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Word Details

瑣瑣

[ささ]
こまかいさま。 くだくだしいさま。
「~たる問題にも, きわめて丁寧にいらへしつる余が/舞姫(鴎外)」

Related Words

青瑣

格狭間(コウザマ)の一種。 車の腰, 経机(キヨウヅクエ)・門扉などに施される木彫で, 猪目(イノメ)形の中に筋を刻んで緑青(ロクシヨウ)を塗ったもの。

瑣談

つまらない話。

瑣事

取るに足らないわずかばかりのこと。 小事。 「~にとらわれる」「~にこだわる」

とよた瑣織

とよた 瑣織 (とよた さおり)は、日本のイラストレーター・漫画家である。『伝説の勇者の伝説』(著:鏡貴也)の挿絵のほか、同作の4コマ漫画を手掛ける。 中学生の頃からファンだった『スレイヤーズ』がきっかけで富士見書房に持ち込みし、『魔術士オーフェン』のラジオ番組の収録レポのコラムの連載で商業デビューした。2児の子持ち。

河村若芝

法号蘭渓若芝上座。墓所は海雲山晧台寺後山。現在確認されている作品は50点余である。 渡辺秀実『長崎画人伝』 田能村竹田『屠赤瑣瑣録』 『瓊浦画工伝』(文化元年 春孔撰 文化10年 今井孝寛増訂) 古賀十二郎『長崎画史彙伝』大正堂書店、1983年

渡辺秀石

「雪中梅鶴図」 「布袋渡水図」伝秀石 寛文12年(1672年)萬福寺  「出島・十善寺絵巻」 「老松双鶴図」 渡辺秀実『長崎画人伝』 田能村竹田『屠赤瑣瑣録』 『瓊浦画工伝』』(文化元年 春孔撰 文化10年 今井孝寛増訂) 古賀十二郎『長崎画史彙伝』1983年 大正堂書店

邾

武公(顔、夷父)(? - 前796年) 曹叔術(前795年 - 前781年) 曹夏父(前780年 - ?) 曹釛 安公(克、儀父)(? - 前678年) 憲公(瑣)(前677年 - 前666年) 文公(蘧蒢)(前665年 - 前615年) 定公(玃且)(前614年 - 前573年) 宣公(牼)(前572年 -

トリヴィア

は、「くだらないこと、瑣末なこと、雑学的な事柄や知識、豆知識」を指す。 一説に、ラテン語で「三叉路」3 (tres) + 道 (via) を意味する言葉で、古代ローマの都市において三叉路が多かったことから、「どこにでもある場所」「ありふれた場所」を指すようになり、さらに転じて、くだらないこと、瑣末

岡田武松

『測候瑣談』鉄塔書院、1933年3月。NDLJP:1214809。  『暴風講話』文部省、1935年3月。NDLJP:1235673。  『気候』地人書館〈地理学講座〉、1936年11月。  『気象学礎石 上巻』岩波書店、1937年5月。NDLJP:1228356。  『測候瑣談

広瀬旭荘

げる様だ」と言い、清代末期の儒者、兪曲園は「東国詩人の冠」と評している。 また著述も多く、とくに27歳のときから、死の5日前まで書き続けた日記『日間瑣事備忘(にっかんさじびぼう)』は、江戸後期を伝える貴重な資料となっている。 2012年に旭荘の子孫宅から金属製の器具と日記の一部やスケッチなどが発見さ

官吏服務紀律

秘義務等、内容に応じて単発的に定められていた。 ○四月十日  〔第百三拾一號同〕諸省府縣ヘ 在官ノ者宮中ノ事務ハ勿論或ハ外國交際ノ妨碍トナルヘキ類ハ瑣細ノ件ト雖モ私ニ新聞紙ヘ令掲載候儀不相成候事 — 太政官日誌 その後、日本が近代国家となるために必要な官吏制度の整備が徐々に行われる中、1882年(明

梅渓昇

『お雇い外国人 1 概説』(鹿島研究所出版会、1968年) 『お雇い外国人 11 政治・法制』(鹿島研究所出版会、1971年) 『緒方洪庵と適塾生 「日間瑣事備忘」にみえる』(思文閣出版、1984年) 『日本近代化の諸相』(思文閣出版、1984年) 『大坂学問史の周辺』(思文閣出版、1991年) 『洪庵・適塾の研究』(思文閣出版、1993年)

橘南谿

- 文化2年4月10日(1805年5月8日))は、江戸時代後期の医者。文をよくし、紀行『東遊記』、『西遊記』(併せて東西遊記と称される)と随筆『北窓瑣談』が知られる。 伊勢久居(現在の三重県津市久居)西鷹跡町に生まれた。久居藤堂藩に勤める、250石の宮川氏の五男であった。宮川春暉(はるあきら)、字は

絵心経

18-20 日本語を考える会 編『読めそうで読めない不思議な漢字』角川学芸出版、2006年。  盛岡市文化振興事業団盛岡てがみ館 編『南部絵経の絵解きと生まれた謎に迫る』盛岡市文化振興事業団、2007年。  宗教画 イコン 盲心経『東西遊記・北窓瑣談』 - 国立国会図書館デジタルコレクション 表示 編集

第2回世界遺産委員会

(UNESCO 1978b)に基づいている ^ 当時は文化遺産と自然遺産で別個の登録基準が適用されていた。ここでは煩瑣になるのを避けるため、世界遺産センターに倣い、2006年以降の統合された基準で示す。 ^ IDは登録当初のもの。後の拡大登録などでIDにbisなどが

金井章次

年には上田に帰郷。戦後公職追放を経て、『信濃毎日新聞』に蒙古聯合自治政府成立に関する連載を寄稿したり上田紬の復興・保存に尽力したりした。 『満蒙行政瑣談』創元社、1943年。 ^ a b c d e 『日本近現代人物履歴事典』156頁。 坂本令太郎『近代を築いたひとびと 5』信濃路、1978年。

京房

ょう」と進言した。元帝は詔を下して京房にその件をやらせ、京房は官僚の評定法を上奏した。 京房を大臣たちと議論させたところ、大臣たちはみなその評定法が煩瑣であり、上下を互いに監視させるものであると述べて認めなかった。刺史たちにもその評定法を評価させたが、刺史たちも反対した。ただ、御史大夫鄭弘と光禄大夫

中井久夫

『時のしずく』みすず書房、2005 『樹をみつめて』みすず書房、2006 『こんなとき私はどうしてきたか』医学書院、2007 『臨床瑣談』みすず書房、2008 『日時計の影』みすず書房、2008 『続・臨床瑣談』みすず書房、2009 『統合失調症 (1・2)』 みすず書房〈精神医学重要文献シリーズ〉、2010

馬姫

新しい妾の杜氏を欲したところ、馬昂に婉曲に断られた。正徳帝は怒って杯を投げ、立ち去った。馬昂は大いに恐れ、杜氏と他4人の美人を翌日急いで献上し、官職を辞した。馬氏への寵愛も衰え、以後の動静は不明である。 『明武宗実録』 『明史』 『金陵瑣事』 ^ 嘉靖帝が皇帝に即位すると、正徳帝の侍妾らを追放した。