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民部卿三位

いにしへの旅」と詠んだ。すると、夢の中に梅の枝を持った老人(天神菅原道真)が現れて、返歌として「めぐり来て つひにすむべき 月かげの しばしくもるを 何なげくらん」と書きつけてある枝を民部卿三位に渡した。夢から起きた民部卿三位は、夫の後醍醐がいずれ隠岐から帰還して再び天下を統治する奇瑞だと喜んだという。

Related Words

三卿

江戸時代, 徳川家の親族である田安・一橋・清水の三家の称。 尾張・紀伊・水戸の御三家に次ぐ家格で, 宗家に嗣子(シシ)のないとき, 養嗣子となる資格を有する。 八代将軍吉宗のときに始まる。

御三卿

時は御両典(甲府家・館林家)の例に倣い、2人を指して「御両卿」(ごりょうきょう)と呼んだ。その後、吉宗の長男で第9代将軍となった徳川家重が、1759年(宝暦9年)に次男の重好(清水家初代)へ屋敷を与えたことで「御三卿」の体裁が整った。以後、将軍家に後嗣がないときは御三家および御三

部位

全体に対するある部分の位置。 「身体各~の名称」

三位

⇒ さんみ(三位)

三位

〔「さんい」の連声〕 (1)位階の第三等。 また, その位の人。 正三位と従三位。 「源~(ゲンザンミ)頼政」 (2)キリスト教で, 父(神)・子(キリスト)・聖霊の三つのペルソナ(位格)。 (3)寺院で身分の低い法師。 稚児の後見役などをする。 「その時~まかりいで/咄本・昨日は今日」

兵部卿宮

方がこれを憎んだため、側室が亡くなった後も滅多に訪れなかった。そのため娘を光源氏に略奪され、後に妻となったことを知らされてから音信を復活する。しかし源氏の失意時代には権力者を憚って、実父でありながら紫の上をも見捨てて源氏の不興を買い、源氏の復帰後は終わり、また同腹の長女(髭黒の北の方)も、夫を源氏の

治部卿局

治部卿局(じぶきょうのつぼね、仁平2年(1152年)- 寛喜3年9月11日(1231年10月8日))は、平安時代末期、鎌倉時代前期の女性。武藤頼兼の娘。実名は明子。平知盛の正室。後高倉院(守貞親王)の乳母。子に平知章、平知忠、中納言局。 はじめ従二位平時子に仕えて南御方(みなみのおんかた)と呼ばれ、

式部卿 (イングランド)

伯、18代伯(英語版)と続いたが、1626年に18代伯が死去すると、オックスフォード伯爵は7等親であるロバート・ド・ヴィアー(英語版)(18代伯の曾祖父の弟の孫)が継承した。チャールズ1世は女系ながら5等親である第14代ウィラビー・デ・エアズビー男爵ロバート・バーティー(18代伯の祖父の妹の息子)

三公九卿

三公九卿(さんこうきゅうけい)は、中国の秦・漢代における最高位の官職の総称である。 詳しくは三公及び九卿の記事を参照。 元々は『礼記』に「三公九卿二十七大夫八十一元士」などとあるように爵位の等級を表した言葉であった。これが秦代に実際の官職となり、丞相・御史大夫・太尉の三公

部民

⇒ べみん(部民)

部民

大化前代, 大和王権に服属する官人・人民の総称。 大別すると, 技術者集団である品部(シナベ), 王権に服属した地方首長の領有民である子代(コシロ)・名代(ナシロ), 中央の豪族の領有民である部曲(カキベ)に分類される。 べのたみ。 → 部

民部

民部(みんぶ) 民部省の略。 古代中国の管制による官名。戸部 (六部)を参照。 かきべ。664年(天智天皇称制3年)の甲子の宣で、それまで隆盛対立していた諸氏による民の私的支配に、国家権力による認定や登録で統制を図るべく、天皇家による公的な支配民を民部(かきべ。訓みは中国での部

キーゼルバッハ部位

“鼻血が出たら首をトントン?”. 朝日新聞デジタル. 2018年3月17日閲覧。 ^ a b c d 解剖実習の手びき 南山堂発行 ISBN 978-4-525-10311-8 ^ カラー図解人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版 日本医事新報社発行 ISBN 978-4784931781 鼻血 表示 編集

卿

〔「まうちぎみ」の転〕 「まえつきみ(公卿)」に同じ。

卿

※一※ (名) (1)「きょう(卿)」に同じ。 (2)(ア)中国周代, 天子・諸侯の臣下の身分で, その最上位。 → 卿大夫士 (イ)政治の要職にある大臣。 長官。 公卿(コウケイ)・六卿(リクケイ)など。 ※二※ (代) 二人称。 改まった文章などで軽い敬意をこめて用いる語。 (1)君主が臣下に対して用いる。 (2)男性が同輩以下に対して用いる。

卿

※一※ (名) (1)律令制で, 八省の長官。 また, 明治の太政官制の各省の長官。 (2)大納言(ダイナゴン)・中納言・参議以上の官, 三位(サンミ)以上の位の人。 けい。 大臣を公というのに対していう。 (3)(代名詞的に用いて)相手の貴人を敬っていう。 あなたさま。 ※二※ (接尾) 人名に付いて, イギリスなどでの爵位をもつ人に対する敬称として用いられる。 「ウインストン~」

従三位

公家大名といわれた、土佐一条氏では一条房基、一条兼定が従三位に叙せられた。また、伊勢の北畠氏は最低でも従四位下以上の位を誇り正三位まで昇る例が多く、最後の当主、北畠具教が生涯従三位であった。また、北畠氏の一門 木造俊茂も従三位に叙せられている。飛騨国司の姉小路氏も代々家格が高く姉小路家綱などが従三位に叙せられている。

正三位

軍宣下前に左衛門督に任官した際この正三位に叙せられ、その弟 三代将軍 源実朝は右兵衛佐従五位下で叙爵と同時に征夷大将軍を宣下された後、昇叙を重ね正三位行右近衛中将に昇った後に、最終的に右大臣正二位まで上り詰めた。その次代である摂家将軍藤原頼経も正五位下を初叙とした他は実朝とほぼ同じ位階で昇進を重ね、

蛍兵部卿宮

として登場、「少女」で藤壺の兄宮が式部卿宮となった後を襲い兵部卿宮となる。 当代きっての風流人として知られ、「絵合」「梅枝」などで判者をつとめた他、管弦の場面でもたびたび登場する。兄弟の中でも源氏とは特に仲がよく、源氏の不遇な時代にも交流を断たなかったこともあって(「須磨」)、その後も親しく交際を続けた。