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石井流

代には京都在住のまま石井仁兵衛家が加賀藩の、弥市家が尾張藩の扶持を受けた。維新後、十世石井一斎は津村又喜(葛野流)、清水然知(高安流)とともに大鼓方の三名人と呼ばれたが、後嗣を欠いたために宗家は絶え、門弟の谷口正喜ら谷口家の宗家代理などを経て、石井仁兵衛が十二世宗家を継承している。

Related Words

流石

※一※ (副) (1)(先行の内容を認めながらも, それと矛盾することをいうのに用いて)そうはいうもののやはり。 とはいうもののしかし。 「離れていても, ~心は通じている」 (2)(以前から考えられていた内容を肯定し強調するために用いて)予想どおりに。 期待にたがわず。 「~千両役者だ」 (3)(「さすがの…も」の形で)定評のある。 あれほどの。 さしもの。 「~の名選手も年齢には勝てない」 ※二※ (形動ナリ) 先行の内容をそのまま肯定するわけにはいかない状態を表す。 そうもいかない。 そうとばかりいえない。 「あはじともいはざりける女の, ~なりける(=ソウカトイッテ会ウワケデモナイ女)がもとにいひやりける/伊勢 25」「心憂しと思へど, かく思し出でたるも~にて(=困ッタトハイッテモ思イ出シテクレタノモウレシクテ)/源氏(夕顔)」 〔副詞「さ」, サ変動詞「ず」, 接続助詞「がに」が熟合した「さすがに」から「に」が脱落したもの。 「さすがに」は平安時代以後, 上代語「しかすがに」にとってかわったもので, 本来副詞であるが, 「に」を活用語尾として形容動詞としても用いられるとともに, 「に」を脱落することもあった。 ※一■(1)が原義であるが, 中世以降■一※(2)の意でも用いられた。 「流石」は中世以降の当て字で, 晋の孫楚の「枕流漱石」についての故事を, さすがにうまいこじつけだとしたところからといわれる〕 → しかすがに

石井

岩間からわく水。 また, 石で囲んである井戸。 「~のもとにて物いひける人の/古今(離別)」

石井

徳島県北東部, 名西郡の町。 徳島市の西に接する。 近世は藍の産地。 国分尼寺跡がある。

石井

岩間のわき水を水汲み場としたもの。 「~くむあたりのをざさ玉こえてかつがつ結ぶ秋の夕露/新古今(夏)」

丹石流

丹石流は、衣斐丹石により安土桃山時代に成立した剣術の流派。創始者衣斐丹石は念流を学んだと言われる。 東軍流、新陰流、冨田流を組み合わせた流派とされ、短い刀を用いて相手に肉薄するのが特徴である。安土桃山期には複数の大名が学んでいた。『本朝武芸小伝』では丹石を東軍流の川崎鑰之助の弟子とし、丹石

土石流

日本においては砂防法に基づき国土交通省が管轄し、各地の地方整備局や都道府県の土木系の部署が建設するものを「砂防堰堤」、森林法に基づき林野庁が管轄し、各地の森林管理署や都道府県の林業系の部署が建設するものと「治山ダム」などとして分けるが、構造物の形はほぼ同じである(以下、特に区別する必要がない場合は砂防ダム

石州流

石州流 (せきしゅうりゅう)は、片桐石州(貞昌)を流祖と仰ぐ武家茶道の流派の総称。一口に石州流と言っても様々であり、初期の伝承系譜によって大きくいくつかの派に分けられるほか、地域ごとに様々なグループを形成している。さらにこれらのグループには、片桐家を宗家として仰ぐもの、慈光院を宗元として緩やかに糾合

石田流

将棋 > 将棋の戦法一覧 > 三間飛車 > 石田流 石田流(いしだりゅう)は、振り飛車における駒組みの一つである。三間飛車からの変化の一種で、▲7五歩(後手ならば△3五歩)と突いて飛車を高位置に配置する構えを言う。 江戸時代中期に盲目の棋士・石田検校が生み出したといわれる。石田の実戦譜も残っているが、いずれも石田の負けに終わっている。

南流石

南 流石(みなみ さすが、1958年7月9日 - )は、日本の振付師。表記は振付演出家。芸名の名付け親は桑田佳祐。神奈川県藤沢市出身。 3歳からバレエやジャズダンスなどに取り組み、16歳の頃からインストラクター、20歳の頃にはミュージカルダンサーとして活動。自分自身で創作ダンスを展開、ストリート・パ

石黒流

石黒流田村宗家の神髄』アテネ出版社、2022年 ^ 吉峯康雄「変化自在の衆敵殺法」、『月刊秘伝』2001年8月号,p19,BABジャパン. ^ 『実践 武術療法―身体を識り、身体を治す! 』 八木玄蕃 著『七美郡誌稿 増補』北村浅太郎、1906年 銚子市史編纂委員会 編『銚子市史』銚子市史編纂委員会、1956年 美方町史編纂委員会

流石景

流石 景(さすが けい、1981年10月6日 - )は、日本の漫画家。青森県出身。女性。東洋美術学校卒業。2023年より『一緒に暮らしていいですか?』を連載開始し、『グランドジャンプむちゃ』(集英社)から『グランドジャンプ』(同)に移籍して連載している。 2005年、マガジングランプリ6月期 奨励賞を受賞。

井上流

芸妓用 - 金地近衛引萌黄段紋入、または金地近衛引紫段紋入 舞妓用 - 金地近衛引紅段紋入 稽古用 - 白地金砂子に井菱の紋 子供用 - 薄紅地(ピンク)に金砂子。8寸5分 名取の扇 - 紅地金砂子に白椿一輪、黒骨(くろぼね) 『京舞井上流の誕生』岡田万里子、思文閣、2013年 『井上八千代芸話』片山慶次郎、河原書店、1967年

流石の源石

『流石の源石』(さすがのげんいし)は、1997年10月12日から2010年4月3日まで東海ラジオで放送されたラジオ番組。通称はさすげん。インターネット放送「commuf@radio(ブロードバンド東海ラジオ)」でも、『流石の源石BB』と題して動画配信されていた。

石井隆

誌のライターやカメラマンで生活していた。 卒業後の1970年、『事件劇画』誌で出木英杞のペンネームで劇画漫画家としてデビュー。1975年頃より主に「ヤングコミック」誌等で執筆する。自作『天使のはらわた』(1977年)が大ヒットし、1978年から日活ロマンポルノにてシリーズ映画化される。シリーズ第2

石井家

1640年)の娘行子の養子となった石井行豊(従二位・権中納言)(1653年 - 1713年)を祖とする。行子の宮中での呼び名(石井局)にちなんで石井を家名とした。 石井家設立が上のように複雑な経緯をたどったのは、初代・行豊は正二位・権中納言・平松時量(1627年 - 1704年)を実父とするが、養子先

石井歓

画像提供依頼:顔写真の画像提供をお願いします。(2021年1月) ポータル クラシック音楽 石井 歓(いしい かん、1921年3月30日 - 2009年11月24日)は、日本の作曲家。東京市下谷区(現:東京都台東区)出身。 同じく作曲家である石井眞木は弟、石井五郎は叔父に当たる。父は舞踊家の石井漠。

石井均

1981年(昭和56年)11月、「松竹新喜楽座」の座長に就任。 代表作の映画には、「がめつい奴は損をする」、「カメラ・トップ屋」、おもな主演舞台には「街燈」、「あかんたれ」、テレビドラマでは、NHK「繭子ひとり」、金曜ドラマ「ふぞろいの林檎たち」などがある。その他、「男はつらいよ」など数々の映画で脇を固めた。

ラサール石井

ため、青島幸男の存在から放送作家志望に転向する。 1960年代から1970年代にかけ、関西の有名学習塾「入江塾」で受験勉強をし、鹿児島市の私立ラ・サール高等学校に入学。しかし東京大学受験には落ち、上京して浪人したら遊びの誘惑に勝てないと判断して卒業後は早稲田大学第一文学部に進学。同大学ミュージカル

石井進

『日本の歴史7 鎌倉幕府』(中央公論社、1965年/中公文庫、改版2004年) 『日本中世国家史の研究』(岩波書店、1970年) 『中世武士団』(小学館、1974年、文庫新版、1990年/講談社学術文庫、2011年) 『もうひとつの鎌倉 歴史の風景』(そしえて、1983年) 『鎌倉武士の