父ちちの右手みぎては固かたく握にぎりしめられていた【被災ひさい地ちの声こえ】

連絡れんらくが来きたのは、2日にち後ごの朝あさでした。

倒たおれていたのは輪島わじま市しの実家じっかの玄関げんかん先さき。その右手みぎては固かたく握にぎりしめられていました。

家いえに電気でんきは通とおらず、家具かぐはひっくり返ひっくりかえったまま。

“寒さむくてずっと、本当ほんとうに寒さむかったんやろうな”

男性だんせいが、亡なき父ちちのことを話はなしてくれました。

“昭和しょうわの頑固がんこおやじ”

話はなしを聞きかせてくれたのは、金沢かなざわ市しに住すむ場ば崎さき博之ひろゆき（ばさき・ひろゆき）さんです。

父親ちちおやの場ば崎さき鷹峰たかがみね（ようほう）さん（90）は、輪島わじま市内しないで1人にんで暮くらしていました。

輪島わじまで生うまれ育そだった父ちち・鷹峰たかがみねさん。

若わかい頃ころから左官さかん業ぎょうをしていました。

博之ひろゆきさん

「昔むかしから職人しょくにんだったんですけど、ほんとに頑固がんこで、厳きびしくて、よくけんかもしました。90になって60の息子むすことけんかするほどで、“昭和しょうわの頑固がんこおやじ”でしたね。私わたしも気きが短みじかいと言いわれますが、やっぱり親子おやこですかね」

仕事しごとを引退いんたいしてからは、自分じぶんたちが食たべる分ぶんの田たんぼをつくり、毎年まいとし秋あきにお米こめを収穫しゅうかくすることが喜よろこびだったといいます。

お風呂ふろに、お酒さけ、旅行りょこう好すき。

年とし1回かいは家族かぞくで温泉おんせん旅行りょこうにも行いきました。

年としを重かさねると、重じゅう労働ろうどうもこたえるようになり、田たんぼもやめて家いえにいることが多おおくなりました。

去年きょねん、妻つまが亡なくなって独り暮ひとりぐらしに。

週しゅう2回かいデイサービスに通かようほか、長男ちょうなんの博之ひろゆきさんが週しゅうに1回かいくらい様子ようすを見みに帰かえっていたといいます。

「父親ちちおやも輪島わじまの実家じっかがほんと好すきで、金沢かなざわにも遊あそびに来きたことがありますけれど、やっぱり家いえの方ほうがいいって言いって高齢こうれいですけど、一人暮ひとりぐらししてたんです。やっぱり輪島わじまで育そだった父親ちちおやですから、そこから離はなれたくないという気持きもちがあったんじゃないかなと思おもいます」

最後さいごだなんて思おもわず…

去年きょねんの12月つき29日にち。

博之ひろゆきさんは実家じっかに泊とまり、父ちち・鷹峰たかがみねさんと近ちかくの温泉おんせんに入はいりに行いって一緒いっしょに夜よるごはんを食たべました。

「父親ちちおやはお風呂ふろが好すきなので一緒いっしょに風呂ふろ入はいって、私わたしが鍋なべ作つくりまして、いつもあたたかいもの、鍋なべとか食たべるんですけど、そのときは食欲しょくよくがないって言いって食たべなかったのは覚おぼえています。

そのときは最後さいごだなんて思おもっていないです。いまから思おもえば、もうちょっと何なにかしてあげたかったなと」

年としが明あけた元日がんじつ、博之ひろゆきさんは金沢かなざわ市しで用事ようじがあり、実家じっかに帰かえることはできていませんでした。

地震じしんが起おきたのはそんな時ときでした。

父親ちちおやに連絡れんらくするも、通つうじません。

夜明よあけを待まって金沢かなざわを出でて輪島わじまを目指めざしますが、道路どうろが通とおれません。

途中とちゅうで迂回うかいしたものの、その先さきは通行止つうこうどめ。

やむなく金沢かなざわに引き返ひきかえしました。

心配しんぱいでしたが、実家じっかの近所きんじょの人ひとから「鷹峰たかがみねさんは避難ひなん所しょにいるという情報じょうほうがある」と聞きいて、安心あんしんしていました。

しかし、翌よく3日にちの朝あさ、近所きんじょの同級生どうきゅうせいから連絡れんらくが。

「お父おとうさんが、玄関げんかん先さきで倒たおれていた」

固かたく握にぎられた右手みぎて

博之ひろゆきさんはすぐに輪島わじまに向むかいました。

やはり道路どうろ状況じょうきょうは悪わるく、到着とうちゃくできたのは午後ごご5時じ頃ごろ、およそ12時間じかんもかかりました。

集落しゅうらくはひどい被害ひがいを受うけていました。

実家じっかもぐちゃぐちゃでした。

ガラスが散乱さんらん。

タンスや冷蔵庫れいぞうこがひっくりかえり、電気でんきも通つうじていませんでした。

父ちち・鷹峰たかがみねさんが倒たおれていたのは、その玄関げんかん先さきだったといいます。

「玄関げんかんで倒たおれていたので、少すこしでも逃にげようとしたのかなと思おもいます」

ようやく対面たいめんしたのは車庫しゃこでのことでした。

ブルーシートを敷しいて、仮設かせつの安置あんち所しょになっていたといいます。

「顔かおを確認かくにんしました。足あしをけがしていたみたいですけれど、そのほかは普通ふつうで。手てを握にぎりしめていたのが印象いんしょうに残のこっています。右手みぎてを握にぎったままで固かたく握にぎっていました。寒さむくてずっと、本当ほんとう寒さむかったんやろうなと。いま思おもえば、かわいそうなことをしたなと思おもいます。電気でんきも通とおっていない状況じょうきょうで、暗くらくて、しばらくの時間じかんでしたけれど」

警察けいさつの検視けんしの結果けっか、鷹峰たかがみねさんは「低てい体温たいおん症しょう」と確認かくにんされたということです。

母ははのそばで

「2日にちになんとしても輪島わじまに行いっていれば、もうちょっと違ちがった状況じょうきょうになっていたのかなと…」

情報じょうほうが錯綜さくそうした地震じしん直後ちょくご。

博之ひろゆきさんは“心残こころのこり”を口くちにします。

亡なくなったあとで、父ちち・鷹峰たかがみねさんのことを色々いろいろと思い出おもいだすといいます。

孫まごやひ孫ひまごが実家じっかに遊あそびに行いくと「ようきたな」とかわいがっていたこと。

6月つきの最初さいしょの土曜どよう日びは輪島わじまで花火はなび大会たいかいがあって、一緒いっしょに晩ばんごはんを食たべたこと。

「“親孝行おやこうこうしたいとき親おやはいない”ってよく言いいますけど、本当ほんとうにそのとおりです。亡なくなって初はじめて、ああしてあげればよかったなと、自分じぶんの身みになって考かんがえて見みればそう思おもいます。なるべく実家じっか帰かえって顔かお見みせるだけで良よいんですね」

発はつ災わざわいから10日にち後ご。鷹たか峰ほうさんの火葬かそうを行おこないました。

博之ひろゆきさんは、今いまも抱かかえたままのやるせない気持きもちを話はなしてくれました。

「どこにも怒いかりをぶつけられないんですけれど、被害ひがいを受うけた方ほうは一様いちようにそのような気持きもちを持もっていると思おもいますよ。

去年きょねんちょうど母親ははおやが亡なくなりまして、お墓はかに骨ほねを入いれてそれから数すうか月かげつだったので、母親ははおやのそばにいたかったんかなと思おもいます。そういうことで、心こころの整理せいりをつけている状況じょうきょうです。母親ははおやのそばにいってゆっくり休やすんで下くださいと、それしか今いまは言いえないです」

被災ひさいされた方ほうや支援しえんに当あたる方々かたがたなど「被災ひさい地ちの声こえ」をまとめた記事きじはこちらです。