2審の名古屋高等裁判所では、検察が、娘は心理的・精神的に抵抗できない状態だったとして有罪とするよう求めた一方、被告の弁護士は改めて無罪を主張していました。
12日の判決で名古屋高等裁判所は、1審の無罪判決を取り消し、検察の求刑どおり、父親に懲役10年を言い渡しました。
この裁判をめぐっては、性暴力の被害者たちが、1審の無罪判決を受け、被害の実態が理解されていないとして各地で抗議のデモを行うなど波紋が広がり、2審の判断が注目されていました。
有罪には2つの要件
日本の刑事裁判では、性行為を犯罪として処罰するには
▽「相手が同意していないこと」だけでなく、
▽「抵抗できない状態につけ込んだこと」が立証されなければなりません。
刑罰を科す対象が広がりすぎないようにするため特に悪質なケースを処罰するという趣旨で、
▽暴行や脅迫を加えたり
▽正常な判断ができない状況を利用したりして、
抵抗できない状態の相手に性行為をした場合に罪に問われます。
抵抗できない状態だったかどうかについては、「物理的・身体的」な原因があった場合だけでなく、
▽被害者が恐怖のあまり逆らえなかったり
▽拒否できないような立場や状況だったりするような「心理的・精神的」な
原因があった場合も含むとされています。
1審が無罪とした理由
1審はなぜ無罪としたのか。
去年3月の判決で名古屋地方裁判所岡崎支部の鵜飼祐充裁判長は有罪の要件の1つ目の「娘が同意していなかった」ことについては認め、「極めて受け入れがたい性的虐待だった」としました。
また、父親は、娘が中学2年生の頃から性行為を繰り返し拒んだら暴力を振るうなど、父親という立場を利用して性的虐待を続けていたことも認め、「娘は抵抗する意思を奪われ継続的な性的虐待で精神的にも支配されていた」と指摘しました。
一方で、要件の2つ目の「抵抗できない状態につけ込んだ」とは認定せず、「拒否しようと思えばできる心理状態だったのに拒否しなかった」と判断しました。
その理由について1審は、娘が
▽過去に抵抗して拒んだことがあったことや、
▽一時、弟らに相談して性的暴行を受けないような対策をしていたこと、
▽アルバイト収入があり家を出て1人で暮らすことも検討していたことなどに触れ、
「人格を完全に支配され服従せざるをえない状態だったとは認めがたい」としました。
そして、「恐怖心から抵抗できなかった場合」や「行為に応じるほか選択肢がないと思い込まされていた場合」などと異なり、著しく抵抗できない状態には至っていなかったとして無罪を言い渡しました。
無罪判決に広がった波紋
去年、性暴力をめぐって無罪判決が相次いだことを受け、被害者や支援者は「被害の実態が理解されていない」として各地で抗議のデモを始めました。
被害者に寄り添う気持ちを花で表現しようと「フラワーデモ」と名付けられ、偏見や二次被害を恐れて沈黙してきた被害者が、みずから声を上げる場にもなりました。
去年4月に東京と大阪で始まったデモは、その後、開催場所や人数を増やしながら毎月行われ、1年足らずで、延べ1万人以上が参加しました。
また、一連の無罪判決は、性暴力の被害者などが有罪の要件の撤廃などを求める動きにもつながりました。
去年5月、性暴力の被害者などでつくる団体は、「被害者が抵抗できたように思えるような状況でも、抵抗できない場合があることは心理学的に証明されている」として、法務省に対し、刑法の要件の見直しを求めました。
最高裁判所に対しては、「被害者が抵抗できなかったかどうかの認定にばらつきがある」として、被害者の心理について裁判官に研修を行うよう求めました。
判決前に性暴力根絶訴え
2審の判決を前に、名古屋高等裁判所の前には、性暴力の被害の実態を反映した判決を求めようと、被害者や支援者およそ30人が花を手に集まり、「性暴力は許さない」などと書いたパネルを掲げ、被害の根絶を訴えました。
新型ウイルス感染拡大予防で傍聴席に制限
名古屋高等裁判所は、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、12日の判決で、傍聴席の数を制限する対応をとりました。
12日の法廷の傍聴席は96ありますが、報道機関向けなどを除く83席について、傍聴者が隣り合わないよう、間に2席ずつ空席を設けることとし、一般の席数は23となりました。
裁判所によりますと、23席に対し207人が並び、抽せんの倍率は9倍だったということです。