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單字詳情

重石

[おもし]
〔文語形容詞「おもし」の名詞化。 後世, 「おもいし」の略と考えて「重石」の漢字を当てるようになった〕
(1)物を押さえるのに用いる石など。
「漬物に~をする」
(2)人を制ししずめる力。 貫禄。 また, その力をもっている人。
「~をきかす」「世の~とものし給へる大臣(オトド)の/源氏(賢木)」
(3)秤(ハカリ)に使うおもり。

重石

[じゅうせき]
タングステンの鉱石の総称。 灰重石・鉄重石・鉄マンガン重石・マンガン重石など。

相關單字

重晶石

岡鉱山のように黒鉱の中にも存在しており、これは浮遊選鉱によって回収されていた。いずれの鉱山も閉山しており、2016年現在は全量が輸入で賄われている。 板状結晶が集まってバラの花のように見えるものを砂漠のバラという。 水には不溶性、炭素とともに強熱すると還元されて硫化バリウムになる。 北投石(hokutolite、(Ba

鉄重石

ウィキメディア・コモンズには、鉄重石に関連するカテゴリがあります。 鉄重石(てつじゅうせき、ferberite)は鉱物(タングステン酸塩鉱物)の一種。タングステンの鉱石鉱物。 化学組成は FeWO4で、マンガン重石(英語版)(MnWO4)と連続固溶体をつくる。かつては鉄マンガン重石(てつまんがんじゅうせき、wolframite、(Fe

灰重石

ウィキメディア・コモンズには、灰重石に関連するカテゴリがあります。 灰重石(かいじゅうせき、scheelite、シェーライト、または、シーライト)とは、タングステン酸とカルシウムとの塩を成分とした鉱物である。このため、タングステン酸塩鉱物に分類される。灰重石

石重貴

天福7年(942年)6月に高祖(石敬瑭)が崩御したことにより、石重貴は後晋の2代皇帝に即位し、開運と改元した。 石重貴の在位中の後晋は、蝗害が各地で発生し、逃戸飢民が大量に発生した。また景延広の建議により契丹への臣下の礼を廃し、後晋は契丹に対し対決姿勢を明確にした。 この後晋の挑戦的な姿勢に対して、契丹は後晋に

石川重明

学法学部(公法コース)卒業、司法試験合格。東大法学部(私法コース)に学士入学し、1968年卒業。同年、警察庁入庁。入庁同期に、平沢勝栄、佐藤英彦、兼元俊徳(内閣情報調査室長)など。 警務局人事課を振り出しに、その後は主に警備局畑を歩み、警視庁公安部公安第一課長や大蔵省主計局主計官補佐も歴任。

大石重成

1971年)などを兼務した。 1961年度には土木学会賞、1966年には、スペリー賞(英語)、1981年度には土木学会功績賞を受賞している。 『超高速に挑む』を著した碇は大石を気性は激しく仕事にも厳しいものの「反面人情味に厚く、面倒見のよい親分肌」と評している。 第一高等学校を経て、1930年(昭和5年

石倉重信

清水まり子「花の舟」 平あつお「人生勝負」 千葉げん太「感謝」 成世昌平「貝殻恋唄」 新沼謙治「雪の川」 西村亜希子「緋桜(ひざくら)」 服部浩子「ほろ酔い恋唄」 八代亜紀「女心と秋の空」 山田花子とキムラ・チャン「虹色橋」 山本あき「哀しみ模様」「幸せの行方」 坂詰克彦「今夜も始まっているだろう」 表示 編集

石川重之

1899年、叙従五位。1917年、叙正四位。 1946年1月15日、数え80歳を迎えたことにより鈴木貫太郎・小笠原長生と共に御紋付木盃と酒肴料を下賜された。 戦前は収入が不動産と公債、社債の利子で年額1万5千円の収入があり、芝居見物や遊山あるいは探勝で華やかな生活を送っていたが、戦後4年

石田重成

ら同僚だった津軽信建の助けで乳母の父・津山甚内らと共に若狭国小浜から日本海ルートで陸奥国津軽に逃れた。 その後は杉山源吾を名乗り、津軽家の保護のもと深味村(現・板柳町)に隠棲する。または杉山八兵衛と名を変えて津軽家に家人として仕えて侍大将になったともいう。 慶長15年(1610年)4月28日に若死し

石塚重平

反対して立憲政友会を離党した。その後、第9回衆議院議員総選挙で4回目の当選を果たすが、在職中に死去した。墓所は青山霊園。小諸市養蓮寺の境内に石塚の頌徳碑がある。 [脚注の使い方] ^ a b c d 『大阪事件志士列伝 中編』95-101ページ ^ 『官報』第7238号、明治40年8月14日 ^ a

石島八重

歌川治明 「上野不忍大競馬之図」 大判3枚続 明治18年 豊原国周 「婦女礼式図会」 大判3枚続 明治22年 小国政 「成歓之敵塁へ我兵躍入之図」 大判3枚続 明治27年 日本浮世絵協会編 『原色浮世絵大百科事典』第3巻 大修館書店、1982年 ※135頁 吉田漱 『浮世絵の基礎知識』

四重極磁石

四重極磁石(しじゅうきょくじしゃく、英: quadrupole magnets)は、場の平面多重極展開(英語版)において、双極子項が打ち消され、場の方程式において有効な最低項が四極子となるように配置された4つの磁石によって構成されている。四重極磁石はその縦軸からの半径距離に応じて強度が急増する磁場

十三重石塔

をたびたび受けて、倒伏と修復・再興を繰り返してきた。しかしそれも、江戸時代後期の宝暦6年(1756年)に起こった未曾有の大氾濫で倒伏した後は、川底の泥砂に深く埋もれてしまい、再興されることはなくなってしまった。 1905年(明治38年)に復興が発願されると、1907年(明治40年)、発掘作業が始めら

重重

(1)いかにも重さがあるようであるさま。 「鐘の音が…さも~とさも悲しさうに/薄命のすず子(お室)」 (2)落ち着いて威厳のあるさま。 重々しく。 「平素(イツモ)には似ず故(ワザ)に~と構へ/もしや草紙(桜痴)」

重重

※一※ (副) (1)かさねがさね。 一通りでなく。 「~の不始末」「~恐れ入りました/五重塔(露伴)」 (2)十分に。 よくよく。 「~承知の上だ」 ※二※ (名・形動ナリ) (1)いくえにも重なり合う・こと(さま)。 「宮殿楼閣~にして/今昔 6」 (2)段階的なこと。 等級。 「是について, ~の事あり/正法眼蔵随聞記」

重過リン酸石灰

重過リン酸石灰(じゅうかリンさんせっかい)はリン酸肥料の一種である。重過石(じゅうかせき)とも呼ばれる。成分はリン酸二水素カルシウム。リン酸三カルシウムとリン酸を反応させることにより得られる。 Ca 3 ( PO 4 ) 2   + 4 H 3 PO 4 ⟶ 3 Ca ( H 2 PO 4 ) 2 {\displaystyle

重

※一※ (形動) いろいろあるなかで中心をなすこと。 主要であること。 第一である・こと(さま)。 → おもな → おもに ※二※ (名) 〔普通「オモ」と書く〕 (1)能・狂言で, シテの別名。 (2)「おもあど」の略。

重

助数詞。 重なったもの, 重なった回数をかぞえるのに用いる。 「二~まぶた」「八~桜」