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單字詳情

居叱弥王

居叱弥王(きょしつびおう、徳王、? - 346年7月7日)は、金官伽倻の第4代の王(在位:291年 - 346年)。父は麻品王、母は好仇である。王妃は阿志、息子に第5代の王である伊尸品王(明王)がいる。 表示 編集

相關單字

王弥

王 弥(おう び、? - 311年)は、中国五胡十六国時代の漢(後の前趙)の軍人。字は子固。東萊郡出身の漢人。祖父は魏で玄菟太守、西晋で汝南郡太守を務めた王頎。弟の王璋・従弟の王桑もまた漢に仕えた。西晋末年の反乱勢力の統領であり、その中でも特に大規模な勢力となって華北を荒らし回り、西晋の国力を大い

居登王

居登王(きょとうおう、? - 259年9月17日)は、金官伽倻の第2代の王(在位:199年 - 259年)。居登王は首露王と許王后の間に出来た10人の息子の一人である。その王妃は許王后の媵臣(嫁にいく女の付き人)としてサータヴァーハナ朝から伽耶に渡来した官職泉府卿の申輔の娘の慕貞であり、第3代であ

叱り

(1)(「おしかり」の形で)しかること。 「きついお~を受けた」 (2)江戸時代, 庶民に科した最も軽い刑。 奉行が白州(シラス)に呼び出し, その罪を叱るだけにとどめたもの。 やや重いものを急度叱(キツトシカリ)という。

叱責

失策や怠慢などを叱りとがめること。 「~を受ける」「強く~する」

叱咤

(1)大声で叱ること。 「時に人を~することあるのみ/浮城物語(竜渓)」 (2)大声で励ますこと。

叱咜

(1)大声で叱ること。 「時に人を~することあるのみ/浮城物語(竜渓)」 (2)大声で励ますこと。

叱正

しかり, ただすこと。 他人に詩文・論文などの訂正・添削を求めるときにへりくだっていう語。 「よろしく御~を乞う」

叱する

(1)しかる。 「これを嚇(オド)しこれを~・し, 強(シイ)て誠実に移らしめんとして/学問ノススメ(諭吉)」 (2)舌打ちをする。

叱羅協

を邕といったが、北周の武帝の諱を避けるため、協と改めた。字は慶和。本貫は代郡太平県。 代郡太守の叱羅珍業の子として生まれた。若くして州の小吏となり、恭謹で知られた。19歳で恒州刺史の楊鈞に抜擢されて従事をつとめた。六鎮の乱が起こると、叱羅協は冀州で客となった。527年(孝昌3年)、冀州が葛栄に包囲さ

叱列平

正光5年(524年)、破六韓抜陵が乱を起こし、柔然の残党が馬邑に侵入すると、叱列平は軍を率いて、戦功を挙げ、別将に任ぜられた。後に牧子の乱が起こり、劉胡崙・斛律可那律らが叛くと、叱列平は都督となって、劉胡崙らを討ち平げた。永安元年(528年)、武衛将軍に任ぜられた。爾朱栄に従って葛栄を破り、元顥を

弥弥

(1)前よりも程度がはなはだしくなるさま。 ますます。 「痛みが~ひどくなる」 (2)その時期がついにやって来たさま。 とうとう。 「~決戦だ」「~春になる」 (3)その時期が迫っているさま。 「~の時」「~という時になったら助けよう」 (4)確かに。 ほんとうに。 どちらともいえなかった物事が確実になったときなどに使う。 「~まちがいない」

叱奴太后

叱奴太后(しつぬたいごう、? - 574年)は、北周の武帝の生母。宇文泰の側室。本貫は代郡。 宇文泰が西魏の丞相となると、叱奴氏は側室として迎えられ、宇文邕(武帝)と宇文直を生んだ。武帝即位後の567年6月、皇太后となった。572年、宇文護が含仁殿で叱奴太后と面会し、『書経』の「酒誥」の一節を読んで

里村昌叱

里村 昌叱(さとむら しょうしつ、1539年(天文8年) - 1603年8月30日(慶長8年7月24日))は、室町時代から安土桃山時代に活躍した連歌師。通称は弥次郎、名は仍景(なおかげ)という。別号に策庵がある。 父、里村昌休死後、父の門人である里村紹巴に養育され和歌や連歌を学んだ。また、昌叱は紹巴の娘を娶り、その間に里村昌琢を儲けた。

弥

〔「い」は接頭語。 「や」は物事のたくさん重なる意の副詞〕 (1)事柄や状態がだんだんはなはだしくなるさまを表す。 いよいよ。 ますます。 また, あとからあとから次々に。 「その潮の~ますますにその波の~しくしくに/万葉 3243」「孫子(ウミノコ)の~継ぎ継ぎに見る人の語り次てて/万葉 4465」「~遠ざかる雲隠りつつ/万葉 2128」 (2)状態を表す語の上に用いて, はなはだ, 非常に, の意を表す。 「菅畳~さや敷きて我が二人寝し/古事記(中)」「我が心しぞ~愚(オコ)にして今ぞ悔しき/古事記(中)」「~遠長く祖(オヤ)の名も継ぎ行くものと/万葉 443」 (3)場所・順番などを表す語の上に用いて, いちばん, 最も, の意を表す。 「かつがつも~先立てる兄(エ)をし枕(マ)かむ/古事記(中)」

弥

〔「いや(弥)」と同源〕 いよいよ。 ますます。 「~しも変らぬ御見(ゴゲン)まで/浄瑠璃・夕霧阿波鳴渡(上)」

弥

〔「いよいよ」の略〕 ますます。 いよいよ。 「剣大刀~研ぐべし/万葉 4467」

居

〔動詞「居る」の連用形から〕 いること。 座ること。 また, その場所。 多く他の語と複合して用いられる。 「家~((イエイ))」「立ち~」「~もさだまらず/枕草子(四二・能因本)」

居

住む所。 住みか。 住まい。 「~を構える」「~を定める」 <i>~は気を移(ウツ)す</i> 〔孟子(尽心上)〕 住む場所や環境は人の心に大きな感化を与える。

居

〔「ゐる」の古形。 用例としては終止形「う」だけがみられる〕 すわる。 「立つとも〈う〉とも君がまにまに/万葉 1912」