32億年前の巨大隕石衝突が地球環境と初期生命進化に与えた影響
今から約32億6000万年前、エベレスト山の四倍に相当する巨大な隕石S2が地球に衝突したとされている。この出来事は、従来であれば壊滅的被害をもたらすものと考えられがちであるが、最新の研究によれば、地球上の初期生命体にとってむしろ有益であった可能性が指摘されている。実際、隕石衝突といえば、6600万年前に現在のメキシコ・ユカタン半島付近に幅約10キロメートルの小惑星が衝突し、恐竜を絶滅に追い込んだ事例が広く知られている。
しかし、S2隕石はその質量がチクシュルーブ衝突体の50倍から200倍にも達し、当時の地球環境は現在とは全く異なっていた。
ハーバード大学の地球惑星科学助教であるナジャ・ドラボン氏は、S2隕石衝突の詳細とその後の地球環境への影響について論文を発表し、2024年10月21日付で学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。同氏によれば、当時は複雑な生命体は未だ誕生しておらず、細菌や古細菌といった単細胞生物のみが存在していたという。始生代の海洋は、鉄分を豊富に含む緑色の水域が広がり、わずかな島が浮かぶだけの「生物学的砂漠」とも形容される環境であった。栄養素が極めて乏しかったため、生命体の数も限られていたと考えられる。
S2隕石の衝突は、地球規模で津波や高熱をもたらし、海洋表層を沸騰・蒸発させるほどの甚大な影響を及ぼした。衝突直後には、岩石の表面に塩分が形成され、また大気中に放出された大量の塵によって、地球の反対側でも空が暗くなった。加えて、厚い塵の雲が日光を遮断し、大気温度の上昇を招いた結果、浅海や陸上の生物は数年から数十年にわたり深刻な影響を受けたと推測されている。
やがて降雨によって塵は海に沈み、海洋表層は徐々に回復したものの、深海では津波によって鉄などの成分が巻き上げられ、海面に浮上したほか、沿岸の浸食によってごみや隕石由来のリンが放出された。
実験室での分析によれば、これらの鉄やリンを栄養源とする単細胞生物が、隕石衝突後に急速に増殖したことが明らかになっている。ドラボン氏は「隕石衝突以前の海洋には、栄養素や鉄などの電子供与体が不足していたため、生物の数は限定的だったが、衝突によってリンなどの重要な栄養素が地球規模で供給された」と述べている。
ある学生がこの現象を「肥料爆弾」と表現したように、S2隕石衝突は初期生命体の進化に極めて好影響をもたらしたといえる。なぜなら、当時は隕石衝突が現在よりもはるかに頻繁に発生していたからである。
一方で、S2とチクシュルーブの衝突が異なる結果をもたらした背景には、隕石の大きさや衝突時の地球環境の違いがある。チクシュルーブ衝突体は炭酸塩プラットフォームに衝突し、大気中に硫黄を放出したことでエアロゾルが生成され、地表の気温が急激に低下した。両者の衝突において多くの生命体が死滅したものの、S2衝突後には浅瀬の太陽光依存型微生物が、海洋の回復とともに急速に再生したと推察される。
ドラボン氏は「S2衝突時の生命はきわめて単純であり、現代の細菌のように急速な再生力を持っていた」とも述べている。
このように、32億年前の巨大隕石衝突は、地球環境を劇的に変化させただけでなく、生命進化の歴史においても重要な転機となったことは間違いない。