毎年、各都道府県の持ち回りで開催され、去年、国体=国民体育大会から名称が変わった国民スポーツ大会をめぐっては、開催する自治体の負担が大きいなどの課題が指摘され、主催者の1つである日本スポーツ協会が有識者会議を設置して改革の方向性を検討してきました。
そして10日、東京 新宿区で3回目の会合が開かれ、今後の大会のあり方について提言案が取りまとめられました。
それによりますと「トップアスリートと地域スポーツの好循環」を大会理念とし、トップアスリートが参加しやすい環境を整えるため、自治体や競技団体とも調整して各競技の開催時期や期間を柔軟に設定することが望ましいとしています。
また、開催地の負担軽減策として、
▽競技施設の新設や改修を必要最低限にするとともに、
▽複数の都道府県での開催や、競技によっては特定の場所に固定化することで、施設整備の負担を軽減すること、
▽それに、現在は開会式などを除き原則無料の入場料を、徴収したり企業の協賛制度を見直したりして、新たな財源を確保することなども盛り込まれています。
さらに、都道府県対抗の方式については、都道府県の一体感を醸成し、競技力の向上も下支えする役割があるなどとして効果的だとする一方、総合成績の得点方法の見直しは必要であり、スポーツ振興への取り組みなど競技結果以外も得点化することが考えられるとしています。
そのうえで、具体的な検討は日本スポーツ協会と国、全国知事会の3者で妥協点を見いだす努力をしていくべきだとしました。
有識者会議は3月中にも正式な提言として日本スポーツ協会に提出する予定です。
国民スポーツ大会(旧国民体育大会)とは
国スポ=国民スポーツ大会は、各都道府県の持ち回りで毎年開催されていて、2023年の鹿児島大会までは国体=国民体育大会の名称で開かれてきました。
太平洋戦争のあと、国民にスポーツで勇気と希望を与えようと、1946年(昭和21年)から始まり、現在は大会の目的として、広く国民にスポーツを普及することや、国民の健康増進と体力の向上を図ること、地方のスポーツの推進と文化の発展に寄与することなどが定められていて、日本スポーツ協会、文部科学省、開催地の都道府県の3者の共催で行われています。
ことし、本大会が滋賀県で行われる第79回大会では、正式競技が本大会で37競技、冬の大会で3競技、特別競技が高校野球の1競技、そして公開競技が綱引きやゲートボールなど7競技実施される予定で、18歳以上の「成年の部」と、原則15歳以上18歳未満の「少年の部」が設けられています。
1948年の第3回大会から都道府県対抗の方式が採用されていて、競技成績などによってポイントが与えられ、合計のポイントで、男女の総合成績1位の都道府県には「天皇杯」が、女子の総合成績1位には「皇后杯」が授与されます。
毎年2万人を超える選手が参加し、開会式には天皇皇后両陛下が出席しておことばを述べられるなど、国内最大規模のスポーツ大会と位置づけられています。
見直しの議論の経緯
国民スポーツ大会の見直しの議論が進められるきっかけとなったのは、主催者の1つである都道府県側から、開催のための負担が大きいという声があがったことでした。
去年4月、全国知事会の会長を務める宮城県の村井知事が国スポについて、自治体の財政的な負担が大きいことなどをあげて、開催方法を見直すべきだという見解を示し「廃止もひとつの考え方」などと発言しました。
地方にとっては、大会の開催で運動施設や道路などのインフラが整備されるといったメリットがありましたが、経済が停滞し、少子高齢化が進むなか、地方財政が厳しくなっているという実情が背景にあります。
ほかの知事からも負担の軽減などを求める声があがり、日本スポーツ協会は有識者会議を設置して抜本的な改革へ向けた議論を進めることになりました。
この動きにあわせて、全国知事会は去年8月、大会の効率化や魅力向上などを図っていくための見直しの考え方をまとめました。
この中では9つのポイントがあげられ、
▽国スポがトップ選手も集まる“全国民的なスポーツの祭典”として注目されるよう意義を見直すことや、
▽宿泊や輸送手段の確保などを考慮して大会時期や期間の弾力化を図ること、
▽それに、式典・競技会開催費の2分の1以上を国と日本スポーツ協会で負担することなどを求めました。
そして去年9月、自治体の代表や元オリンピック選手、それに報道関係者などをメンバーとして有識者会議の初会合が開かれ、座長を務める日本商工会議所の小林健会頭が「国民スポーツ大会が将来どうあるべきか、タブーなしで活発な議論をしていきたい」と述べ、本格的な検討がスタートしました。
2回目の会合となった去年11月には、トップアスリートが出場しやすい大会の実現や、持ち回り開催を維持しつつ、一部競技の開催場所の固定化やブロック開催なども検討することなどを盛り込んだ、議論のたたき台が示され、競技団体向けの説明会なども開いて意見を集約してきました。
全国知事会代表の長野県知事 “知事会の提言 踏まえてもらった”
全国知事会の代表として有識者会議に出席してきた長野県の阿部知事は、会合のあと報道陣の取材に対し「施設基準の弾力化や開・閉会式の簡素化など、知事会として提言した方向性は一定程度、踏まえてもらったと思う。これから具体化をしていくにあたっては、いくつかの課題もあると思うので、都道府県も主催者の一員として真摯(しんし)に向き合っていきたい」と話しました。
一方で「開催経費の部分で国と日本スポーツ協会に2分の1以上を負担してほしいということについては、具体的な方向性は出されていないので、しっかり協議をしていきたい。また、多くの知事から都道府県対抗の総合成績をどのような形にするか意見があったので、この点についても今後の検討課題だと思っている」と述べ、引き続き、費用負担や大会のあり方について議論が必要だという考えを示しました。
今後の国スポの候補地 見直しの時期はいつに
47都道府県の持ち回りで行われている国民スポーツ大会は、現在2巡目の後半に入っていて、毎年秋に開催されている本大会は、ことしが滋賀県、来年2026年が青森県、再来年2027年が宮崎県、3年後の2028年は長野県で開かれる計画となっています。
そして10年後の2035年には、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で2021年の開催が中止となっていた三重県で開かれる予定で、これで2巡目の開催がすべて終了します。
今回の有識者会議では、基本的に3巡目以降に向けた議論をしてきましたが、提言案では大会の見直しの時期について、実現可能なものは3巡目が始まる2036年の大会を待たずに前倒しで対応していくべきだとしていて、今後の大会でどのような改革が進められるかも注目されます。
出場経験あるアスリートの声 スポーツクライミング 楢崎智亜選手
スポーツクライミングで、オリンピックに東京・パリと2大会連続で出場した楢崎智亜選手は、国民スポーツ大会について「少年の部で中学生から毎年出ていたが、高校を卒業しワールドカップに参戦するようになってからは、大会の兼ね合いで、毎年出られるような状況ではなくなっている」と日程面での出場の難しさを明かしました。
スポーツクライミングは、各種目のワールドカップが例年4月から9月ごろまで世界各地を転戦して行われ、10月には大陸別の選手権などが開催されることもあり、日本代表に選ばれると1年の半分ほどの期間を海外遠征に費やしているのが実情で「大会とずれるオフの期間の開催であれば、日本代表の選手も参戦しやすくなると思う」と話しました。
一方で楢崎選手は、2022年に地元の栃木県で行われた当時の国体に出場したことを振り返り「体験イベントやトークショーを通じて、僕たちスポーツ選手と地元の子どもたちや応援してくれている人と触れ合う機会が増え、競技の魅力を知ってもらうこともできたので、そこはとてもよかった」と大会の意義を語りました。
都道府県対抗で競うことについては「地域と密接にある大会だと思うので、地元で若手育成の指導をしながら大会に出るとか、その地域の企業と協力して何かができるとか、そういう機会が増えていくと、もっといろんな選手が国スポに興味を持ってくれるだろう」とプラス面を指摘しました。
そのうえで、国民スポーツ大会にトップアスリートが出やすい環境をつくろうという動きについて「日本代表選手の役割としては、国スポに出ることで大会を盛り上げたり、次の世代にバトンをつなげたりしていくことだ。トップ選手が出れば、ほかの選手も『自分も』となると思うので、いい影響が徐々に出ていったらいいと思う」と話していました。
出場経験あるアスリートの声 柔道 ウルフ アロン選手
東京オリンピックの柔道男子100キロ級の金メダリストで、混合団体ではパリ大会まで2大会連続で銀メダルを獲得したウルフ アロン選手は、去年、佐賀県で行われた国民スポーツ大会に、関係者からの要請を受けて、ゆかりのない佐賀県代表として出場し、大きな注目を集めました。
ウルフ選手は「地域の活性化という部分で、とても大きな価値がある大会だなと思う。去年の佐賀大会で、ほとんど地元の人たちだけで観客席が埋まり、声援の中で試合ができたことは、すごく力になったし、地域の方がたくさん来てくれる大会だなと、出場してみて感じた」と意義を語りました。
そして、トップアスリートが出場しやすい環境づくりを進めようという動きについて「環境をつくっていただけるのはありがたいなと思うが、出るからにはしっかりと結果を残す準備をするのが、僕たちの使命だ。ただ出るだけの大会になるのはよくないと思うので、その点で合致していくことが大事だと思う」と受け止めを語りました。
そのうえで「アスリートとしては『この大会に出たい』と思って大会に出るので、国スポがどういう大会なのかをいかに発信していくのかが重要だ。“出たい大会”だと思ってもらうため価値を広めていくことが大事になると思う」と話し、国民スポーツ大会にあわせてスポーツの魅力や楽しさを伝える子どもや地域向けのイベントなどを積極的に開催していくべきだと提案しました。
出場経験あるアスリートの声 競泳 大橋悠依さん
2021年の東京オリンピックで競泳女子200メートルと400メートルの個人メドレーで金メダルを獲得した大橋悠依さんは、パリオリンピック後に行われた去年9月の佐賀県での国民スポーツ大会を、現役最後のレースに選びました。
大橋さんは「地元のために泳ぐとか、地元の皆さんに見ていただくうれしさを感じるのが国スポだった。滋賀大会でも、すべての競技、すべての地域で住民を巻き込んで盛り上げたいし、それを経てスポーツに取り組んでもらうことがすごく大事だと思う。応援する側だった人が趣味で競技を楽しむようになってくれるようになれば、国スポとして成功になると思う」と、国民スポーツ大会がスポーツに触れるきっかけになればという思いを語りました。
そして、トップアスリートの参加について、大橋さんは「地域に貢献することは大事だし、未来を背負う選手たちと交流をして、教えたり、逆に学んだりという機会になっている。トップ選手が国スポに出場することは必要だと思っている」と話しました。
その一方で「競泳だと東京や埼玉、神奈川や大阪など、勝つチームが決まってしまっている面もある。滋賀県代表でも成年女子の部でリレーが組めないということもあったので、その改善ができたら、勝負がもっと面白くなるのかなと思う」と都道府県対抗方式の課題も指摘しました。
専門家「根本的な部分が議論されていない」
(一橋大学 坂上康博名誉教授)
国民スポーツ大会の改革に向けた有識者会議の議論について、スポーツ史が専門で一橋大学の坂上康博名誉教授は「いちばん感じることは、根本的な部分が議論されていないということだ。もともとは国民の体力や健康増進を奨励する目的で天皇杯が授与されることになったわけであり、本来の目的である“国民のため”というところを基準にして考えるべきだ」と指摘しました。
トップアスリートが参加しやすい大会を目指すとしたことについては「各競技で全国大会や年代別の大会があり、国スポがトップ選手が出る必要がない大会になっていることは事実で、そこに魅力や価値をおくことは難しい。さらに選手側も負担が増え、都道府県側もトップ選手の日程に合わせて国スポを開催するというのは本末転倒だ」と話しました。
また、負担のあり方についても「そもそも経費が膨大であり、参加人数が2万人を超えるというのは、毎年オリンピックを開催してるようなもので、規模が大きすぎる。さらに、都道府県がほとんどの経費を出さないといけないというところにメスを入れるべきだ」と指摘しています。
そして、都道府県対抗で競技成績を競うことが、本来、国やスポーツ団体が担うべき選手強化費を都道府県に肩代わりさせることにつながっているとしたうえで「現状の国スポは競技力向上が優先になってしまって、そのほかの健康増進やスポーツの底辺拡大は付随的で『おまけ』的なものになってしまっている。これをひっくり返すべきだ」と、大会本来の趣旨に立ち返るべきだと語りました。
そのうえで「都道府県対抗が悪いわけではなく、何を競争するかだ。健康寿命の数値や、スポーツの新たな底辺拡大のアイデアなども競えれば、大会の趣旨に基づくだけでなく、高齢化社会や医療費圧迫という今、この国が求めている課題にも対応できる。中途半端に国スポを競技力向上に利用することはやめ、切り離して考えていくべきだ」と話し、より踏み込んで大会のあり方を検討すべきだという考えを示しました。