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殉教

[じゅんきょう]
信仰する宗教のために自分の命を捨てること。
「~者」

Related Words

殉教者

殉教者(じゅんきょうしゃ) 自らの信仰のために命を失ったとみなされる者のこと。殉教を参照。 殉教者の日(英語版) - 世界の祝祭日ならび記念日の一つ。国の主権を擁護して命を落とした兵士の殉教に敬意を表する目的で制定されている。 致命者 - 正教会で信仰に生命を捧げた聖人の称号。殉教者とでは語義に若干の差異がある。

エドマンド殉教王

その後の14年間エドマンド王が何をしていたのかはほとんど分かっていない。エドマンドは公明正大で模範的な王であり、こびへつらう者に対しては頑なであったということは記録されている。また、彼は1年間ハンストンに位置する塔に退いてその中ですべての聖書詩篇を学び、そのためそれらをそらで暗唱できたという記述もある。

エドワード殉教王

エドワード殉教王(エドワードじゅんきょうおう、英語: Edward the Martyr, 962年頃 - 978年3月18日)は、イングランド王(在位:975年 - 978年)で、聖公会・カトリック教会・正教会における聖人。正教会では致命者として記憶される。

殉教者広場

殉教者広場(じゅんきょうしゃひろば、アラビア語: الساحة الخضراء‎)はリビアのトリポリにある広場。 イタリア統治時代に作られたこの広場は、1969年のカダフィ大佐によるクーデターの後は緑の広場と呼ばれ、革命の象徴的場所であった。 2011年リビア内戦でカダフィ政権が崩壊した後、市民は

聖セバスティアンの殉教

三島由紀夫と池田弘太郎の共訳。本文中にカラー口絵写真1頁1葉(聖セバスチァンの殉教図) 別刷で写真50頁49葉(カラー2葉)の「名画集 聖セバスティアンの殉教」(三島由紀夫編)付。 『聖セバスチァンの殉教』(国書刊行会〈クラテール叢書10〉、1988年4月23日) 新編再刊。カバー装幀:中島かほる。本文中に図版20葉

日本聖殉教者教会

聖マルチノ・デ・ラ・アセンシオン 聖ゴンザロ・ガルシア および4人の刑吏 聖壇左側 彼杵の浦で船出を待つ囚人たち 聖マチアス 聖パウロ茨木 聖ペトロ助四郎 聖トマス談義者 聖アントニオ および5人の警護武士、うち1人は騎乗 長谷川路可の自画像 聖壇右側 慶長6年1月9日、住吉在枝川の堤の茶店の脇で、長崎に曳か

元和の大殉教

テクラ永石(パブロ永石の夫人) クララ山田(日本人女性) ダミアン多田(日本人男性) ミゲル多田(ダミアン多田の息子。5歳) クレメント(日本人男性) アントニオ(クレメントの息子。3歳) ほか総勢30名 ^ 場所は一般の刑場ではなく、時津街道沿いで当時は長崎市外の小高い丘であり、26聖人の殉教の処刑場でもあった。現在の西坂公園。

四聖人の殉教

う形で彼らのそれを表現している。聖女フラヴィアの頭上を舞う天使は、手に荊の冠と、殉教の証であるナツメヤシの葉を持っている。彼らの弟の聖エウティキウスと聖ウィクトリヌスはすでに画面右端で殉教した後であり、首を切断された後の2人の身体が横たわっており、別の処刑人がつかんでいる頭部が見える。

殉死

死んだ主君のあとを追い, 臣下が自殺すること。 また, 王や夫の死の後, 下臣や妻に強制される供儀としての死をいう。

殉職

職務を果たそうとして命を失うこと。 「消火活動で~する」

殉爆

殉爆(じゅんばく)とは爆薬の塊が空気、水、地面などの媒体を隔てて他の爆薬の爆轟に感応して爆轟する現象である。 殉爆は保安上、重要な性能であり、各種爆薬ごとに殉爆試験を行っている。殉爆しやすいかどうかは殉爆感度という値で表される。殉爆するかどうかは媒体によっても大きく異なり、水中の方が空気中よりも殉爆

大籠キリシタン殉教公園

大籠キリシタン殉教公園(おおかごキリシタンじゅんきょうこうえん)は、岩手県一関市藤沢町における、キリスト教布教と殉教の歴史を後世に伝えるために作られた公園である。 岩手県一関市藤沢町大籠字右名沢28-7 江戸時代、大籠の一帯は仙台藩の領内であり、たたら製鉄を行う地として栄えていた。たたら製鉄を行う製鉄所は「烔屋(どうや)」と呼ばれてお

殉じる

〔サ変動詞「殉ずる」の上一段化〕 「殉ずる」に同じ。 「恩師の退職に~・じる」

ペトロ岐部と187殉教者

マリア伊藤 (年齢不詳) マリナ長房 (年齢不詳) ペトロ弥兵衛 (年齢不詳) マチアス彦助 (年齢不詳) テモテ大峡次郎兵衛 (年齢不詳) ルチア大峡 (年齢不詳):テモテ大峡の妻 ヨハネ五郎兵衛 (年齢不詳) ヨアキム三郎兵衛 (年齢不詳) ヨハネ板斎主計 (年齢不詳) アウレア板斎 (年齢不詳):ヨハネ板斎の妻

聖トマス西と15殉教者

聖トマス西と15殉教者(せいトマスにしと15じゅんきょうしゃ)は、1633年から1637年にかけて長崎で刑死した16名のカトリックの司祭、修道者、信徒で、1987年に列聖された聖人たちのことである。 江戸幕府による禁教令(キリスト教禁止令)が発布されたことにより、キリシタン摘発の厳しかった1633

一万人のキリスト教徒の殉教 (デューラー)

とされる一万人の殉教者の拷問と処刑の伝説に基づいた、1万人の兵士たちの殉教の場面である。殉教者たちは、あるいは斬首され、あるいは磔にされ、また、骨を木鎚で粉砕されている。列を成した人々が岩山の上に追い立てられ、深みに追い落とされている。画面の中段左側では、処刑人たちがミトラ(司教冠)を被った司教に近

聖マウリティウスの殉教 (グレコの絵画)

フェリペ2世の注文で描かれ、エル・エスコリアル修道院の聖堂を飾る祭壇画の一つであったが、1584年にフェリペとヒエロニムス会士によって受け入れを拒否された。この出来事によってグレコはスペイン最大のパトロンとして国王を得ることに失敗し、宮廷画家への道が閉ざされることとなった。 フアン・フェ

殉爆感度

殉爆感度(じゅんばくかんど、gap sensivity)とは爆薬の殉爆しやすさを表す単位である。殉爆試験(gap test)によって求められる。 殉爆試験の方法はJIS規格では砂上殉爆試験が規定されている。 湿っていない砂床の上に爆薬の直径にほぼ等しい半円筒の溝を作る。 二本の試料となる爆薬をこの溝の中に一直線に並べる。

殉死 (小説)

殉死するまでを描く。 「殉死」初出は『別册文藝春秋』100号(昭和42年(1967年)6月発行)、101号(同年9月発行)に掲載 『殉死』文藝春秋、初版1967年11月。ISBN 978-4163006208(箱入り) 『殉死』文春文庫(ISBN 978-4167105372