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Word Details

同文書院

の教科書や、専門書、医療・医学関係書籍を主に出版している。かつては実用書や『空想美少女とのつきあい方』などの一風変わったサブカル本なども出版していた。 1929年(昭和4年)創業 東京都文京区小石川5‐24‐3 ^ 非日常研究会 『空想美少女とのつきあい方』 1999年 株式会社同文書院 表示 編集

Related Words

人文書院

パスカル・ピア(フランス語版)『ボードレール』福永武彦訳、クロード・ロワ『スタンダール』生島遼一訳、クロード・モーリアック『プルースト』井上究一郎訳、ジャン・ド・ラ・ヴァランド(フランス語版)『フローベール』山田爵訳、フランシス・ジャンソン『サルトル』伊吹武彦訳(いずれも1957年刊)など。 人文書院ホームページ

右文書院

株式会社右文書院(ゆうぶんしょいん)は、東京都千代田区に本社をおく日本の出版社。 1918年(大正7年)4月、合資会社右文書院として塚田六弥が東京市本郷区、現在の千駄木に創業した。 [脚注の使い方] ^ “会社案内”. 右文書院(ゆうぶんしょいん)ウェブサイト. 株式会社右文書院. 2023年6月29日閲覧。

同書

(1)同じ本。 (2)(前に述べた)その本。

正倉院文書

き、穂井田忠友(平田篤胤に学んだ国学者)によって、まず紙背にある律令公文が注目された。穂井田は、元の戸籍・正税帳などの状態を復元すべく一部の文書を抜出して整理し、45巻(「正集」)にまとめた。正集は、閉封後も曝涼できるように手向山八幡宮前の校倉に収納されることになった。また、正集は写本として流布し

書院

(1)禅宗寺院では住持の, 公家・武家住宅では居間兼書斎として用いた部屋。 慶長(1596-1615)頃から一棟の建物全体を呼ぶ。 (2)中国で, 私塾。 (3)「付け書院」に同じ。 (4)出版社・書店。 また, それらの屋号に添えて用いる語。

東亜同文書院大学 (旧制)

1899年(明治32年)、日本の東亜同文会によって中国(清朝)南京に南京同文書院が設立されていた。この南京同文書院の閉鎖に伴い上海へ移設されて、東亜同文書院大学の前身となる高等教育機関東亜同文書院が設置された。こうした設立経緯などの都合から、東亜同文書院を上海同文書院と通称することがある。 東亜同文

文書

〔古くは「ぶんじょ」とも〕 文字で書き記したもの。 書き物。 かきつけ。 書類。 もんじょ。

文書

(1)文字を書き記したもの。 かきもの。 かきつけ。 書類。 文献。 ぶんしょ。 「東大寺~」 (2)〔古文書学〕 ある人が相手に意志伝達のために書き記したもの。

フランス書院コミック文庫

7339 まい・りとるガール 南野琴 7340 あの娘に逢いたくて 雅亜公 7341 ふたりはシークレット! 須郷良 7342 女教師綾子96 まみやこまし 女教師綾子96 - マンガ図書館Z(※18禁)(外部リンク) 7343 南の島はわんだふる! 藤村知樹 7344 放課後の秘密授業 乾海苔 7345

同康院

1939年11月27日、患者収容開始 1940年4月、収容患者総数31名(日本人1名、中国人10名、朝鮮人20名) 1941年、収容患者総数32名(日本人5名、中国人2名、朝鮮人25名) 1944年4月、収容患者総数117名(日本人16名、中国人25名、朝鮮人76名) 1944年12月、収容患者総数64名(朝鮮人49名)

花書院

花書院(はなしょいん)は、福岡県福岡市中央区白金2-9-6に本社を置く日本の印刷会社、城島印刷株式会社内の出版部門。法学、政治学、心理学、社会学、教育学、思想などの学術書を中心に出版している。九州大学比較社会文化学府・研究院との関わりが深く、同学府の学術シリーズである「比較社会文化叢書」は、全て花書院より刊行されている。

書院 (ワープロ)

熱転写プリンタをパーソナル向けに業界初搭載。10文字1行表示液晶のポータブル機。カセットテープを記憶媒体に使用。価格33万円。1984年グッドデザイン賞受賞。 WD-520/520H/521 - 9インチCRT、3.5インチFDD、32ドット熱転写プリンタを搭載した初のCRT一体型デスクトップ機。

黒書院

黒書院(くろしょいん)は、将軍、大名や高僧などの大規模な殿舎に設けられた書院。奥向き(内向き)の書院を黒書院という。 「黒書院」とは黒木造の書院の意味で、部材はネズコなどの面皮や磨丸太が用いられ、数寄屋風の構成になる。障壁画には彩色画は少なく水墨画や絵自体を描かないことが多い。

書院造

て拠点を移し10月には「大広間」で朝廷に上奏した大政奉還が有名である。 また、武家造りの集大成として遠侍から大広間にかけての公儀や対面としての空間と一方に御三家や身近な公卿との内向きな対面の場や小堀遠州が作庭した二の丸庭園を眺める事ができる居室としての寛ぐための雰囲気を持つ「黒書院」や御座の間と呼ば

フランス書院

リアン』(田中融二訳)の新訳版である。同書は帯などで「ノルウェーの発禁本」と謳われていた曰く付きの作品で、案の定、日本でも同様の措置を受けたことになる。 しかし、三笠書房は1973年には葛西雄三訳による新版を『一糸まとわず』と改題して刊行。宮田昇によれば、この時は「再摘発を受けることがなかった」とい

書院番

書院番(しょいんばん)とは、江戸幕府に設けられた職制の一つ。徳川将軍の馬廻衆(親衛隊)としての高い格式を持ち、同様の小姓組と共に両番と称された。五番方(書院番、小姓組、大番、小十人、新番)に数えられる軍事部門の職制であり、大番、小十人、新番よりも上に置かれた。書院番の番士には幕府内での出世(両番家筋)の道が開かれていた。

書院紙

書院紙(しょいんがみ)は、明かり障子用の和紙のことで、明かり障子は書院造によって普及したので、この名前となった。 明かり障子は採光を目的とするため、書院紙として薄くて透光性が良く、かつ破れにくく粘りの強く、しかも価格が安い紙が求められるが、この条件を満たす紙として雑紙や中折紙など、文書草案用や包み紙などの雑用の紙が採用された。

同文館

同文館(どうぶんかん)は、清末の洋務運動期に成立した、ヨーロッパ言語の教育を主とした渉外要員養成機関。分校である広方言館 (上海) 、方言館 (広東) に対して、京師同文館とも称された。 1862年、恭親王奕訢の建議で設立された。外交事務にあたって外国語ができる人材の育成を目的としていた。制度上は

古文書

⇒ こもんじょ(古文書)