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和協信条

和協信条(わきょうしんじょう、ドイツ語:Konkordienformel; ラテン語:Formula concordiae)は、宗教改革当時のルター派教会の主要信条の内で、最後に出されたものである。一致信条とも言う。 1577年に作成されて、アウクスブルク信仰告白50周年目に当たる1580年に刊行さ

Related Words

信条

(1)堅く信じていることがら。 信念。 「思想~」「私の~」 (2)キリスト教で, 教理を要約し, 教会によって権威づけられた条文。 使徒信条・ニカイア信条・アタナシウス信条など。 信仰箇条。

和協

「和衷協同(ワチユウキヨウドウ)」の略。

協和

(1)茨城県中央部, 真壁(マカベ)郡の町。 古代常陸国新治(ニイハリ)郡の中心地。 (2)秋田県中央部, 仙北郡の町。 荒川銀山があった。

協和

〔明治初期には「きょうか」とも〕 (1)心を合わせなかよくすること。 「互に尊敬し~して男女各自の天分を全くすべき真理/一隅より(晶子)」 (2)〔音〕 同時に発せられた, あるいは継続的な二つ以上の音がよく調和していること。 どのような響き(あるいは音程)が協和とされるかは, 時代や音楽様式によって変化。 → 不協和

協和協会

要請」を提出している。 1986年1月には「個性重視・教育基本法・教育行政(校長の職務・権限等)に関する要請」を提出した。 2000年7月、内閣総理大臣(当時)の森喜朗に対して「新たな教育基本法の制定により教育再興を求める要請」「防衛庁を『省』に昇格していただきたき要請」など9本の要請書

カルケドン信条

カルケドン信条(カルケドンしんじょう)とは、キリスト教の信条の一つ。カルケドン公会議によって定められ、カトリック教会、正教会、プロテスタント教会(特に長老派・改革派教会における正統派)の間で承認されている。 カルケドン信条・カルケドン公会議によってまとめられた定式が目指したのは、三位一体論をめぐる

アタナシオス信条

れば救われることはありえない。 ※現在ではあくまで「歴史的文書」という扱いであり、祈祷書の末尾に「付録」として掲載されているが、教会で用いられることはまずない。 誰にても救われるには、先ず公同的信仰を奉ずる事が必要である。 全体を欠けなく保持するに非ざれば、疑いも無く彼は永久に亡び行くであろう。

ニカイア信条

ニカイア信条(ニカイアしんじょう、英語: Nicene Creed)はニカイア信経(ニカイアしんきょう)ともいい、325年に作られたキリスト教の基本信条である。後にニカイア・コンスタンティノポリス信条に改定され、これが東方教会・西方教会問わず広範に用いられたことから、原ニカイア信条(げんニカイア

信条村

信条村(しんじょうむら)は、かつて新潟県南蒲原郡にあった村。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い南蒲原郡下沼新田、真野代新田、中条新田、西野新田が合併し、信条村が発足。 1901年(明治34年)11月1日 - 南蒲原郡中之島村、神通村、中通村、中野村、中条村、西所村、三沼村と合併し、中之島村を新設して消滅。

スコットランド信条

神に善行とみなされる行ないとは 第15章 律法の完全と人間の不完全 第16章 教会 第17章 魂の不死 第18章 正しい教会は偽りの教会と区別されるべきか、また教えの審判者か 第19章 聖書の権威 第20章 総会議の権威と召集理由 第21章 聖礼典 第22章 聖礼典の正しい方法 第23章 聖礼典は誰に施すべきか 第24章

協和語

シ(飯飯。召し上がれの意で使われる)」などの畳語が日満混合語として残されたため、日本語が全て畳語であるかのような誤解が生まれており、また在留邦人の一部も「わたし買ふ買ふ、いくらいくら、売る売るあるか?」や「たかいたかい、まけるまける、よろしい」のように畳語を多用していた。

協和帝

Hồng Dật)、後に阮福昇(Nguyễn Phúc Thăng)と改めた。 紹治帝の第29皇子としてフエで生まれた。朗国公に叙せられていたが、嗣徳帝の後を継いだ育徳帝の後継者の地位を剥奪され、38歳で即位した。 協和帝が即位した頃は清仏戦争が依然として続いており、戦場となった国内ではフランス軍が優

協和キリン

年となる。戦時中被害からの企業再整備に伴い、1949年に現在の会社を設立した。加藤辨三郎が初代社長に就任し、発酵技術を基盤としてペニシリンやストレプトマイシンなどの医薬品製造や焼酎をはじめとした醸造業として再出発した。1955年に合成清酒「利久」醸造元の利久発酵工業(理化学興業、理研酒工業)、19

協和駅

地名より。当地の集落は1928年(昭和3年)の形成当初は「東雲(しののめ、明け方の意)」「寧楽(ねいらく、安楽の意)」「春別」の3地区に区分されていたが、不便であるとして「協心同力の精神によって地域の振興を図ろう」との意で「協和」と名付けられた。 廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する無人駅であった。ホームは木造木板張りの

協和音と不協和音

ポータル クラシック音楽 協和音と不協和音(きょうわおんとふきょうわおん)の項目では、それが協和音とされるのか不協和音とされるのかを解説する。 協和音(きょうわおん、英:consonance)とは協和している音(音程または和音)のこと。不協和音(ふきょうわおん、英:dissonance)とは同時に響く

ニカイア・コンスタンティノポリス信条

ません。 また、主なる聖霊を信じます。聖霊は命の与え主、父と子から出られ、父と子とともに拝みあがめられ、預言者によって語られた主です。また、使徒たちからの唯一の聖なる公会を信じます。罪の赦しのための唯一の洗礼を信認し、死者のよみがえりと来世の命を待ち望みます アーメン ニケヤ信経

一条信能

倉へ護送される途中、7月5日に遠山景朝の領地である美濃国遠山荘の岩村に到着。8月4日に斬首される際に、「種々法門皆解脱、無過念仏往西方。上尽一形至十念。三念五念仏来迎。乃至一念無疑心。」と三度繰り返して遂に斬首されたという。 現在、岐阜県恵那市岩村町には『一条信能終焉の地』の史跡があり、また同地にある

使徒信条

— 1600年イエズス会上長認可,『どちりなきりしたん』所収 使徒信条 天地の創造主、全能の父である神を信じます。 父のひとり子、わたしたちの主イエス・キリストを信じます。 主は聖霊によってやどり、おとめマリアから生まれ、 ポンティオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられて死に、葬られ、陰府(よみ)に下り、

公同信条

公同信条(こうどうしんじょう symbola oecumenica)とは、使徒信条、ニカイア・コンスタンティノポリス信条、カルケドン信条、アタナシオス信条の4つである。日本語の「公同信条」は日本のプロテスタントで用いられる訳語。各信条それぞれはカトリック教会でも使用され、ニカイア・コンスタンティノ