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婉容

婉容(えんよう、1906年11月13日 - 1946年6月20日)は、満洲国の皇后。清最後の皇帝(宣統帝)にして満洲国皇帝(康徳帝)の愛新覚羅溥儀の正妃。実家の姓からゴブロ(郭布羅)皇后とも呼ばれる。 貴族の出身で1906年に満洲旗人(正白旗所属)のゴブロ氏(Gobulo

Related Words

婉美

しとやかで美しい・こと(さま)。 「~な女性」

柔婉

やさしく, すなおなこと。 「名画に現はれた~の美/うづまき(敏)」

婉然

(女性が)しとやかで美しいさま。 「~映じ来るは春川艶子が面影なり/緑簑談(南翠)」

婉曲

(1)遠回しに, それとなく表現するさま。 「~に断る」「~な言い回し」 (2)文法で, 事柄の実現が可能であったり予想されたりすることを, はっきり断定しないで, 推量のかたちでやわらげて表現する言い方。 文語で助動詞「む」「めり」などを付けて言い表す。

李婉

室中是阿誰 歎息声正悲(賈) 部屋の中で誰がため息をついているのか 歎息亦何為 但恐大義虧(李) なぜため息をつくのか、大義に損があるのを恐れている 大義同膠漆 匪石心不移(賈)  大義は夫婦の仲のように、私の心は石のように移るがない 人誰不慮終 日月有合離(李)  人はみな自分の結末を心配しているし、日月にも別れの時がある

朴婉緒

朴 婉緒(パク・ワンソ、1931年10月20日 - 2011年1月22日)は韓国の小説家。39歳という遅咲きで文壇に登場するが、デビュー作『裸木』からその文筆を認められ、大衆作家としても多くのファンを持つ。 1931年10月20日、日本統治時代の朝鮮京畿道開豊郡青郊面墨松里の村で生まれる。本貫は潘南

野中婉

山の四男が自死したため、元禄16年(1703年)に釈放されて土佐郡朝倉に移住し、医師として開業する。名医として知られ、糸を用いて橈骨動脈を診るという特色ある診断法は「おえんさんの糸脈」と称された。後に土佐藩から8人扶持を与えられた。生涯独身を通して、非業の死を遂げた父母や兄弟姉妹の菩提を弔うためのお婉堂(現在の野中神社)を建立した。

婉曲法

婉曲法では、語句は多少なりとも文字通りの意味を離れ、メタファーの性格を帯びる。 およそ次のように分けられるが、分類やそれぞれの用いられ方は文化によって大きく異なる。 忌わしいもの:病気、死、不幸、地獄、悪魔等。 神など、恐れ多いもの:キリスト教社会などではモーセの十戒により神をむやみに呼ぶことが禁じられる一方で、侮辱表

諸葛婉

諸葛 婉(しょかつ えん、生没年不詳)は、中国西晋の武帝司馬炎の夫人(側室)。本貫は琅邪郡陽都県。祖父は魏および西晋の武将の諸葛緒。父は諸葛沖。 泰始9年(273年)、武帝は全国から後宮の女を5千人選んだ。その中で諸葛婉は夫人(三妃の一つ)に封ぜられた。 ^ a b   (中国語) 晉書/卷031#諸葛夫人

上官婉児

上官 婉児(じょうかん えんじ、664年 - 710年)は、7世紀の中国唐代の詩人。上官昭容(じょうかん しょうよう)とも呼ばれる。陝州陝県の出身。本貫は隴西郡上邽県。祖父は上官儀。父は上官庭芝。 麟徳元年(664年)12月の上官儀・上官庭芝の誅殺により、一族の大半を処刑され、彼女も婢の身分に落と

寺本婉雅

『独習実用 西蔵文典』平楽寺書店、1940年9月。 NCID BA71943325。全国書誌番号:49013700。  『皇軍慰問生死一如の道』城端黙働会、1937年9月。全国書誌番号:90090099。  『根本仏教縁起観及生命実相論』石尾すが、1967年9月。

容

かたち。 すがた。 「~を正す」

婉子内親王

婉子内親王(えんしないしんのう)は、醍醐天皇第7皇女。賀茂斎院。母は更衣・藤原鮮子(藤原連永の娘)。朱雀天皇、村上天皇らの異母姉で、同母姉兄に恭子内親王(賀茂斎院)、代明親王。三品。 延喜8年(908年)内親王宣下を受ける。承平元年12月25日(932年2月9日)、28歳で斎院に卜定(伊勢斎宮雅子

収容

人や品物を一定の場所や施設に入れること。 「被災者を病院に~する」「千人を~できるホール」

理容

容姿を整えること。 特に, 頭髪の刈り込みや顔剃りなどによって容姿を整えること。 古くは「理髪」が用いられた。 「~業」

容疑

罪を犯したのではないかという疑い。 嫌疑(ケンギ)。 「~がはれる」

髪容

(1)頭髪と顔だち。 (2)髪を結ったようす。 髪つき。 かみがた。

容共

共産主義を容認すること。 ⇔ 反共

容儀

(1)礼儀にかなった姿や態度。 「~を正す」 (2)顔だち。 「其~次第に男のかたより金銀とるはずの事なるべし/浮世草子・一代女 3」