27日は、石川県庁で出発式が開かれ、七尾市、志賀町、穴水町に派遣される、およそ80人のボランティアを前に、馳知事が「現地は想像を絶する状況で、被災された人々は先が見えずに途方に暮れている。皆さんの温かい思いとお手伝いに感謝したい」と激励しました。
そのあとボランティアはバスに乗り込んで、それぞれの場所に向かいました。
このうち志賀町の野球場の敷地に設けられた廃棄物置き場では、30人ほどのボランティアが、次々に持ち込まれてくる壊れた家具や割れたガラスなどを仕分ける作業にあたっていました。
東京から参加した救急救命士を目指しているという24歳の男性は「思い出の品なども見受けられるので胸が痛いです。真剣に作業に取り組みたいと思います」と話していました。
ボランティアは、現地での宿泊施設の不足などから、当面は金沢市内との間をバスで往復しながら活動するということです。
一方、珠洲市や輪島市など被害が甚大な自治体では、ボランティアの受け入れのめどが立たない状況が続いています。
輪島では ボランティア望むも受け入れできず
能登半島地震で大きな被害が出た石川県輪島市では、住宅の片づけなどが思うように進まず、被災した人たちからは、ボランティアの協力を望む声が聞かれます。
今も市内のほぼ全域で断水が続く輪島市では、道路状況が悪くインフラも復旧していないため、市外からのボランティアを受け入れていません。
輪島市河井町に住む65歳の夫と55歳の妻の夫婦は、1月1日の地震で津波の危険があるということで、一度は自宅を離れましたが、翌日の2日には自宅に戻りました。
1階は2人で片づけたということですが、2階の妻の寝室は、壁がはがれ落ち、書斎は大人の背丈ぐらいある棚が折り重なるように倒れて、書類や本が散乱したままになっています。
2人だけでは思うように片づけが進まず、妻は寝室ではなく、1階の居間で寝る生活が続いてます。
夫は「2人では運び出すことができないものが多く、散らかっているのを見ると、地震のことがフラッシュバックして落ち着きません。前に進むためにも、ボランティアと一緒に片づけをしたいです」と話していました。
また、妻は「自分たちのほかにも、このあたりにはもっと大きな被害を受けて、片づけに困っている人がたくさんいるので、ボランティアが来てくれたら、ありがたいです」と、ボランティアが来ることを望んでいました。