倣う。主な歌人は、藤原

続千載和歌集

正保2年刊行『二十一代集』の歌数は2148首。『国歌大観』の歌数は2159首[要出典]。部立は、春上下・夏・秋上下・冬・雑体・羈旅・神祇・釈教・恋1~5・雑上中下・哀傷・賀である。主な歌人は、後宇多院(52首)・西園寺実兼(51首)・二条為氏(42首)・二条為世(36首)・藤原

新勅撰和歌集

北条泰時ら幕府関係者の歌を入集させている。この点は『越部禅尼消息』で批判されている。 伝本によって歌数が違うが、1370首強ある。部立は春(上下)・夏・秋(上下)・冬・賀・羇旅・神祇・釈教・恋(1-5)・雑(1-5)から成り、従来の勅撰集の部立よりも単純化されている。最多入集歌人は藤原家隆(43首