「応募おうぼゼロ」伝統でんとう芸能げいのう 文楽ぶんらくの未来みらいは…

大阪おおさか 日本橋にほんばしにある国立こくりつ文楽ぶんらく劇場げきじょう。

この日ひの演目えんもくは、近松ちかまつ門左衛門もんざえもんの「曽根崎そねざき心中しんじゅう」でした。

無実むじつの罪つみを着きせられた商家しょうかの使用しよう人じん 徳兵衛とくべえと、新地しんちの遊女ゆうじょ お初おはつの悲恋ひれんを描えがいた作品さくひんです。

登場とうじょう人物じんぶつの繊細せんさいな感情かんじょうを表現ひょうげんする人形にんぎょう、物語ものがたりの世界せかいへいざなう太夫たゆうの語かたり、そして音おとで情景じょうけいを伝つたえる三味線しゃみせんが三さん位い一体いったいとなって、人ひとの心こころの深淵しんえんを描き出えがきだします。

研修けんしゅう員いんの養成ようせいを担当たんとうしている国立こくりつ文楽ぶんらく劇場げきじょうの柳川やながわ文雄ふみおさんは、初はじめての事態じたいに戸惑とまどいを隠かくしきれない様子ようすでした。

研修けんしゅう生せいの応募おうぼ条件じょうけんは、中学ちゅうがく卒業そつぎょう以上いじょうの男性だんせいで、原則げんそくとして23歳さい以下いか。経験けいけんは問とわれません。

2年間ねんかんの研修けんしゅうで、人形にんぎょう・太夫たゆう・三味しゃみ線せんの基礎きそをひととおり学まなび、この3つから専門せんもんを選えらびます。

研修けんしゅうではこれ以外いがいにも、箏曲そうきょくや狂言きょうげん、謡うたい、日本にっぽん舞踊ぶよう、茶道さどうなどを学まなび、受講じゅこう料りょうは無料むりょうです。

研修けんしゅうが終おわれば、技芸ぎげい員いんとして舞台ぶたいに出演しゅつえんできるようになります。

応募おうぼ者しゃの数かずは年としによってばらつきがあり、昭和しょうわの時代じだいには20人にん近ちかい年としもあったものの、ここ10年ねんほどは減少げんしょう傾向けいこうにありました。

劇場げきじょうを訪おとずれる観客かんきゃくの数かずは、コロナ禍か前まえの令りょう和わ元年がんねんは年間ねんかん10万まん人にんを超こえていましたが、令りょう和わ4年度ねんどは6万まん人にん弱じゃくと客足きゃくあしはまだ戻もどりきっていません。

柳川やながわさん

「研修けんしゅう生せいの応募おうぼがなぜ減へったのか、分析ぶんせきはなかなか難むずかしいです。少子しょうし化かや、景気けいきの動うごき、学生がくせいたちの就職しゅうしょく活動かつどうの流ながれもあるかと思おもいます」

私わたしも過去かこに数すう回かい、劇場げきじょうに足あしを運はこんだことがありますが、文楽ぶんらくの公演こうえんは、特とくに若わかい人ひとにとって敷居しきいの高たかいものになっているかもしれないと感かんじます。

物語ものがたりの舞台ぶたいは鎌倉かまくら時代じだいや江戸えど時代じだいなどで、セリフも現代げんだいのことばではありません。

また、1つの演目えんもくを通とおしで観みると10時間じかんを超こえる長ながさのものもあり、一般いっぱん的てきな舞台ぶたいや映画えいがのような気軽きがるさはありません。

研修けんしゅう生せいの募集ぼしゅうの期限きげんは毎年まいとし2月つきです。

今年度こんねんどは応募おうぼがなかったため、国立こくりつ文楽ぶんらく劇場げきじょうでは、4月つき28日にちまで期限きげんを延長えんちょうする異例いれいの対応たいおうをとることにしました。

果はたして応募おうぼはあるのか…。

三味線しゃみせんを習ならっていた古谷ふるやさんは、母親ははおやに連つれられ、初はじめて見みた文楽ぶんらくのかっこよさに魅みせられたそうです。

大学だいがく卒業そつぎょう後ご、IT関係かんけいの企業きぎょうの内定ないていを断ことわり、文楽ぶんらくの道みちに入はいることを決きめました。

古谷ふるやさんが専門せんもんに選えらんだのは人形にんぎょうでした。

文楽ぶんらくの修行しゅぎょうは、一いち人前にんまえになるのに30年ねんかかるとも言いわれる厳きびしいものです。

1体たいの人形にんぎょうを、主おも遣づかい、左ひだり遣づかい、足あし遣づかいの3人にんで操あやつる人形遣にんぎょうつかいも例外れいがいではなく、「足あし遣づかい10年ねん、左ひだり遣づかい10年ねん」などと言いわれています。

「頭あたまがパンクしそうになるほど覚おぼえることが多おおく大変たいへんです」と話はなす古谷ふるやさん。

ただ、その表情ひょうじょうは、ことばとは裏腹うらはらに生き生いきいきとしていました。

応募おうぼがないことをどう思おもうか問とうと、こんな答こたえが返かえってきました。

「厳きびしいし、覚悟かくごもいりますし、つらいこともありますけど、それ以上いじょうに楽たのしさが上回うわまわっているのかなって。三味しゃみ線せん・太夫たゆう・人形にんぎょうのそれぞれの息いきが合あったときの良よさは、ほかにはありません。修行しゅぎょうは大変たいへんだし、気軽きがるにおいでよとはいえないけれど、ちょっとでもやりたいなと思おもったら来きて、体験たいけんしてほしいです」

人形遣にんぎょうつかいの人間にんげん国宝こくほう、桐きり竹たけ勘かん十郎じゅうろうさんです。

文楽ぶんらくの火ひを絶たやしてはならないと、みずから若手わかての指導しどうにあたっています。

人形遣にんぎょうつかいの父ちちをもつ勘かん十郎じゅうろうさんは、14歳さいでこの世界せかいに入はいり、ことしで57年ねん目め。

女性じょせいの繊細せんさいなしぐさから豪快ごうかいな立役たちやくまで、さまざまな役柄やくがらを感情かんじょう豊ゆたかに演えんじる人形遣にんぎょうつかいとして高たかく評価ひょうかされています。

思い切おもいきって聞きいてみました。

若わかい人ひとが来こないのは、文楽ぶんらくの敷居しきいが高たかく、修行しゅぎょうが大変たいへんなイメージがあるからでは？

「どの仕事しごとも人材じんざい不足ふそくだと聞きいていますが、私わたしたちがやっているのは、その中なかでも特殊とくしゅな部類ぶるいの仕事しごとだと思おもいます。世の中よのなかはどんどん便利べんりになって、動うごかなくても何なにでもできる時代じだいになってきているのに、私わたしたちの芸能げいのうは、1つの人形にんぎょうを3人にんでつかったり、非常ひじょうに手間てまがかかります。しかし、めんどくさいことをしないと生うまれないことがたくさんあるんですよ。これが非常ひじょうにおもしろいなと、僕ぼくは思おもう。今いまの時代じだいには合あわないかもしれませんけれど、それでこそ生うまれるおもしろさを、お客様おきゃくさまに表現ひょうげんしたいので、その手間てまはどこも抜ぬけない。そういう手間てまのかかるものの魅力みりょくを知しってもらいたいです」

修行しゅぎょうは手てを抜ぬけない。

けれど若わかい人ひとには来きてほしい。

勘かん十郎じゅうろうさんは苦くるしい胸むねの内うちを1つ1つことばを選えらびながら丁寧ていねいに語かたってくれました。

では、その「手間てまがかかるからこそのおもしろさ」を若わかい人ひとたちに理解りかいしてもらうには、どうしたらいいでしょうか。

桐きり竹たけ勘かん十郎じゅうろうさん

「妙案みょうあんはなかなかないんですが、文楽ぶんらくは世襲せしゅうではありませんので、太夫たゆうでも三味しゃみ線せんでも人形にんぎょうでも、やろうと思おもえばどなたでもできます。もっとお気楽きらくにと言いったらおかしいが、あまり難むずかしく考かんがえないで、おもしろそうやなと思おもったら、一度いちど体験たいけんしてもらえたらと思おもいます」

しかし、条件じょうけんに合あわないなどでいずれも選考せんこうに至いたらず、今年度こんねんどの研修けんしゅうが開講かいこうできない、異例いれいの事態じたいとなっています。

文楽ぶんらく劇場げきじょうでは特例とくれい的てきに、今年度こんねんどは締め切しめきりを設もうけずに募集ぼしゅうを続つづけることにしています。

応募おうぼがあった時点じてんで選考せんこう試験しけんを行おこない、合格ごうかく者しゃが出でれば開講かいこうして、2年間ねんかんの研修けんしゅうを行おこなう予定よていです。

国立こくりつ文楽ぶんらく劇場げきじょう 養成ようせい係がかり 柳川やながわ文雄ふみおさん

「文楽ぶんらくという芸能げいのうを長ながく続つづけていくためには、若わかい世代せだいの研修けんしゅう生せいが必要ひつようです。これまでと同おなじ応募おうぼの方法ほうほうでは若わかい人ひとは集あつまらないだろうという危惧きぐは関係かんけい者しゃはみんな持もっています。何なにかしないといけない」

「文楽ぶんらくは、年齢ねんれいを重かさねるほどに味あじわいがわかるようになる芸能げいのう」と関係かんけい者しゃは話はなします。一方いっぽう、研修けんしゅう生せいの年齢ねんれいは原則げんそく23歳さい以下いかです。

条件じょうけんを変かえずに研修けんしゅう生せいを募つのるなら、若者わかものにその魅力みりょくをどうアピールするのか知恵ちえを絞しぼらねばなりません。

戦争せんそうや災害さいがいをくぐり抜くぐりぬけ、江戸えど時代じだいから300年ねんの長ながきにわたり続つづいてきた文楽ぶんらく。

令りょう和わの時代じだいの波なみを、どう乗り越のりこえていくのでしょうか。