日本新聞: 2匹のヘビが睨む市場危ういゲームの行方【NY発経済コラム】

2匹ひきのヘビが睨にらむ市場しじょう危あやういゲームの行方ゆくえ【NY発はつ経済けいざいコラム】

May 12, 2023 16:05

Furigana

ニューヨークの金融きんゆう市場しじょうが今いま、2匹ひきのヘビに睨にらまれて震え上ふるえあがっています。まるでカエルのように。1匹ひき目めのヘビは銀行ぎんこう破綻はたんを材料ざいりょうに「空売からうり」と呼よばれる手法しゅほうで株価かぶかの値下ねさがりを期待きたいするヘッジファンド。もう1匹ひきのヘビはアメリカの債務さいむ上限じょうげん問題もんだいで国債こくさいを人質ひとじちにとりながら党派とうは対立たいりつを繰り広くりひろげるワシントンの政治せいじ家かたちです。どちらも危あやうい“ゲーム”を展開てんかいし、一いち歩ほ間違まちがえれば市場しじょうに大だい混乱こんらんを引き起ひきおこすおそれがあります。このゲームの行方ゆくえは？（アメリカ総局そうきょく記者きしゃ江崎えざき大輔だいすけ）

次つぎなる標的ひょうてきとなった3つの銀行ぎんこう

1匹ひき目めのヘビであるヘッジファンドなどの投機とうき筋すじは3月つきのシリコンバレーバンクの経営けいえい破綻はたんをきっかけに起おきた金融きんゆう不安ふあんのさなか、次つぎを狙ねらっているといわれています。

今いま、標的ひょうてきにされかけているのは3つの銀行ぎんこうで、いずれも5月つき初旬しょじゅんに株価かぶかが一時いちじ、急落きゅうらくしました。

▽5月つき2日にち:27％下落げらく 4日にち:50％下落げらく

▽5月つき2日にち:15％下落げらく 4日にち:38％下落げらく

▽5月つき2日にち:7％下落げらく 4日にち:33％下落げらく

保護ほごされない預金よきんの多おおい銀行ぎんこうが狙ねらわれた

これらの銀行ぎんこうが狙ねらわれた要因よういんの1つと見みられているのが、預金よきんに占しめる保護ほごされない預金よきんの割合わりあいです。

アメリカの預金よきん保護ほご制度せいどでは銀行ぎんこうが破綻はたんした際さいに保護ほごされるのは1口座こうざ当あたり25万まんドルまでとなっています。

5月つき1日にちに経営けいえい破綻はたんした「ファースト・リパブリック・バンク」は2022年ねん末まつ時点じてんで25万まんドル以上いじょうの保護ほごされない預金よきんの割合わりあいが推定すいていでおよそ67％と大おおきかったことが狙い撃ねらいうちされて預金よきんが流出りゅうしゅつし、破綻はたんにつながりました。

3つの銀行ぎんこうも、保護ほごされない預金よきんの割合わりあいが

▽パシフィック・ウエスタン・バンクとウエスタン・アライアンス・バンクは2022年ねん末まつ時点じてんで50％を超こえ、

▽ファースト・ホライゾン・バンクも2023年ねん3月末げつまつ時点じてんで45％となっていました。

マネーゲームが金融きんゆう不安ふあんを助長じょちょうする

それにしてもなぜここまで株価かぶかが下さがるのでしょうか。

ウォール街うぉ-るがいでささやかれているのが投機とうき筋すじによる「空売からうり」と呼よばれる手法しゅほうです。「空売からうり」とは、実際じっさいには株式かぶしきを持もたない投資とうし家かが証券しょうけん会社かいしゃなどから株式かぶしきを借かりて売うり注文ちゅうもんを出だす取り引とりひきです。

株価かぶかが値下ねさがりする局面きょくめんで利益りえきを上あげることができ、市場しじょうの混乱こんらんを助長じょちょうするとも指摘してきされ、2008年ねんのリーマンショックの時ときにも問題もんだい視しされました。

アメリカの有力ゆうりょく紙し、ウォール・ストリート・ジャーナルは9日にち、ウォール街うぉ-るがいで再ふたたび空売からうりが流行りゅうこうとなっているとする記事きじを掲載けいさいしました。

ヘッジファンドなどから見みれば、価格かかくの下落げらくが見込みこめる銀行ぎんこうは空売からうりの格好かっこうの標的ひょうてきで、借かりられるだけ株かぶを借かりて空売からうりをしかけて利益りえきを上あげる絶好ぜっこうのチャンスだったわけです。

しかし、これは危あやうい“マネーゲーム”です。株価かぶかが急落きゅうらくした銀行ぎんこうの顧客こきゃくがパニックになって預金よきんを引き出ひきだせば、銀行ぎんこうの経営けいえい破綻はたんにつながり、金融きんゆう不安ふあんがさらに深刻しんこく化かするからです。

実際じっさいにパシフィック・ウエスタン・バンクは株価かぶかが急落きゅうらくした今月こんげつ5日にちまでの1週間しゅうかんで預金よきんのおよそ9.5％が流出りゅうしゅつしたことが11日にち、明あきらかになり、ほかの銀行ぎんこうの預金よきん流出りゅうしゅつにも懸念けねんが広ひろがりました。

ウォール街うぉ-るがいでアメリカの銀行ぎんこう業界ぎょうかいを分析ぶんせきする証券しょうけん会社かいしゃのアナリストは、次つぎのように警鐘けいしょうを鳴ならします。

ウェドブッシュ証券しょうけん銀行ぎんこう業界ぎょうかいアナリストデビッド・シェビリーニ氏し

「銀行ぎんこう業ぎょうというのは信用しんようのゲームだ。信用しんようの危機ききが起おきたときには、現実げんじつのビジネスの土台どだいに影響えいきょうを及およぼしかねないのだ。市場しじょうはいま最もっとも弱よわい銀行ぎんこうに圧力あつりょくをかけている。市場しじょうにパニックが起おこり、株価かぶかが下落げらく方向ほうこうに変動へんどうを見みせれば、一部いちぶの預金よきん者しゃを不安ふあんにさせ、さらなる預金よきん流出りゅうしゅつにつながりうるだろう」

政治せいじの“ゲーム” アメリカの債務さいむ上限じょうげん問題もんだい

金融きんゆう市場しじょうを震え上ふるえあがらせているもう1匹ひきのヘビはバイデン大統領だいとうりょう含ふくむワシントンの政治せいじ家かたちです。

アメリカの債務さいむ上限じょうげん問題もんだいをなかば“政治せいじゲーム化か”させて与野党よやとうで対立たいりつを続つづけています。

アメリカでは政府せいふが借金しゃっきんできる上限じょうげんが決きめられていて、引き上ひきあげるためには議会ぎかいの承認しょうにんが必要ひつようです。ところが財政ざいせい規律きりつをめぐる考え方かんがえかたは民主党みんしゅとうと共和党きょうわとうで異ことなっているため、たびたび政治せいじ対立たいりつの道具どうぐとなってしまっています。

野党やとう共和党きょうわとうのマッカーシー下院かいん議長ぎちょうらと会談かいだんするバイデン大統領だいとうりょう

2011年ねんには債務さいむ上限じょうげん問題もんだいをきっかけにデフォルト＝債務さいむ不ふ履行りこうへの懸念けねんから株価かぶかが大おおきく下落げらく。財政ざいせいへの不信ふしんからアメリカ国債こくさいが史上しじょう初はじめて格下かくさげとなり、外国がいこく為替かわせ市場しじょうではドルが売うられ急激きゅうげきな円えん高だかが進すすむなど、金融きんゆう市場しじょうが混乱こんらんに陥おちいりました。

格付かくづけ会社かいしゃムーディーズ傘下さんかの経済けいざい調査ちょうさ会社かいしゃは仮かりにアメリカ国債こくさいがデフォルトになればGDP＝国内こくない総そう生産せいさんはピークから4％近ちかく落ち込おちこみ、600万まん人にん近ちかい雇用こようが失うしなわれると予測よそくしています。

「空売からうり」と債務さいむ上限じょうげんをめぐる「政治せいじ闘争とうそう」という2つのゲームがいかに危あやういものか。どちらも日本にっぽんで暮くらす私わたしたちの生活せいかつや資産しさんと決けっして無縁むえんではありません。

ヘビは恐おそろしい印象いんしょうがありますが、一方いっぽうで古来こらい、脱皮だっぴすることから復活ふっかつと再生さいせいを連想れんそうさせ、幸運こううんの象徴しょうちょうとも言いわれています。

2匹ひきのヘビが果はたして金融きんゆう市場しじょうにとって幸運こううんをもたらす存在そんざいに変かわるのかどうか。私わたし自身じしんは懐疑かいぎ的てきに見みつつも、市場しじょうの安定あんていと「復活ふっかつ」を願ねがっています。

注目ちゅうもく予定よてい

16日にちに発表はっぴょうされるアメリカの小売こうり売上うりあげ高だかで、個人こじん消費しょうひがどれぐらい強つよいか、市場しじょうの関心かんしんを集あつめそうです。

19日にちからはG7広島ひろしまサミットが始はじまります。コロナ後ごの世界せかい経済けいざいや金融きんゆう、それに気候きこう変動へんどう対策たいさくのほか、具体ぐたい的てきなルール作づくりが課題かだいとなるAIを含ふくめたデジタル化かの推進すいしんなどでどのような議論ぎろんが行おこなわれるか、注目ちゅうもくです。