1960年、ともに聴覚障害があった2人はお見合いで出会い、まもなくして結婚。
およそ3か月がたったころ、喜美子さんの妊娠が分かりました。
そして、詳しい説明がないまま突然、中絶手術を受けさせられたと言います。 妊娠を知った寳二さんの母親が、喜美子さんの母親と相談して手術を受けさせていたのです。
「喜美子が家に帰ってきて、『どうしたんだ』と聞くと、『よくわからない』。お腹を見てみると、15センチほどの傷があった。『これは何だ?』と言っても、よく分からなかったんです。その後、母と会うと、『子どもを産んではいけない』と言われて、とても腹立たしく思いました。『何で産んではいけないんだ』と言っても、母は何も答えてくれませんでした。喜美子はただただ泣いていました」
詳しい理由がわかったきっかけは、2018年に宮城県の60代の女性が旧優生保護法のもとで不妊手術を受けさせられ子どもを産み育てる権利を奪われたとして、国に損害賠償を求める全国で初めての訴えを仙台地方裁判所に起こしたことでした。 喜美子さんは自分も被害を受けたのではないかと思い、専門の医師に調べてもらったところ、不妊手術を受けさせられたとみられることがわかりました。
当時、喜美子さんは、決意を述べていました。 小林喜美子さん 「裁判を通じて、社会が変わっていくことが大切です。訴えを起こした私たちだけの問題ではない。障害者全体の問題だとして、考えてもらえるように活動していきたい」 意見陳述では寳二さんも思い語りました。 寳二さん 「手術からおよそ60年が経ちましたが、悲しみは今も続いています。友人や知人に子どもがいるのを見ると、悲しくて、寂しくて、歯がゆい思いをします。こんな苦しみを与える差別は許せません」
小林さん夫婦は控訴し、2審で改めて、国の賠償責任を認めてほしいと求めていましたが、去年6月、喜美子さんは病気のため亡くなりました。
寳二さんの意見陳述 「妻とともに60年間、子どもを持てない悲しみと寂しさを抱えて過ごしてきたが、その妻も病気で亡くなり、深い悲しみに暮れている。裁判官の方、私の声は聞こえていますか。私の気持ちを理解して正しい判決をお願いします」 提訴からおよそ4年半が経ち、原告5人のうち、喜美子さんを含め2人が亡くなっています。 寳二さんも最近、体調を崩すことが増えているということで、一刻も早く、国は賠償責任を認めてほしいと願っています。
その上で、「国が、差別や偏見を助長し、原告らがこの法律に基づく手術であり、権利を違法に侵害するものだと認識するのを、著しく困難にする状況を作り出した。正義・公平の理念に著しく反する事情があり、賠償を求める権利が消滅する『除斥期間』の適用を制限すべきだ」などとして、1審の判決を変更し、国に対して小林さんら夫婦2組と女性1人に、それぞれ1650万円、あわせて4950万円を支払うよう命じました。 厚生労働省は「国の主張が認められなかったものと認識している。今後、判決の内容を精査し、関係省庁と協議したうえで適切に対応したい」とコメントしています。
「この日を待っていた。正しい判決を出していただいて本当にうれしい。これで気持ちが落ち着いた」 その上で、ともに裁判を起こし、去年6月に亡くなった妻の喜美子さんに結果を伝え、一緒に喜び合いたいと話していました。 また、同じく原告の1人で、先天性の脳性まひによる障害がある神戸市の鈴木由美さん(67)も喜びを語りました。
「いい判決で本当にうれしかった。私は普通に暮らしたいだけだったのに、障害があるから子どもが産めないようになった。体の傷は消えても、心の傷は消えない。国は早く謝罪して、悪かったと言ってほしい」
一連の裁判では、司法による救済を求める旧優生保護法の被害者たちに大きく立ちはだかってきたのが「時間の壁」です。 不法行為から20年が過ぎると賠償を求める権利が失われるという「除斥期間」を適用するかが争われてきました。 4年前、全国で初めての判決で、仙台地方裁判所は、旧優生保護法は憲法違反だったという判断を示しましたが、賠償を求められる期間が過ぎているとして訴えを退けました。 その後、「除斥期間」が経過していることなどを理由に全国各地で相次いで原告の訴えが退けられました。
判決では、「国が障害者に対する差別・偏見を正当化し、助長してきたとみられる」と指摘し、原告たちが長年、裁判を起こすのが困難な環境に置かれていたとして「除斥期間の適用をそのまま認めることは著しく正義・公平の理念に反する」と判断しました。 これ以降、国に賠償を命じる司法判断が、今月16日の札幌高裁など全国で相次ぎ今回で7件目となり、2審の高裁段階ではすべて訴えを認めています。 いずれの判決も国の救済策の手術を受けた人に対して支給される一時金320万円を大きく上回る額の賠償を命じていて、救済制度の見直しを求める声が高まることも予想されます。
「国が、旧優生保護法が憲法に違反していたと認めた時、または、最高裁判所の判決で憲法違反だと確定したときのどちらか早いほうの時期から6か月を経過するまでは、『除斥期間』の経過の効果が発生しない」と示しました。 この判断について原告の弁護団は、今も、原告らの賠償を求める権利は消滅しておらず、「除斥期間」の効果が発生する時期は将来的に決まるとするもので、今後、より多くの人が救済されると評価しています。
「国は争いをやめ、被害者とちゃんと面会して謝ることが出発点だ。被害は手術を受けた人だけではない。国は障害をもった人が負い目を持って生きる社会をつくってきた。優生保護の問題は終わっていない」
突然の中絶手術
“強制的な不妊手術” 理由を知ったのは58年後
1審では「除斥期間」の経過で訴えを棄却
“裁判官、私の声は聞こえていますか”
2審は国の賠償を認める逆転勝訴
“亡くなった妻にも伝えたい”
これまでの司法判断は
去年 初めて国に賠償命令 「除斥期間」適用しない流れに
時間の壁に新たな判断 “より多くの人救済へ”