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黄宗羲

黄 宗羲(こう そうぎ、万暦38年8月8日(1610年9月24日) - 康熙34年7月3日(1695年8月12日))は、中国明末清初の儒学者。字は「太沖」。号は「南雷」・「梨洲」。紹興府餘姚県の出身。明の滅亡に際して反清運動に参加するが後に故郷に隠棲して学術に没頭、陽明学右派の立場から実証的な思想を説き、考証学の祖と称された。

Related Words

黄檗宗

黄檗宗(おうばくしゅう)は、日本の三禅宗のうち、江戸時代開府はじめの明朝復興の願いに始まった一宗派。江戸時代初期に来日した隠元隆琦(1592 - 1673年)を開祖とする。本山は、隠元隆琦の開いた京都府宇治市の黄檗山(おうばくさん)萬福寺。 黄檗宗の名は、中唐の僧の黄檗希運(? - 850年)の名に由来する。

李宗黄

1928年(民国17年)、李宗黄は唐継尭失脚後の雲南省に戻り、中国国民党の代表として党の影響力を伸ばそうとする。しかし、李は省内の学生や各団体など各社会勢力に強圧的な態度で臨み、ついには学生デモを武力鎮圧して死者を出してしまった。これにより省内から李追放の声が高まり、さらに党中央の勢力伸張を望まない雲南省政府主席

伏羲

⇒ ふっき(伏羲)

曹羲

249年、曹叡の陵に詣でるため、帝のお伴として曹爽と曹羲達兄弟が揃って外出した隙を見計い、司馬懿がクーデターを起こした(高平陵の変)。このとき桓範は、曹真と同郷で曹爽達とも親しかったため、危険を冒して曹爽達の下に赴いた。『魏略』によると桓範は、曹爽達が帝を擁しており、桓範自らが食料を掌る大司農の地

常羲

常羲(じょうぎ)は、中国神話に登場する月の女神。羿(げい)の妻・嫦娥として同一人物を描かれる事もある。 『山海経』(せんがいきよう)の大荒西経より彼女は帝夋の妻の一人であり、月である12人の娘を生み、大荒の日月山で浴することが見える。 山海経 中国の神話(白川静/著、中公文庫) ISBN 978-4122041592

羲和

— 屈原、『離騒』 とある。同様に、羲和を太陽の御者として扱っている古典には、思想書『淮南子』がある。その天文訓には、 爰に羲和を止め、爰に六螭を息む、是を懸車と謂ふ。 — 『淮南子』巻三 天文訓、 とあり、『淮南子』のこの記述を引用した類書『初学記』には、 日車に乘り、駕するに六龍を以てし、羲和之を御す。

龐羲

を好むとの評判があったため、鄧芝などが身を寄せている。 ある時、龐羲が張魯に対抗するため私兵を募集したところ、劉璋に讒訴する者がいたため、劉璋は龐羲を猜疑するようになった。これを恐れた龐羲は漢昌県長の程畿に救援してもらうため子の程郁を派遣したが、程畿は「異心を抱いていないのなら、誠意を尽くす

高羲東

李氏朝鮮・大韓帝国の官僚・政治家の高永喜は父親・高永喆の兄である。また、法学者、中央大学校教授の李相敦(朝鮮語版)は末娘の息子である。 ソウル特別市鍾路区苑西洞に高羲東の旧宅が残っており、これは高が1918年に分家した時に本人が設計した木造の瓦屋で、近代初期の韓国住宅の特徴が濃く残っている。

儲光羲

儲 光羲(ちょ こうぎ、707年 - 763年)は、中国・唐の詩人。潤州延陵県の出身。 開元14年(726年)に進士となり、至徳元載(756年)に監察御史となる。安禄山の乱の時に賊軍に官を授けられたため、乱後は嶺南に流され、その地で没する。 その詩は陶淵明を模範とし、質朴・古雅の趣をふくみ、田園詩

王延羲

甥の康宗王継鵬の在位中には左僕射・同平章事に任じられるが、王継鵬は猜忌心が強かったために身の危険を感じ、発狂者を装い自宅に軟禁されていた。通文4年(939年)、拱宸・控鶴軍使の朱文進・連重遇が叛乱を起こし王延羲を推戴し王継鵬を殺害したことにより、王延羲は威武軍節度使・閩国王を称し、王曦と改名、永隆と改元した。即位した景宗は後晋に奉表している。

王羲之

落書きを見つけて削ってしまい、後でこれに気付いた門人は、何日もふさぎ込んでいたという。 またある日のこと、羲之が町の中を歩いていると、一人の老婆が扇を売っており、彼は売っている扇の何本かに五文字ずつ字を書いたところ、老婆は「どうしてくれる」と色をなして詰った。すると彼は「『これは王羲之という人が書い

1649年

アメリカ、メリーランド信教自由法発布[要出典]。 ヴィジャヤナガル王国滅亡。 ロシア人エロフェイ・ハバロフ、黒竜江遠征。 黄宗羲が長崎に渡り、清への抵抗のための援軍を求めるが失敗。(日本乞師) 2月2日 - ベネディクトゥス13世、ローマ教皇(+ 1730年) 3月20日(慶安2年2月8日)

1695年

1622年) 7月8日 - クリスティアーン・ホイヘンス、オランダの数学者、物理学者、天文学者(* 1629年) 8月12日(康熙34年7月3日) - 黄宗羲、儒学者、陽明学者(* 1610年) 8月24日(元禄8年7月15日) - 円空、行脚僧(* 1632年) 11月21日 - ヘンリー・パーセル、イギリスの作曲家(*

黄

色の名。 絵の具, 印刷インクなどの三原色の一。 また, 虹の七色の一。 菜の花や向日葵(ヒマワリ)の花の色。 きいろ。 <i>~なる涙(ナミダ)</i> 多く獣類にいう語で, 人間の「血の涙」に相当するもの。 「心なきしし, …~をぞ流しける/御伽草子・熊野」 <i>~なる物</i> 小判の別称。

大黄河 (宗次郎のアルバム)

た番組のサウンドトラック・アルバム。同年4月25日にリリースされた宗次郎のアルバム。発売元はサウンド・デザイン。 宗次郎自身が音楽を務めたNHK『大黄河』のオリジナル・サウンドトラックである。 大黄河 壮雲海~星宿海 冬雪花 月霞草 朧伝説 黄河源 大黄河 童戯原 天清流 麗泉郷 陽春麓 表示 編集

宗

(1)その宗教・宗派の中心となる教え。 宗旨。 (2)教祖, またそれに準ずる人物の教説を中心とする信者の集団。 宗派。 宗門。 (3)因明(インミヨウ)の術語。 論証しようとする命題。 → 因明

宗

(1)おおもと。 (2)中心となるもの。 尊ぶべきもの。 「介石疎逸曠淡(コウタン)なるを以て~となす/山中人饒舌」 (3)祖先の中の有徳の人。

宗

(1)主とすること。 中心とすること。 「借屋住居(ズマイ)に質素を~とくらすものから/当世書生気質(逍遥)」 (2)物事の意味・内容。 物事の主旨。 おもむき。 《旨》「契約解除の~御了承下さい」「近く上京の~を伝える」 <i>~とする</i> 主とする。 重んじる。 第一とする。 「質実剛健を以(モツ)て~すべし」「学生は勉学を~する」

宗

姓氏の一。 対馬国守護家。 鎌倉期, 対馬国衙(コクガ)の在庁官人惟宗氏に出自。 少弐氏被官として地頭代となり勢力を拡大。 以後, 対馬島主として朝鮮との交易を独占, 江戸期は対馬藩主として朝鮮通信使の受け入れにあたる。