日本新聞: 大人になると虫苦手になるのなんでなん？

セミが鳴なく中なか、昆虫こんちゅう採集さいしゅうを楽たのしむ子こどもたち。

本格ほんかく的てきな夏なつがやってきました。

ところでみなさん、虫むしさわれますか？

私わたしは苦手にがてです。

小学生しょうがくせいの頃ころは、大好だいすきだったのに。

「なんで苦手にがてになったんやろか…」

理由りゆうを探さぐると、私わたしたちの生活せいかつを脅おびやかしかねない深ふかい問題もんだいが明あきらかに。

「虫むし」だけに「無視むし」できない話はなしです。

（大阪おおさか放送ほうそう局きょくなんでなん取材しゅざい班はん宗像むねかた玄げん徳とく野の阪ばん綾あや音おん）

昔むかしはワクワクしたのに

大阪おおさか・岸和田きしわだ市しで開ひらかれた昆虫こんちゅう採集さいしゅうのイベント。

子こどもたちの手てには虫むし取とり網もう、首くびには虫むしかご。

目めを輝かがやかせてチョウやトンボに駆け寄かけよっていきます。

（小学しょうがく3年生ねんせいの女の子おんなのこ）

「バッタを捕つかまえました！好すきな昆虫こんちゅうはカマキリ。鎌かまが鋭するどいところがかっこいい！」

ああ、キラキラしている。

よみがえる夏休なつやすみの記憶きおく。

昔むかしは自分じぶんもこうだったなあ…。

大人おとなになると…

次つぎに訪おとずれたのは、奈良なら県けん橿原かしはら市しの昆虫こんちゅう館かん。

温室おんしつで「オオゴマダラ」などの珍めずらしいチョウが、およそ1000匹ひき自由じゆうに飛び交とびかっています。

子こどもの歓声かんせいとともに聞きこえてきたのは…

「キャー！」

大人おとなの悲鳴ひめいでした。

チョウが舞まう優雅ゆうがな世界せかいで、逃げ惑にげまどっていたお母おかあさんに聞ききました。

（お母おかあさん　28歳さい）

「子こどもの時ときはめっちゃトンボ捕つかまえてました。中学ちゅうがく生せいくらいからやらなくなったかな。久ひさしぶりに近ちかくで見みたら、無理むりでした…」

別べつの親子おやこ連づれのお父おとうさんにも聞きいてみました。

（別べつの家族かぞくのお父おとうさん　37歳さい）

「昆虫こんちゅうは苦手にがてですね。大人おとなになるとさわる機会きかいがなくなったので。子こどもが昆虫こんちゅう採集さいしゅうに行いきたがったら、頑張がんばります（苦笑くしょう）」

私わたしだけではなく、「子こどもの時ときは昆虫こんちゅうさわれたんやけど…」の声こえ。

昆虫こんちゅう採集さいしゅうをしなくなったから？

年齢ねんれいを重かさねたから？

謎なぞは深ふかまるばかりです。

親おやが苦手にがてを示しめしたらあかんで！

なぜ大人おとなになったら苦手にがてになるのか。

心理しんり学がくの専門せんもん家かに疑問ぎもんをぶつけてみました。

取材しゅざいしたのは近畿きんき大学だいがく産業さんぎょう理工学部りこうがくぶの大沼おおぬま卓也たくや准じゅん教授きょうじゅです。

「好すき」や「嫌きらい」という感情かんじょうについて研究けんきゅうしています。

大沼おおぬま准じゅん教授きょうじゅは2つの理由りゆうをあげてくれました。

◆理由りゆう1　〈都市とし化か〉

「近代きんだい化かや都市とし化かによって、防虫ぼうちゅうとか消しょう臭においとか、私わたしたちは汚よごれにすごく敏感びんかんになる生活せいかつスタイルに変化へんかしています。『ハチに刺さされた』のようなネガティブな経験けいけんがなくても、自然しぜんと切り離きりはなされた空間くうかんにいる私わたしたちにとって、『昆虫こんちゅう』を汚よごれのようなものと認識にんしきし、だんだんさわれなくなっていったのではと考かんがえます」

◆理由りゆう2　〈苦手にがての連鎖れんさ〉

「『観察かんさつ学習がくしゅう』と呼よびますが、親おやや友人ゆうじんなどが『嫌きらいだ』『苦手にがてだ』という態度たいどや行動こうどうを見みせ、それを目の当まのあたりにすることで、『これはよくないものだ』と学習がくしゅうします。昆虫こんちゅうが苦手にがてになった子こどもが親おやになって、自分じぶんの子こどもに知しらず知しらずのうちに『苦手にがて』を植え付うえつける。まさしく連鎖れんさが生うまれているのです」

“虫むしに無む関心かんしん” 私わたしたちへの影響えいきょう

そうは言いっても、苦手にがてなものはやっぱり苦手にがて。

なるべく関かかわらずに暮くらしたい…。

しかし、今いま、多おおくの野生やせい動物どうぶつと同様どうように、昆虫こんちゅうもその数かずを急激きゅうげきに減へらしています。虫むしへの無む関心かんしんが広ひろがっていることが、生態せいたい系けいに大おおきな影響えいきょうを与あたえているという指摘してきもあります。

千葉ちば大学だいがく園芸えんげい学部がくぶの深野ふかの祐也ゆうや准じゅん教授きょうじゅはこう言いいます。

「いま世界せかい的てきに昆虫こんちゅうが減へっている理由りゆうのひとつが『無む関心かんしん』なんです。希少きしょうな動物どうぶつを保全ほぜんする、と言いわれてパッと思おもいつくのはパンダとか、かわいかったり、かっこよかったりする動物どうぶつたちですよね」

「しかし地球ちきゅう上じょうの生き物いきものの大だい部分ぶぶんは虫むしです。生き物いきものの多様たよう性せいの8割わり以上いじょうを虫むしが占しめています。ただ、嫌きらわれる生き物いきものにはお金おかねは充あてられないし、保全ほぜんはされません。私わたしたちの感情かんじょうで生き物いきものの運命うんめいを決きめてしまっているのです」

さらに、昆虫こんちゅうの減少げんしょうは私わたしたちの暮くらしを脅おびやかすことにつながると、警鐘けいしょうを鳴ならします。

（深野ふかの准じゅん教授きょうじゅ）

「生態せいたい系けいの中なかで、昆虫こんちゅうが担になう役割やくわりのうち大おおきなものは植物しょくぶつの受粉じゅふんです。野菜やさいや果物くだものの受粉じゅふんには、ミツバチだけではなくてハエやアリ、チョウなど野生やせいの昆虫こんちゅうも関かかわっています。こういった昆虫こんちゅうがいなくなると、農作物のうさくもつのコストがあがったり、生産せいさんできなくなったりします」

“虫むしが苦手にがて” 子こどもにも

「ぜひ昆虫こんちゅうに関心かんしんを持もってほしい！」

そう呼よびかけ続つづけているのが、冒頭ぼうとうで紹介しょうかいした奈良なら県けん橿原かしはら市しの昆虫こんちゅう館かん。

館長かんちょうを務つとめていた木村きむら史明ふみあきさんは子こどものころからセミ取とりや標本ひょうほん作づくりに明け暮あけくれ、学生がくせい時代じだいは専門せんもん的てきに昆虫こんちゅうを学まなびました。

30年ねん以上いじょう、昆虫こんちゅう館かんに携たずさわり続つづける、まさに「昆虫こんちゅう人生じんせい」の木村きむらさんですが、最近さいきんはさみしい気持きもちになることが多おおいと言いいます。

チョウが舞まう温室おんしつに入にゅうろうとしない子こどもが増ふえてきたのです。

取材しゅざいした日ひも、入り口いりくちの前まえで「入はいりたくない」と立ち尽たちつくす子こどもが。

木村きむらさんは優やさしく声こえをかけましたが、逃にげられてしまいました。

（木村きむらさん）

「チョウがたくさんいることが怖こわいという子こが増ふえてきて、ショックなんです。チョウは人ひとに危害きがいを加くわえたりすることはないです。ふだんの暮くらしのなかで、昆虫こんちゅうとの関かかわりが完全かんぜんになくなっているんだろうなと思おもいます」

今いまの子こどもたちは図鑑ずかんやインターネットの情報じょうほうを通をとおして、昔むかしよりも昆虫こんちゅうへの知識ちしきは詳くわしいと感かんじているということです。

しかし、自然しぜんのなかで昆虫こんちゅうを見みる機会きかいが少すくなく、知識ちしきだけにとどまってしまっている子こが少すくなくないと言いいます。

何なにだと思おもう？さわってごらん

そこで、去年きょねんから木村きむらさんは子こどもたちの前まえで昆虫こんちゅうの魅力みりょくを語かたり始はじめることにしました。

珍めずらしい昆虫こんちゅうをかごから取り出とりだして実際じっさいに子こどもにさわってもらいます。

この日ひ子こどもたちに見みせたのは、マダガスカル島とうに生息せいそくする「マダガスカルオオゴキブリ」。

森もりに生息せいそくする世界せかい最大さいだい級きゅうのゴキブリで、体長たいちょうは8センチ近ちかくあります。

子こどもたちはおそるおそる手てを広ひろげます。

木村きむらさんは子こどもの手てに昆虫こんちゅうを乗のせて、体からだのつくりや特徴とくちょうを語かたりかけます。

（木村きむらさん）

「実じつはこれゴキブリ。けど、羽はねがないから飛とばないし、動うごきもゆっくり。

自然しぜんのなかにいるから汚きたなくないよ」

語かたり始はじめると、次々つぎつぎと子こどもたちが集あつまり始はじめます。

しだいに怖こわがらなくなっていきました。

（木村きむらさん）

「最初さいしょは尻込しりごみしていても、直接ちょくせつ会話かいわして興味きょうみを持もってもらうと昆虫こんちゅうを手てに乗のせるまでになる子こどもが多おおいです。昆虫こんちゅうは地球ちきゅうの代表だいひょう的てきな生き物いきものです。昆虫こんちゅうに興味きょうみを持もつことは、自然しぜんや環境かんきょうに目めを向むけることにつながります。昆虫こんちゅうを入り口いりくちに考かんがえるきっかけにしてほしいです」