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單字詳情

和魂漢才

[わこんかんさい]
〔「菅家遺誡」から〕
日本固有の精神と中国渡来の学問。 日本固有の精神を失わないで, 中国の学問を消化・活用するべきである, の意。

相關單字

和魂洋才

〔「和魂漢才」の類推からいう語〕 日本人としての精神を堅持しつつ, 西洋の学問・知識を受け入れること。

漢才

漢籍に通じ, 詩文に巧みな才。 かんざい。 「~はよくて, 詩などいみじく作られけれど/愚管 3」

漢才

〔「かんさい」とも〕 中国の学問に通じ, 漢詩文を巧みに作る才能。 からざえ。 「和魂~」

和漢三才図会

巻首1巻目1巻81冊、正徳2年(1712年)成立。 編集者は大坂の医師寺島良安で、師の和気仲安から「医者たる者は宇宙百般の事を明らむ必要あり」と諭されたことが編集の動機であった。明の王圻による類書『三才図会』を範とした絵入りの百科事典で、約30年余りかけて編纂された。 全体は105巻

荒魂・和魂

荒魂(あらたま、あらみたま)・和魂(にきたま、にぎたま、にきみたま、にぎみたま)とは、神道における概念で、神の霊魂が持つ2つの側面のことである。 荒魂は神の荒々しい側面、荒ぶる魂である。勇猛果断、義侠強忍等に関する妙用とされる一方、崇神天皇の御代には大物主神の荒魂が災いを

和漢

(1)日本と中国。 (2)和文と漢文。 (3)「和漢連句」の略。

漢和

(1) 中国と日本。 和漢。 (2) 中国語と日本語。 (3) 「漢和辞典」の略。

漢和

〔「かんわ」の連声〕 「漢和連句(カンナレンク)」の略。

大和魂

大和魂(やまとだましい)、あるいは大和心(やまとごころ)は、外国と比して日本流であると考えられる精神や知恵・才覚などを指す用語・概念。大和心。和魂。儒教や仏教などが入ってくる以前からの、日本人の本来的なものの考え方や見方を支えている精神である。儒学や老荘思想に基づく「漢才(からざえ)」に対比して使

和帝 (漢)

たため、これ以後宦官が政治に深く関わるようになった。鄭衆自身は政治的には確かに有能で、しかも私心のない人物であったから、彼が政治に参与していた間は問題が表面化することはなかったが、それ以降の宦官の多くは、政治的には無能で金銭に貪欲な人物が多く、彼らの跳梁により政治の腐敗が深刻化した。

和漢書

和漢書(わかんじょ)とは、和書と漢籍との総称であり、日本語あるいは中国語で記述された図書のことである。広義では、ハングル(朝鮮語)などの、漢字を使用する言語で記述された図書すべてを含む。 洋書の対語として使用されるのが常であり、単に「和書」という名称で和漢書を指すこともある。和漢

和漢薬

から始まり、その後漢方薬(中薬)が日本に伝来し、その漢方医学の理論を取り入れたものである。 役行者(役小角)が作ったと云われる7世紀末から存在する陀羅尼助丸、後醍醐天皇が命名した歴史書が残っている三光丸(1318年 - )をはじめ、各医薬品製造所では多くの和漢薬が医薬品(現在のリスク区分では指定第2

元和 (漢)

元和(げんわ、げんな)は、後漢の章帝劉炟の治世に使用された2番目の元号。84年 - 87年。 プロジェクト 紀年法 2年2月:四分暦に改暦。 4年7月:章和に改元 元和 (曖昧さ回避) 元号一覧 (中国)

和平 (漢)

和平(わへい)は、後漢の桓帝劉志の治世に行われた2番目の元号。150年。 プロジェクト 紀年法 元年:和平と改元。 『後漢書』(中華書局 1974年) 『中国歴代年号考』李崇智(中華書局 2004年) 和平(曖昧さ回避) 元号一覧 (中国)

高峰和才・洋才

高峰和才・洋才(たかみね わさい・ようさい)はかつて活動していた漫才コンビ。漫才協会所属。 コンビ解散後は和才のみピン芸人として、主に浅草東洋館に立ち、漫談で活動していた。現在は和才が死去している。 リーガル天才・秀才門下で1973年結成。1990年漫才協会の真打昇進。没後はケーシー高峰の門下となっ

漢和連句

⇒ かんなれんく(漢和連句)

漢和連句

鎌倉時代以降に行われた連句の一種。 漢和連歌・漢和俳諧の略称。 五・七・五または七・七の和句と五言または七言の漢句とを交えて付け連ねるもの。 また, 特にそのうちで, 発句(第唱句)が漢句であるもの。 漢和。 → 和漢連句

漢和辞典

親字1万1000 熟語6万2000 中型 1977年刊行。専ら漢文学習を目的とした専門的な中辞典。 旺文社標準漢和辞典 遠藤哲夫・小和田顯・大島晃〈編〉 親字6000 熟語4万0000 (中学生から一般向け) 1968年に初版刊行、中学向けの草分け的存在。2011年に刊行された第六版で大幅に親字数を増加させた。

漢那憲和

1900年(明治33年)7月 約6ヶ月の遠洋航海を終え横須賀に帰港。「橋立」乗組となる。その後、「金剛」「磐手」の航海長をつとめる。 1905年(明治38年)、第三戦隊所属の巡洋艦「音羽」に乗り組み日本海海戦に参加。 1906年(明治39年)、海大乙種学生を卒え、翌年、海大航海術専修学生(のちの航海学校高