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Word Details

宏遠

[こうえん]
大きくて奥深い・こと(さま)。
「思慮~/近世紀聞(延房)」

Related Words

遠藤宏

1979年4月 同教授。 2005年3月 同大学定年退職、名誉教授。 2019年 春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。 上代文学、特に万葉集が専門。また、近世国学者安藤野雁に関する研究も行っている。 古代説話 阿蘇瑞枝、曾倉岑校注(笠間書院、1975) 古代和歌の基層 万葉集作者未詳歌論序説(笠間書院、1991) 笠女郎―すべて家持ひとりにあてた恋の歌

遠

遠称の指示代名詞。 (1)多く隔たっている場所を指す。 ある地点より向こうの場所をもいう。 「白雲の八重に重なる~にても思はむ人に心へだつな/古今(離別)」「知り給ふ所は川より~にいと広く/源氏(椎本)」 (2)遠く隔たっている時を指す。 ある時を中心として, それ以前とそれ以後と両方がある。 「ま玉つく~をしかねて思へこそ一重の衣ひとり着て寝(ヌ)れ/万葉 2853」「昨日より~をば知らず百年の/拾遺(雑賀)」

遠

〔「おち(遠)」の転〕 時間的また空間的に遠いこと。 遠方。 おち。 「大宮の~つ鰭手(ハタデ)/古事記(下)」「~つ日も昨日も今日も/万葉 3924」 〔現代語では「 おとつい」「おととし」などの語形に残存する〕

遠

〔形容詞「とほし」の語幹〕 「とおつ」「とおの」の形で, または直接に名詞の上に付き, 遠いことの意を表す。 「~つ国」「~のみかど」「~干潟」

遠く遠く

「遠く遠く」(とおくとおく)は、槇原敬之の楽曲。 1992年発売のアルバム『君は僕の宝物』収録曲の1つで、作詞・作曲・編曲共に槇原本人が担当している。 槇原が故郷に住む友人を思い書いたもので、制作中は「私小説的なものであまり伝わらないかもしれない」と思っていたが、発売後に反響を呼び、槇原の代表曲の1つと

宏壮

建物などの, 広く立派なさま。 「~な邸宅」 ﹛派生﹜~さ(名)

宏漠

広々として果てしないさま。 「~たる草原」「この~たる異郷の空の下/あめりか物語(荷風)」 ﹛派生﹜~さ(名)

宏大

ひろく大きい・こと(さま)。 ⇔ 狭小 「~な平原」「人民の規模を~にせずんば/明六雑誌 10」 ﹛派生﹜~さ(名)

宏村

00361; 117.98167 宏村(こうそん、簡体字: 宏村、拼音: Hóngcūn, カタカナ転記:ホンツン)は中国安徽省黄山市黟県宏村鎮にある村。2000年に世界遺産に登録され、2001年に中国政府国務院により中華人民共和国全国重点文物保護単位に、2003年に中国歴史文化名村

苻宏

永興元年(357年)6月、父の苻堅が天王位に即くと、天王太子に立てられた。 建元元年(365年)7月、匈奴の右賢王曹轂・左賢王劉衛辰が前秦に反旗を翻すと、苻堅は自ら精鋭部隊を率いて討伐に赴き、苻宏は衛大将軍李威・左僕射王猛の補佐の下長安の留守を預かった。

龐宏

^ a b  三國志 蜀書七 龐統法正傳 (中国語), 三國志/卷37#龐統, ウィキソースより閲覧。  - 統子宏,字巨師,剛簡有臧否,輕傲尚書令陳袛,為袛所抑,卒於涪陵太守。統弟林,以荊州治中從事參鎮北將軍黃權征吳,值軍敗,隨權入魏,魏封列侯,至鉅鹿太守。

石宏

333年7月、石勒が崩御すると、皇太子石弘が後を継いだが、丞相となった石虎は朝政を専断し、要職にはみな自らの側近を起用した。 334年4月、石宏は石虎の振る舞いに憤り、怨み言を吐いたが、これにより石虎に幽閉されてしまった。 11月、石虎は石弘を廃して自ら趙天王を称すと、石宏は石弘・程皇太后・南陽王石恢と共に殺害された。

宏実

2012年8月23日 - TAION presents [TAION] STARTING PARTY 2013年3月2日 - CaraMelo 2014年5月3日 - CaraMelo 5周年SP 2014年7月27日 - "INDEPENDENCE DAY"~ 5IGNAL 1st SHOW TIME

宏閏

宏閏(こうじゅん)は、明代に鎮江の僧省悟(中国語版)が自立し建てた説のある私年号。使用年代不詳 。 プロジェクト 紀年法 ^ 李兆洛(中国語版) (1831) (中国語). 紀元編. 輩學齋. https://books.google.co.jp/books?id=-jlbAAAAcAAJ&hl=ja&pg=PP259

蕭宏

史に任じられた。天監12年(513年)、使持節・侍中・都督・揚州刺史・驃騎大将軍のまま司空に転じた。 天監15年(516年)春、生母の陳太妃が病に伏せると、同母弟の南平王蕭偉とともに看病した。太妃が死去すると、5日のあいだ水さえ口に入れなかったので、蕭衍が自ら訪れてつとめてなぐさめた。驃騎大将軍・

袁宏

臨汝県令の袁勗(袁瓌の弟の袁猷の子)の子として生まれた。若くして父を失って家は貧しく、租税の運搬を自ら生業とした。謝尚が牛渚に駐屯していたとき、秋の月夜の機におしのびで船遊びに出かけたところ、袁宏が詩を朗唱しているのに出くわした。謝尚は袁宏が歴史を詠んだ詩作に優れていることを知ると、船に上ってかれを迎え、朝まで寝ずに語

崔宏

年(皇始3年)6月、道武帝が国号について群臣の意見を聴くと、崔宏は封国の名である魏を国号とするよう進言し、聞き入れられた。道武帝が鄴におもむくと、故事来歴を崔宏に訊ね、崔宏は流れるように答えてみせた。道武帝は崔宏の老母のために厚く恩賜を与えた。崔宏は吏部尚書に転じ、北魏の官爵・朝儀・音楽・律令・科禁

楠宏

楠 宏(くすのき こう、1921年11月18日 - 2021年2月10日 )は、日本の地球物理学者・地理学者・地球科学者である。専門は、雪氷学、両極地方の地誌。北海道釧路市出身。楠木正成の子孫にあたるという。父親は旧制一高東寮寮歌「嗚呼玉杯」「緑もぞ濃き」の作曲者楠正一(一高を中退後、石狩支庁農林技手。1945年没)。

間宏

スの社会と労使関係』で日経・経済図書文化賞受賞。産業・労働社会学、経営史。 『日本的経営の系譜』日本能率協会 1963 文真堂 1989 『日本労務管理史研究 経営家族主義の形成と展開』ダイヤモンド社 1964 『日本的経営 集団主義の功罪』日本経済新聞社 日経新書 1971 『イギリスの社会と労使関係