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一条戻橋

嫁入り前の女性や縁談に関わる人々は嫁が実家に戻って来てはいけないという意味から、この橋に近づかないという慣習がある。逆に太平洋戦争中、応召兵とその家族は無事に戻ってくるよう願ってこの橋に渡りに来ることがあった。 なお、かつて一条戻橋のそばには妓楼があり、「綱」という遊女がいた。無論、一

Related Words

戻橋 (映画)

監督 : マキノ正博 原案 : マキノ省三 撮影 : 三木稔 振付 : 若柳吉兵衛 常磐津 : 操太夫 三味線 : 岸沢仲蔵 上調子 : 岸沢式作 長唄 : 杵屋連中 囃子 : 田中伝次社中 洋楽 : マキノ専属洋楽部 製作 : マキノ・プロダクション御室撮影所 上映時間(巻数) :

一条

五摂家の一。 藤原北家。 九条家より分立。 道家の子実経を祖とする九条流の嫡流で, その称は居所の一条坊門にちなむ。

一条

(1)ひと筋。 「~の川」「~の閃光」 (2)箇条書きのひとくだり。 一箇条。 また, 第一条。 「~の条文」 (3)ある事柄のなりゆき。 一件。 一事。 「拙者が絶命の~今日(コンニチ)に迫り/人情本・梅美婦禰 4」

一条

※一※ (名) (1)細長いものの一本。 一条。 「ほつれ毛が~頬(ホオ)にかかる」「~の川」「~の光明」 (2)一つの血統。 一族。 「ただこの~のかく栄え給ふべきとぞ見申す/大鏡(師輔)」 (3)一道。 一芸。 「無能無才にして此~につながる/幻住庵記」 (4)〔銭緡(ゼニサシ)一本に一文銭を百個通したことから〕 百文。 「いやがつて月に~づつがのみ/柳多留 3」 (5)「一筋縄」の略。 「左平次も~ではいかぬやつ/滑稽本・膝栗毛 8」 ※二※ (形動) (1)そのことだけに意を用いるさま。 いちず。 「~に思いつめる」「学問~に生きる」 (2)一様であるさま。 並一通り。 「我が恋の~ならず悲しきは逢ふを限りと思ひだにせず/狭衣2」

返戻

返し戻すこと。 返却。 返還。

貪戻

欲が深くて, 道理に背いている・こと(さま)。 「一人~なれば一国乱を起すといへり/浄瑠璃・国性爺合戦」

戻道

道理にはずれる・こと(さま)。 「自らもてまうで来ぬ下部(シモメ)はいと~なり/枕草子(一三六・能因本)」

暴戻

荒々しく道理にそむいていること。 残酷で徳義にもとること。 また, そのさま。 「護身の宝玉を~なる悪漢に奪ひ去られて/蜃中楼(柳浪)」

悖戻

道理にそむくこと。 「実に社会の本性に~するものと云ふべきなり/民約論(徳)」

悖戻

そむくこと。 さからうこと。 「~の情は一時我心上に起り来りて/即興詩人(鴎外)」

背戻

道理にそむくこと。 「実に社会の本性に~するものと云ふべきなり/民約論(徳)」

押戻

五郎』(こくせんや・たけぬき-ごろう)において二代目市川團十郎が勤めた曾我五郎が初出か。 主人公が紅筋隈、鋲打ちの胴着、菱皮鬘、三本太刀の格好に、竹の子笠・蓑を身につけ、大青竹をかかえて登場し、悪霊・怨霊などが花道に来ようとするのを本舞台に押しもどす、といった内容。

割戻

商行為用語であるリベートの一種で、メーカー等が小売店等に売上代金を減額や返金をする販売奨励金など、売上代金の減額や返金等のみを指す。売上代金の存在しない契約奨励金、返金行為等ではない商品や物品の贈呈、担当者個人への個人リベート(裏金)、官吏への賄賂等は該当しない。

一橋

江戸時代の御三卿の一。 八代将軍徳川吉宗の四男宗尹(ムネタダ)が江戸城一橋門内に屋敷を与えられ一家を創立。 所領一〇万石で御三家に次ぐ家格。 将軍家斉(イエナリ)・慶喜(ヨシノブ)を出した。

五条大橋

米の道路となり   欄は、まさに王 、昭和二十七年   朝と現代を調和 国道に指定され   した文化観光都 てから、京都市   市の一つの象徴 交通動脈の様相   といえよう、疎 を帯びてきたの   水橋もこれにな で、ここに現代   らい擬宝珠二筒 技術と美の粋を   を追補した 集めた長さ六十   昭和三十四年三月 七米幅三十五米   京都市長 

三条大橋

三条大橋(さんじょうおおはし)は、京都市にある三条通の橋。一級河川の鴨川に架かっている。 最初に橋が架けられた時期は室町時代といわれている。天正17年(1589年)、豊臣秀吉の命により五条大橋と共に増田長盛を奉行として石柱の橋に改修された。 江戸時代には五街道のひとつ東海道五十三次の西の起点となる。そのため幕府直轄の公儀橋

五条橋下

五条橋下は元は高瀬川近くの畑地で宝暦8年(1758年)、宅地開発され、宝暦11年2月(1761年)、上七軒より茶屋株(茶屋営業許可証)を借受、花街を始めた。南京極町、平居町、都市町を中心に南側に存在した七条新地と共に発展した。場所が五条大橋の近くであった為、「五条橋下」と呼ばれ、また「六条新地」と呼ばれた。

四条大橋

なる一般公募で行われ応募作品をもとに製作された。高欄は土台には那智玉石が貼り付けられ、本体は白いコンクリート、手すりは金色の青銅鋳物製になっている。また、ボルト隠しも青銅鋳物製で御所車がデザインされている。 八坂神社「社家記録」によれば、四条大橋は1142年(永治2年)、勧進により架けられたという

鏡中条橋

鏡中条橋(かがみなかじょうばし)は、山梨県南アルプス市と中央市を結ぶ、釜無川(富士川)に架かる橋である。 甲斐国志の中で「釜無川ニ沿フ渡場アリ、中郡筋ノ山神村に渡ル冬春仮橋ヲ架ス」とあり、この地域は渇水期は架橋、それ以外の時期は渡し船を使い渡河されたとある。