「被害者の会」の会長で、母親の瀬下陽子さんを亡くした瀬下雄史さんは「この3か月は、いろいろなことがあったので、あっという間に過ぎたと感じます。私自身、母が見つかるまでの間がいちばん苦しかったので、一刻も早く太田さんが見つかることを願っています」と話していました。
また、自宅が全壊し、夫と次女と共に神奈川県のアパートで暮らしている53歳の女性は「生活ががらっと変わってしまい、慣れなくて疲れを感じます。周りは知らない人ばかりで近所づきあいもないので、寂しいし不安だらけです」と話していました。
今回の災害では一時、およそ580人が、市が用意したホテルに避難していましたが、ほとんどの人は自宅に戻ったり、公営住宅や民間の賃貸住宅を活用した「みなし仮設」に移ったりしたということです。
ただ、住み慣れた地域から離れて暮らす人も多く、生活の再建や高齢者の孤立化を防ぐ取り組みをどう進めていくかが課題となっています。