昔、
日本では1
月7
日、3
月3
日、5
月5
日、7
月7
日、9
月9
日を「
節句」と
言って、お
祝いいをしました。
在過去的日本,1月7日、3月3日、5月5日、7月7日和9月9日被稱為「節供」,人們會舉行慶祝活動。
ある村では、節句の前にみんなで道の草を切ったり、橋を直したりしました。
在某個村莊,大家在祭典的前一天一起割除路邊的雜草,並修理了橋樑。
そして、
次の
日にみんなでお
祝いいをしました。
この
村に、ヘソ
曲がりな
若者がいました。
彼は村の行事やお祝いいに全く参加しませんでした。
ある年の5月5日、「牛の節句」の日、村の人たちは牛を休ませてお祝いいをしました。
某一年的5月5日,「牛祭之日」,村裡的人們會讓牛休息,並舉行慶典。
しかし、若者は牛を連れて自分の田んぼに行き、牛に田んぼを耕させました。
村の人が注意しても、若者は「自分のしたいことをする」と言いました。
即使村裡的人們再三勸告,年輕人依然堅持說:「我要做自己想做的事。」
その時、田んぼから急に水が出てきて、若者と牛は田んぼに沈んでしまいました。
就在那時,稻田裡的水突然溢出,年輕人和牛都沉入了稻田裡。
村の
人たちはびっくりしましたが、
若者の
父は「これで
分かるだろう」と
助けませんでした。
村裡的人們都感到非常驚訝,但年輕人的父親卻說:「這樣做一定能明白吧」,並沒有出手相助。
牛は自分で泥水から出てきて、しっぽに若者がつかまっていました。
この出来事のあと、若者の田んぼは使えなくなりました。
若者は他の人の田んぼを手伝って生活するようになりました。
そして、もうヘソ曲がりなことをやめて、村の行事にも参加し、みんなと仲良くなりました。
自從那以後,他就不再固執,開始參加村裡的活動,並且和大家變得親近了。